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火を通して新鮮、かたちを変えて自然・・・天下を取った自己流

高橋忠之著「海への情景」

 高橋忠之--志摩観光ホテル料理長の高橋忠之氏の独創的な海の幸フランス料理とその美しい写真集である。この本を見て高橋忠之氏の海の幸フランス料理を食べに生きたいと思う人とああまたかと思う人の半々であろう。筆者とて氏の独創的な海の幸フランス料理を評価するものの敢えてまた食べに行こうとは何か特別の稼ぎでも無い限り思えぬのもまた事実である。しかし何か特別の稼ぎがあったならまた行こうと思うのも事実なのである。ボクは僧籍を持ちながらも飲食店の建築・設計の仕事をしていた関係でフランス料理店やホテルで働く人々に結構知り合いがいる。しかしそのマネージャー、あるいは料理長の中で氏の様な職業意識を持って仕事をしている方がホテルや街場のレストランの中にどれくらいいるのかは疑問に思う。何年かまえボクは志摩観光ホテルを訪れたことがある。そのときに料理長の氏はワインの品揃えが悪いと文句を言うボクに本来なら仕事を終えてくつろぐべき時間を提供し、おつきあい下さった。そのときは氏はボクにこうおっしゃった。

「私は本もたくさん出しているしテレビに出る機会もあります。そこで常に私は東京のレストランは私にはかなわないと申し上げています。それは私がフランス料理のシェフとして東京のレストランより、より美味しいものを出しているとか、東京のレストランのシェフより才能があるとかと申し上げているわけではありません。料理人としてフランスで修行したことがない私よりも、何年もフランスの一流料理店で修行をしてこられた彼らの方が技術や伝統と言う意味で私より遙かにフランス料理に精通されていることは事実でしょう。しかしそれでも私には彼らに負けない信念があります。もし私を批判する東京のシェフのレストランが新幹線に2時間乗って、近鉄に乗り換えてまた1時間以上乗ってしかもゆっくりくつろがれたら当然一泊してお一人5万円以上支払っても、私のホテルの様に毎晩経営上必要なお客様の人数を集めることが出来るでしょうか?そして私どものホテルの様に2泊、あるい1週間滞在されて6泊、あるいは一月滞在されて30泊、毎日レストランで朝、昼、晩のお食事をしていただいて満足していただいてお帰りいただけるでしょうか?少なくとも私どもにはそういうお客様がいらっしゃいます。それは勿論私一人の力でも努力の結果でもありません。このホテルの伝統とお上の力と、それに感謝しつつ更に答えようとした私の思想に同調してくだっさったホテルの経営陣、頑張ってくれた仲間や従業員達の理解や協力の賜です。だからこそ私はたとえ1泊のお客様でも、お客様が私どものレストランでお食事をされて、お休みになられて、あくる朝起きられてから、いつもと同じように快調にトイレでご用を足されるまで責任を負わなければならないのです。そのことがお客様に保証される範囲の中でワインの品揃えから朝昼晩のメニューまで考えなければなりません。それがリゾートホテルの料理長の負うべき宿命と考えています。おそらく東京のレストランの料理長のなかで誰一人ここまで考えて仕事を組織している料理長はいらっしゃらないでしょう。彼らにとってお客様が満腹して酔っぱらってお店を出ればそれでサービスは終わるのです。だからこそ私は東京のレストランは私どもにはかなわないと申し上げているのです。」

 勿論こうした発言を裏打ちするように氏は日々研鑽と研究を続けている。氏のホテルにはより美味しく伊勢エビを料理するために伊勢エビの生態系から養殖までも研究する水産科学研究所まで併設されている。勿論氏は前述のように自分の関心事だけを客に話しかけるわけではない。レストランを利用するほうとて何も美味しい料理だけが目的な訳であろうはずがなかろう。今宵彼女を落としたい彼もいれば商談の成功をもくろむビジネスマンもあろう。勿論同窓会だってかまわないわけだし、何年か前のイベントや事業に携わったメンバーの懇談会でも構わないが、ロマネ・コンティを飲みながら阪神の新監督・星野仙一氏の話題で盛り上がるもいいし、ラフィット・ロートシルトを舐めながらヘッジ・ファンドの品定めでも良いのであって何もワインやフランス美食術の話などする必要は全くもってない。客にとって主役は自分たちであり、大切な話題その日の盛り上がる話題であって、その筋道さえしっかりすればル・モンラッシェだろうが鱸のエスコフェ風だろうがそんなものは脇役に過ぎぬし、せっかく盛り上がっているときに「当店のフォアグラは・・・」などという気の利かないバカ料理人やアホマダムのお節介など大きなお世話である。そういうときに氏はさりげなく客のテーブルを回りながらスルリとその話題にとけ込み、更にその話題を盛り上げてくれるのである。しかし氏に言わせれば「そんなことは当然であって、わざわざ料理やワインの話題を客に押しつけるなど東京のレストランは平気でやっても私どもは絶対にやりません。」


 氏のような考え方をすれば建築・設計の仕事もまんざら捨てたものではない。住宅を設計するとき建築家はその家族会議まで入りこみそのイニシアティブを握らなければならない。なぜなら今その家族で息子さんや娘さんやあるいは奥様が新築住宅のイニシアティブを握っていたとしても10年後は息子さんや娘さんは既にその家庭からは独立しており、夫婦二人の住居に、あるいは二世帯住宅になっているかもしれないからだ。その時を想定した設計をボクラは実はその最大のオーナーであるご主人のためにその新築住宅の設計を請け負った時点から考慮にいれて家族会議のイニシアティブを握らなければならないのである。昨年の暮れ、ある忘年会でとあるフランス料理のシェフにボクはこういわれた。「僕達はお金じゃなくてプライドで仕事をしている。先生方のような建築家にはわからないでしょう?」この程度のヤツに理解されたいとは決して思わぬ。持つべき理想は高い方が良い。その理想が単なる夢を越えて目指すべき概念となったとき、その理想はそれを持ち続ける人の努力を引き出す。そしてその努力がより効率的に目指すべき結果をもたらすために、世間はボクラに紳士であることを要求する。失礼な言い回しだが高橋忠之氏こそ戦後フランス料理界のスターとなった人の中で唯一紳士と呼びうる料理長ではないか?(帝国ホテルの村上氏やオークラの小野氏を別として)「軍人である前に紳士であれ」と部下を啓蒙した東郷平八郎ではないがボクラもまた建築家や料理人である前に紳士であることを目指すべきである。高橋忠之氏のサービスマンとしての思想に触れたときボクは初めてボクラ建築家も同じ土俵で戦うサービスマンであると認識し、かつ、そしてそれは職業意識を越えた紳士であるべきであるということを告知される。本書はそういう側面をふまえて眺めると楽しい料理本である。美しい写真と解説のルセットは高橋氏の側面を知れば知るほど多弁に語りかけてくる。