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我が良き友よ

飲めや歌えや雑文祭参加作品 ーこの物語を我が友人の故あおちゃんの11回忌に捧ぐー

我が良き友よ(*1

 飲めや!唄えやなんてどうして今頃の季節にやるのだろう。普通は花見の頃か、暮正月ぢゃないか?「サケ」の登場する歌を選んでその歌を文章に絡めろだって?それに決め台詞?こんなにオチのつけにくいテキストはねぇんぢゃないか?グイッとコップの酒をあおる。だいぶ廻ったようだ。オレは及川祐二。49才。既婚、ハタチになる娘が一人。名前は洋子。他人からみればなんの変哲もない中年男の平凡な家族。ようやく手に入れたマンションのリビングでソファに深々と腰を下ろして飲んでいる。夢にまであこがれたプチブル的生活。ぼんやりと窓から外を眺める。すうっと外が少し暗くなった。東急バスの淡島車庫 の照明が今日もまた消えた。あの裏にオレの学生時代の下宿屋があった。しかし今は再開発で取り壊されて既にない。意識が遠のいて行く中で何故かオレは学生時代の下宿の散らかった部屋に自分自身をコンバートしていた。菊池さんと啓子ちゃんを争って「お前のためならオレは身を引いてやる。」なんて聞いてきたような純情なことを主張しあってこの部屋で飲み明かしたっけ。

 丸井のクレジットで手に入れたソニーのシステムコンポ(*2)が吉田拓郎を演奏していた。「システムコンポなんてカッコだけだよ。ラジカセの部品をバラバラにして別の箱に詰め込んでオーディオ機器らしく売っているだけさ」という黒田さんの忠告を思い出しながらもう一杯コップ酒をあおる。う~ん。確かに音は良くない。なんかこもった感じがするものな。黒田さんは大学の先輩でオレにバイト先の渋谷の丸井のジロー(*3)を紹介してくれた人だ。

 ~♪♪ 下駄をならして奴がくる~ 腰に手ぬぐいぶらさげて 学生服にしみこんだ 男の臭いがやってくる

   ~♪♪ アーアあ~夢よ よき友よ お前今頃どの空の下で オレとおんなじあの星見つめて何思う

 まるでこの歌のように木佐貫はオレのアパートにやって来た。奴のアパートは駒場東大前から淡島通りを突っ切って機動隊の駐屯地の少し手前、池の上から佐藤栄作邸(*4)を過ぎて東急バスの淡島車庫から国道246号にむかう途中のオレのアパートまでは 淡島通り駒場の坂を下ってくればすぐだった。木佐貫とはバイト先の渋谷の丸井のジローがなくなってしまってから逢っていない。そのまま卒業で忙しくなってそれっきりだ。奴は確か鹿児島の出身だったと思う。学年は一緒だけど奴は二浪だから歳はオレ寄りより二つ上。啓子ちゃんも 菊池さんも 渋谷の丸井のジローのバイト仲間だった。菊池さんは学年が2年上でしかも一浪だから歳はオレより三つ上。啓子ちゃんは芸能界にデビューしたくて芸能事務所に所属しながらモデルの仕事もしていたけれど生活するにはそれでは足りなかったらしい。歳はオレより一つ上でハタチだった。普段も可愛かったけれどオーデション用の水着写真を見せて貰ったときはそのスタイルの良さに驚いたっけ。そんな啓子ちゃんにひょんなことから誘われてジャンジャン(*5)にアングラの芝居を見に行ったのが馴れ初めで、それからみんなで飲みにいくようになった。最初はオレと二人で芝居の後にメシを喰いに行ったのだけど、雨が降り出してしまい一本の傘で歩いているとき彼女のシャンプーと汗の臭いに舞い上がってしまい間が持てなくて間が持てなくて。ちんちんは立ってくるし今度はズボンの前もふくらんでくるしで冷静になるのだけで精一杯だった。

 ~♪♪ 可愛いあの娘に声かけられて 頬をそめてたうぶな奴 語り明かせば下宿屋のおばさん酒もってやってくる

   ~♪♪ アーアあ~恋よ よき友よ 俺は今でもこの町に住んで 女房、子供に手を焼きながらも生きている

 下宿のおばさんはうるさいと文句を言いに来こそすれ、酒なんか持ってきてはくれなかった。木佐貫も啓子ちゃんのオーデション用の水着写真を見せて貰ったという。「それを前頭葉に焼き付けておいて何回抜いたことだ。彼女には随分と世話になったもんよ。お前もそげんこつくらいしとろうが?」とぬけぬけと言う。確かに事実だったがオレは恥ずかしくてそうだとは言えなかった。それにしても 啓子ちゃんはみんなのマドンナだったのだ。オレだってもう少し女の子に対しての経験があれば、気のきいた言葉と立ち振る舞いが出来て菊池さんに横取りされずに済んだのかも知れない。なにしろ啓子ちゃんがあまりにも綺麗すぎたのと学校以外で知り合い好きになった始めての女の子だったという事がオレを躊躇させたのだ。それにしてもチャンスはなかったわけぢゃない。黒田さん、菊池さんと木佐貫と啓子ちゃんと5人でオレの下宿ですき焼きをやったことがある。しこたま飲み食いした後、黒田さん、菊池さんと木佐貫が気を利かせて先に帰ってくれた。オレはその後結局なにも出来ずに彼女を神泉のアパートまで送ることになった。井の頭線で神泉の駅まで行きそこから円山町の方へ坂を上がる。玄関の前で勇気を振り絞って彼女を抱きしめ、キスをした。ちんちんに血が集まるのが解る。緊張して歯がガクガクぶつかってしまいお互い笑ってしまった。恥ずかしさの方がこみ上げてオレは「ゴメン」と謝ると走ってそこを立ち去った。間借り角まできて振り向くと啓子ちゃんがにこっと笑って手を振った。オレ、及川祐二 19の秋。

 その後の菊池さんの啓子ちゃんへのアタックは凄かった。木佐貫の情報に寄れば菊池さんは前から啓子ちゃんが好きだった。ところが革命的マルクス主義に燃える青年は芸能人やモデルになるような帝国主義的女性は自分の相手に相応しくない、相手は革命的な労働者階級の女性同志から選ぶべきだ、だからオレにその気があるなら譲ってやろうと一度は考えたようだ。ところがオレの唇奪取の報を木佐貫から聞くと男としての本能に火がついたに違いない。そいつは拙いと決意して猛然とアタックしたらしい。はっはっは。毛沢東を見るがいい!女とイデオロギーは関係ないんだ!性欲は理屈通りには運ばない。

 啓子ちゃんが菊池さんに大分なびいて来たから、菊池さんに譲れと言い出したのは木佐貫だった。そのかわりオレがいいところへ連れてってやるよと始めて台東区千束の吉原へいった。ローションプレイの味を覚えた。突き抜けるような快感。頭の中で 100人の美女が唇を濡らしてオレの全身を舐めているような(*6)気持ちだぞ、これな。なんだ男だって全身性感帯ぢゃないか!その頃そんなことを解説してくれる本は殆どなかった。奈良林靖大先生の本(*7)にだって女のほうが大分と快感は上だなんて書いてあった様な気がするし、自分の性感帯なんてちんちんの先ッぽだけだと信じて疑わなかった、オナニー専門のオレにとって女に奉仕して貰うトルコ風呂は衝撃的なショックだった。いまでもその感触を思い出すとちんちんがふくれてくる。そうEnlargementと言う奴だ。それからバイト代がたまると木佐貫と二人で吉原に出かけたものだった。病み付きというやつだろう。その代わり啓子ちゃんもあんな風によがり声をあげたりするのかと思うと彼女に対する想いは冷めていった。

 ~♪♪ 男らしさと人が言う お前の顔が目に浮かぶ 力ずくだと言いながら 女郎屋通いを自慢する

   ~♪♪ アーアあ~夢よ よき友よ 時の流れをうらむじゃないぞ 男らしいはやさしいことだと言ってくれ

 その後菊池さんと啓子ちゃんはうまくいっているようだった。あれから一年、菊池さんも啓子ちゃんもバイトを辞めていたし人の噂しか便りがなかったけれど。オレの大学は核マル派の拠点だ。菊池さんは核マル派の活動家だったし、もう四年生になった菊池さんはこんど全学連の幹部になると大学では噂が持ちきりだった。しかも理工学部日本共産党系の民青も活発に活動。危機感を募らせた核マル派がオレのようなノンポリ日和見主義の学生にも積極的にアプローチしてきたから中心的幹部だった菊池さんの近況くらいはたやすく聞き出すことが出来たのだ。たからオレはちょっと心配だった。核マル派は東大闘争の安田講堂決戦で独自の路線を取り中革派と対立し、その後ことある毎に対立を深めお互いに内ゲバを繰り返し、とうとうここ数年には死者(*8)さえ出していた。両派の中心的活動家は既に地下活動に入っていたのである。その菊池さんについていった啓子ちゃんはどうしているのだろうか?オレは心のどこかにまだ啓子ちゃんを引きずっていたのかも知れない。意識の上ではとっくにあきらめているつもりだったのに。

 そのころ教授の紹介で女子高生の島田洋子という娘の家庭教師を始めることになった。女優の島田陽子とは一字違いだが顔かたちは 一字違いどころではなかった。顔はニキビだらけだし胸だって啓子ちゃんに比べれば全然ない。髪だって啓子ちゃんのは緩やかなウェーブがかかった艶やかなストレートヘアなのに島田洋子の髪ときたらちりぢりのアフロヘア見たいな髪だ。まだオレを引きつけるような女の臭いはしなかった。これなら大丈夫だと思って家庭教師を引き受けた。しかし木佐貫の意見は違った。「なぁ及川、あの洋子ちゃんて娘はな。いまはまだ17や。ありゃあと一、二年するといい女になるで!」しかしオレには心の底にまだ啓子ちゃんがいた。だからそんなことが気にならなかった。そのちょっと昔、啓子ちゃんとデートするときはVAN(*9)のブレザーなんて着ちゃって一生懸命しゃれこんだオレだったが洋子の家庭教師に行くときはいつも汗くさい学生服に手ぬぐいをぶら下げた出かけたものだった。彼女の両親は 夫婦そろって有名な私学の仏文学の先生だった。その阿佐ヶ谷の洋館の邸宅に行ったときはビックリした。寺の息子として育ったオレは洋館など始めてだった。「身体の弱い娘が大学に行きたいと言っています。それが医学部に行きたいというのです。私たちは夫婦揃って文学部で、どうか数学と物理を娘に手ほどきしてください。」というご両親の願いはその友人のオレの教授に伝えられ入試の時に数学の点が一番高かったオレに白羽の矢が立ったのだった。

 ~♪♪ 家庭教師のガラじゃない 金のためだと言いながら 子供相手に人の道 人生などを説く男

   ~♪♪ アーアあ~夢よ よき友よ 便りしたため探してみたけど 暑中見舞いが帰ってきたのは秋だった

 洋子はオレのことが気に入ったみたいだった。やれ誰それの展覧会を見に行こう。コンサートに行こう。動物園に行こう。と誘いを受けた。その都度オレは汚い学生服でお供をした。「及川先輩!私が大学に受かったら私を恋人にしてください。」オレより少しだけ若い彼女は何の躊躇もなくそういってオレに微笑みかけた。俺の気持ちは少しづつ洋子に向いていったのかも知れなかった。その夏、オレは菊池さんと啓子ちゃんに暑中見舞いを出した。元気でやっているか?仲良くいっているか?内ゲバに巻き込まれないように充分気をつけてくれ!近くにいるなら久しぶりにみんなで逢わないか?しかし返事は来なかった。秋になってオレの出した暑中見舞いが2通とも帰ってきた。はがきは神泉と下北沢の彼らのそれぞれのアパートから茨城、鳥取と彼らそれぞれの実家まで行き結局受取人不在で東京に戻され実家で聞いた住所に本人達がいなかった事が記載されていた。そう当時の郵便配達はとても親切だったのだ。オレはちょっと落胆した。平行してもう一つ オレが落胆する事件が起きたのだった。

 オレは夏にとうとう 洋子とプールに行った。そこで始めて彼女の水着姿を見た。半年前始めて逢ったときと比べれば彼女はずっと女性っぽくなっていた。梅雨から初夏にかけて彼女のニキビは随分減ったし顔も艶やかになっていた。いつの間にか髪もしなやかになっていた。それらの事実にオレは魅力的な彼女の水着姿に魅せられてからハッキリと気が付いたのだった。そして無防備なまま彼女の虜になったオレはその夜、濡れた唇と潤な瞳の前に冷やしきれない火照った肉体をコントロール出来なかったのだ。プールの帰りに渋谷のニューレンカ(*10)でメシを喰ったオレ達はそのままオレの下宿に転がりこみ、まるで坂を転げ落ちるように唇を求めあい互いの躯をまさぐりあったのだった。お互いの唾液が乾燥してきて少し異臭を放ち始めるくらい長いことたくさんキスをしたのはこのときが最初で最後だった。日中プールに浸かったり日焼けをしたりを繰り返していた洋子の性器は処女のようなアンモニア臭ではなく、出したばかりの尿が放つ汗の様な臭いと、ちょっと塩辛い味がした。気にせずにオレは舌先で小陰唇を押し分け丁寧に丁寧舐め続けた。そして大きくなったクリトリスをたっぷりの唾液で口に含んで転がした。彼女はあえぎ声をあげながら腰をオレの顔に押しつけた。そして膣からは甘酸っぱいラブジュースと一緒に彼女の熱っぽい体温で温められたカルキっぽいプールの水がジュわっと出てきた。オレは彼女の性器からあふれ出るあらゆる液体を飲み干したのだった。やがて理性の理のひと文字も持ち得なかったオレは不意をつかれた様に大量のザーメンを洋子の体内に放出した。アーメン!その瞬間オレの体内に渦巻くあらゆる征服欲や独占欲などの欲望と快感がドクンドクンと脈打ちながら、ちんちんを通り抜けてオレの外へ出て行くようだった。このカタルシスはトルコ嬢とのセックスでは得られない貴重なものだ。しかしそれはオレ達にとってまるでスポーツのようなものでもあった。挿入から放逸にいたるまでのたっぷりと情熱的に時間をかけたオーラルな前戯はその気持ちの高まりとともに処女の洋子をしてオルガズムスに登りつめさせたのである。果てて眠る洋子はだらしなく足を広げその露出した性器からは子宮で吸収仕切れない多量のザーメンがあふれ出て、彼女の処女を示す鮮血が既に茶色く変色して彼女の大陰唇から白い太腿の内側までも汚していた。果てのない愛の儀式の結末のこの姿は決してオレの美学の許すところではなかったが現実はポルノ小説よりも凄まじいことをオレは受け入れざるを得なかった。だからこそこんな露骨でエロチックさの微塵もない言い回しで語らせて貰ったのである。

 そして二月が過ぎ更なる恐ろしい現実がオレを襲った。オレは洋子に人の道や人生のあり方を授けずにいきなり生命を授けてしまったのである。妊娠。オレ達は途方にくれた。なんら戦略も戦術も持ち得なかった。総てはオレの父親と先方の父親が取り仕切り高度経済成長を遂げたの日本の象徴のようにお金で表面的な解決が図られた。好きも嫌いもなかった。責任もクソもなかった。大学を辞めて働いて洋子と結婚をし、洋子は大学進学を諦めて子育てをするというオレ達のいささか後ろめたくもあるご都合主義的な提案は

「たわけが!自らのケツも拭けぬバンカラが結婚などとほざくのは思い上がるのも甚だしい!そういうことは貴様が下半身を支配してからぬかせ!」

という父親のツルの一声の元に却下され議題に上ることもなかった。オレ達は引き裂かれ二度と会うことは許されなかった。オレは筋違いにもオヤジを恨んだ。洋子は都内の病院で中絶手術を受けたあと母親の田舎に閉じこめられることになったらしい。引き裂かれ てオレは余計に洋子が恋しくなった。しかし果たせなかった結婚という選択をシミュレートしてみれば明らかな事だがその時点でのオレの決心なやっぱりどこか場当たり的で、オレにとっては後ろめたさと同時に不用意なSEXの代償から実は解放された安堵の気分が同居する自己滅裂的な精神状態のところへ受取人知らずの暑中見舞いが帰って来たので支離滅裂的に落ち込んでいたのである。そのオレの状態を知った木佐貫が一升瓶を抱えてやってきていた。

 ~♪♪ 古き時代と人が言う 今も昔とオレは言う バンカラなどと口走る 古き言葉と悔やみつつ

   ~♪♪ アーアあ~友と よき酒を 時を憂いて飲み明かしたい 今も昔もこの酒つげば心地よし

「及川の親父さんはすごいぜよ。先を見越しとる。いまお前らが道義的に結婚しても続きはせんて。お前そう思わんね?」

「そりゃ思うけど・・・」

「そやったらそれでいい。洋子ちゃんがどうしても好きだったら大学を出て、きちっとしよってからお前が迎えに行けばいいたい。そんでフラれても本望だろうが。男としちゃよ。」

「しかしなぁ~。菊池さんも啓子ちゃんもどうしちゃたのかなぁ~」

 オレの気持ちを示すかのように二人の会話も支離滅裂だった。二人ともグイグイ飲んで相当酔いが廻っていた。木佐貫がギターを取って歌い出した。

~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャチャ、

~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャチャ、

 ~♪♪ あの日の君は傘さ~ぁして淡島通り歩い~てた 君は雨のな~か 丁度今日見たい~な日だった

   ~♪♪  ビートルズの歌ぁが~ 聞こえてくるよと~ 二人で渡ぁった~ 交ぉ~差ぁ~点、ん~

 ~♪♪ 淡島通ぉ~り 雨のぉ~街

~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャチャ、

~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャチャ、

 去年みんながまだ仲良くて、バイトが終わるとしょっちゅう連んでいた頃、よく口ずさんだかぐや姫の歌だった。オリジナルは淡島通りではなく青山通りである。歌のなかの「君」はマドンナ啓子ちゃんである。二人ともむきになって謳った。歌いながら意識が遠のいていった。洋子に対する責任がオレの心の片隅に芽生えだして、啓子ちゃんへの恋しさとぐちゃぐちゃになって脳みそをかき混ぜられら様だった。頭がグルグル廻ってそのまま眠ってしまったようだった。

 どれくらい眠ったのだろうか?目が覚めるとそこは山小屋のようだった。おかしいな?いつのまに移動したんだ?木佐貫を捜したが奴は見あたらなかった。ムクムクと起きあがりベットから這い出すとテーブルの上には既に朝食が用意してあった。大きめのレイバンのトレイに乗っているのはオレンジジュース、イージーオーバーに焼かれたベーコンエッグとケチャップ、生ほうれん草と松の実のサラダ、そしてミルクがたっぷりのコーヒーとバターの香り豊かなクロワッサン。以前洋子の家庭教師をしているころ、試験前で夜中になってしまいご両親に引き留められるまま泊めて貰ったとき、明くる朝、女中さんがオレの寝た客用の寝室に運んできてくれたものだ。しかし何故洋子の家の朝食がオレの前にあるんだ?誰が用意したんだろう。森の中の一軒家、しかもここには台所は無さそうだ。不思議だ。それでもオレは空腹には耐えきれずその冷め切った朝食を頬張った。空腹にまさる調味料はない。

 腹ごなしが終わるとオレは好奇心から小屋を出た。森の中の地面は辺り一面池だった。蓮の葉が広がっている。その中を小屋の出口からむこうの少し小高い丘の方まで遊歩道の様に橋状の木の床が延びている。日はすっかり昇り何処までも澄む青い空には一点の曇りもない。ああオレの気持ちもこうあってほしいよな、と思いつつ遊歩道を歩き出すとイオンと酸素たっぷりの少しひんやりした森の空気が二日酔いの肌に心地よかった。「及川ク~ン!」向こうでオレを呼ぶ声がする。ん?あれは啓子ちゃんの声ぢゃないか?オレは声の聞こえる方へ急いだ。「及川ク~ン!」声は次第に大きくなった。オレは小走りに木の橋を駆ける。突然目の前に大きな岩肌がそびえ立った。高さは10メートルくらいだろうか?3階建てのビルくらいの高さである。脇にはやはりこれまた木製の階段が上まで延びていた。声はその向こうから聞こえる。オレは階段を駆け上がった 登り切ると今度は眼下に広い河原が広がり、その先には比較的流れの速い巾30m位の渓流があり対岸は所々に雪が残っている。河原に降りると渓流の水の流れの音だけが耳に飛び込む。啓子ちゃんの声が渓流の音にかき消され、あるいは同化してしまってどこから聞こえるのか聞き取れない。オレは焦った。白樺やダケカンバの木々は風が吹くたびに芳香を放ち、まばゆいくらいに緑の葉を揺らす。酸素だけがひたすら濃いって感じだ。ふと対岸に眼を向けるとヒグマの親子が川を上る鮭をとっている。あっちでは中くらいの兄弟だろうか、二頭がレスリングのようにじゃれ合っている。これはまずい。いたるとところにヒクマがいるではないか。「及川ク~ン!助けて」声は左手の岸に近い背丈の高い草むらの中だ。オレはきびすを帰してその方向に向かった。その時だった背後から別の声がした。「及川先輩、行かないで!」ええ~っ。こんどは洋子の声だった。「先輩、行かないで!」更に声は大きくなった。どうする?オレは山小屋から歩んできた方向、登って来た階段の最上段の踊り場の方を振り返った。そこには全裸で白馬にまたがり股間から出血して白馬の毛並みを赤く染めている洋子の姿があった。白い肌に生える銀色のうぶ毛が太陽の光を浴びて煌びやかに眩しかった。「先輩、こっちへきて!」そういう彼女と白馬の廻りには守護神のように数頭のヒグマが鎮座し上半身を起こしてオレの方を見ていた。オレの身体は金縛りにあったようだった。オレの意志や感情に関係なく洋子の魂がオレの身体に命令しオレを洋子の方へのみ歩ませようとしていた。「洋子」オレは名前を呼ぶと彼女に近づいた。ヒクマたちが一斉に立ち上がりオレを睨み付けている。オレは恐る々々前へ進んだ。白馬と対峙したオレは馬上の洋子を見上げた。形の良い乳房とややピンクがかった肌色の乳首はあの晩のままだった。

「先輩、お別れを言いに来たの。私はもうあなたの届かないところへ行ってしまうことになったわ。先輩が啓子さんのことを好きだったのは知っている。だから私は頑張ってみた。だけどあんな事になってしまって。先輩のお父様も私の父も母も私たちが結婚するといっても相手にもしてくれなかった。でも先輩、それは私の父があなたを信用しなかったからでは決してないわ。ご免なさい。私は隠していたことがある。でも私の口からは悲しすぎて言えない。いつか先輩が私の父か母に会って真実を聞くことが出来るでしょう。父に聞いた話ではそれでもあなたのお父様は先輩と私を結婚させようと父に掛け合ってくれた。でも父も母も承諾しなかった。だからといって父と母を責めないでください。それさえ約束してくれたら先輩はまた私とこの河原で会うことが出来るわ。」

「どういことなんだ?オレにはさっぱり解らない。第一目が覚めたら突然こんなところへ来ていて何がどうなっているのか。それに啓子ちゃんもこの近くにいるみたいだし」

「そのとおりよ。だけどわたしはもう行かなくてはならないの。だから父と母を責めないと約束して!あなたは私に会いたくなったら木佐貫さんとあのあなたの部屋でお酒をのんでかぐや姫の替え歌の淡島通の歌を唄ってください。わたしだって先輩と雨の日に一つの傘で淡島の交差点を渡ったわ。斜めまえの黄色い、そう青山食堂(*11)からビートルズの歌も聞こえたわよね。だからそうしてくれたら私があなたをまたここに連れてきてあげるわ。」

「青山食堂?ビートルズが聞こえた?そんな店あったっけ、か?」オレの問いかけに答えるまもなくと白馬はその背中にある大きな羽をはばたいて二メートルほど宙に浮いた。そんな馬鹿な!オレは頬を叩いてみた。でも確かに痛かった。白馬にまたがったまま洋子は微笑みながらしかし一筋の涙で頬を汚しオレを見据えていた。白馬の羽が小刻みにはばたいている。ものすごい風圧が地上に吹き付け、廻りの木々や草は大きく揺れ、洋子を慕っているのかクークーと泣きながら洋子と白馬を見上げるヒグマ達の黄金色の毛が逆立っている。まるでヘリコプターのホバリングの様だ。洋子の性器から流れ出る一筋の鮮血が白馬の脇腹を流れながら大きな風で地面に叩きつけられた。天使が飛び去る時のように優雅ではないことがこれが夢ではなく現実である証なのか?

「青山食堂?いつか解るわ。好きな人より先に行かなければならないのも苦しいものだけど、先に死なれて一人で生きていくことも大変なことでしょう。でも先輩には啓子さんがいるわ。先輩、私はもう行かなくてはならないわ。啓子さんの方へ行ってあげて!命に別状はないから大丈夫、でも彼女はこれからあなたを必要とするわ。それじゃさようなら」そういうと白馬は大きく羽をはばたき青空に舞い上がった。グングン上昇しどんどん小さくなっていく。その時オレの頬になま暖かいものを感じた。掌で確かめてみるとそれは空から振ってきた洋子の鮮血だった。オレは胸が一杯になった。この芝居じみた仰々しい儀式は洋子の死を意味するもなのか?ヒグマ達は二本足で立ち上がり空に舞っていった洋子を目で追いながらウォーンと吠えていた。しかし、洋子の最後の言葉がオレの心を正気に戻した。啓子さんの方へ行ってあげて!命に別状はないから大丈夫、でも彼女はこれからあなたを必要とするわ。どういう意味だ?オレは再び啓子ちゃんの声がした方を振り返った。そしてその方角に向かって走り出していた。空からは風の音は既に消えていた。再び渓流の流れの音がピーカンの河原を支配していた。しばらく走って少し立ち止まり洋子と白馬の飛び去った空の方角を眺めてみた。しかし見えるものは何処までも透き通るように青い空だけだった。階段の踊り場付近をみてもそこにいたはずのヒグマ達はもうどこかへ退散していた。オレの頬と掌に今起きた出来事の証拠を示す赤い血だけが残った。

 オレは再び啓子ちゃんの声がした背丈の高い草むらのほうに向かって走り出した。渓流の音の向こうからかすかに「及川ク~ン!」と声が聞こえたような気がした。河原の石が大きくて足場が悪い。踏み込むたびに足下の石がずれて思うようにスピードに乗って走れないのがもどかしかった。オレは何度も転びそうになった。必死に走る。近づいて来たのだろうあきらかに啓子ちゃんとわかるその声は「及川ク~ン!助けて!」と言っている。遠くにオオカミの遠吠えが聞こえる。背の高い葦の間からバタバタと音を立てて数十羽の灰色の水鳥が飛び立った。当たり一面に埃りがまう。オレはハァハァという尋常でない啓子ちゃんの息づかいを感じた。ここだ!葦をかき分けてその草むらに飛び込んだ。そこは玉砂利が引き詰められた土俵のような丸い一画だった。その廻りを背の高い葦が壁の様に取り囲んでいる。そして渓流側の方は葦の間から土俵上の台の下へザーザーと水が回り込んでいた。その端の方に啓子ちゃんが仰向けに大きく足を開いて倒れていた。頭には赤いビニールテープを巻いたZマークの白いヘルメット、口には薄汚れた白タオルで猿ぐつわがかまされ、首にも同じく薄汚れた白タオル、上半身のTシャツはボロボロでその乳房の上までたくしあげられている。露出した性器はそれを取り囲む陰毛までが大量の精液で黒々と光り腰から下半身、脚にかけては擦り傷だらけでいたるところに血が滲んでいる。これがあの啓子ちゃんか?オレは自らの前の出来事を疑いそして動転した。しかし驚くべき出来事はそれだけではなかった。啓子ちゃんの横たわる直ぐ近くの玉砂利が血糊でべっとりと濡れていた。人を殴った後のようなやや曲がった鉄パイプも何本か散らかっていた。中革派の仕業か!オレは啓子ちゃんに走り寄るとまず剥き出しの下半身へオレの上着を脱いでかけてから、上半身だけ抱き起こすと立て膝をついて、彼女の頭をオレの膝にのせヘルメットをそっと取り、猿ぐつわを外した。頭には怪我はないようだった。

「大丈夫か?中革派のしわざだな」

「私は大丈夫だわ。犯されたくらいでは死にはしない。プロレタリアートはそんなことでは負けない。でも菊池さんが、菊池さんを助け出さないとあのままでは死んでしまう。」悔しそうな顔をしながら目をむく彼女はしかし一筋の涙を頬に垂らした。

「わかった。しかし君をこんなところへ放置して行くことは出来ないぜ。」

 そういってオレは啓子ちゃんを再び寝かせるとその猿ぐつわになっていたタオルと首に巻き付いていた薄汚れた白タオルを持って土俵のような盛り上がりの端に渓流が流れ込んでいるところまで走った。かがんでタオルを水流に任せ二本のタオルを丹念に洗った。冷たい水が興奮して火照った身体を冷やしオレ自身とても気持ちがよかった。冷たい水で顔と掌も洗った。「さよなら」と心の中で叫びながら洋子の血も洗い流した。啓子ちゃんのところへと戻ると彼女の身体を丹念に拭いた。一時はあの写真から彼女の裸を想像してオカズにしていたオレにとって、しかし今はそんな対象には見えず、汚れてしまった大切なものを清めるつもりで彼女の身体を丹念に拭いた。大勢の男達の精液にまみれた性器も丁寧に拭いた。

「及川君、もういいわ。」啓子ちゃんが安堵したような顔つきで、少しだけ笑みを浮かべながらつぶやいた。

「よし。急いで菊池さんを捜しに行こう。途中で君を病院に預ける。奴らはどっちへいったんだ?」

「その葦の壁の向こうに桟橋があるわ。そこからモーターボートで下流に向かったと思う。ボートは何隻か繋いであったわ。」

「わかった。」オレは自分の学生服の黒ズボンを脱ぐと啓子ちゃんにはかせた。上着も彼女の肩にかけて、トランクスとTシャツだけになり彼女に肩を貸して葦をかき分け渓流側の桟橋に出た。なるほど桟橋を囲むように小さな半島が渓流の中に尽きだしていて小さな湾を形作っている。そこだけは流れが静かでまだ数隻のボートが繋がれていた。しかしどのボートにもエンジンはついていなかった。それならとオレはそのうちの一番小さな一隻のロープを引いて手繰り寄せると船尾のほうを右足で桟橋に押しつけながら啓子ちゃんをのせて前の方に座るように促した。ロープを桟橋から外しオールで漕ぎながら渓流のまんなかへと出る。上流から下流に向かう方角はしばらくは緩やかな傾斜を流れている。しかし川の半分の流れが赤みを帯びていてそっちの方が流れが速い。オレはオールでこぎ出しボートを赤みを帯びる流れの上にのせた。両岸の水が澄んで緩やかなところではシャケが産卵に登っていくのが手に取るように見える。それを狙って沢山のヒグマ達が川に漬かってバチャバチャやっている。彼らはオレ達のボートに気がつくと敵意をむき出しにして唸っている。流れにのったボートはするするとスピードを上げだした。オレは啓子ちゃんを後ろから抱える様にボートのやや後ろに座り両腕でボートの両船渕をそれぞれ掴んで体重を右に左移動させながら船首の向きを変え舵を取る方法をとった。こうして素早く右に左にコントロールしていかないとこっちを睨みつけながら呻るヒグマに突っ込んでしまう。ボートはザザーッ、ザザーッと波音をたてながら立ち向かってくる岩のようなヒグマの間をすり抜けて進む。ヒグマに突っ込んだら一巻のおわりだ。緊張の連続だ。体重移動を支える両腕に必然と力が入る。啓子ちゃんのストレートな髪が風邪になびいてオレの顔をくすぐった。心地よい臭気が立ち上りオレの鼻孔を満たした。

 しかしここはいったい何処なのだろう?もしこんな状況じゃなくてここにいるなら地上の天国のようなところだ。洋子がここへ呼び寄せたのか。ならば何故啓子ちゃんがこんなところで暴行を受けたのだろう。そして中革派は半殺しにした菊池さんを何処へ連れ去ったのだろうか?ここは何処なんだ?啓子ちゃんに話しかけても水の音と風切り音でオレの声がかき消されてしまう。ボートのスピードは相当に上がった。大きな山を下る渓流のレールの上を駆け下りるジェットコースターの様に。はるか前方に青い大きな海が見える。砕ける白い波頭か繰り返す遙か彼方に緑の島々。その海に向かって俺たちは進んでいるのか?急流になってもうヒグマはいなくなった。しかしヒグマの代わりに今度は大きな岩が所々に出現してボートの行く手を阻む。そのたびにオレは体重移動をしてターンする方の腕に力を込め船渕を沈めボートの向きをまるでジェットボートを駆るように変えていくのだ。大きな岩の脇をすり抜けるたびにボートはぎしぎしゆがみザザーンと水しぶきを上げ、返り血の様にオレ達に襲いかかる。

 オレ達はもうびしょ濡れだった。「啓子ちゃん!しっかり掴まるんだ!オレと一緒に身体を左右に揺すれ!よし右!あの岩をすり抜けたら今度は左だ。」ボートはしぶきを上げながら山を駆け下りていった。そして前方、突然渓流が二手に分かれている。一方はどうやらそのまま滝になって真下に落ちているようだ。左はイロハ坂の様にいくつもターンしながら滝の脇を降りていく渓流だ。しかし流れは速くボートはどんどん滝の方へと流されていく。まずい!このままでは滝壺に呑み込まれしまう。「啓子ちゃん!思いっきり伏せるんだ!ボートの渕より身体を低くするんだ!両手は目一杯突っ張れ!」そう叫ぶとオレは滑走するボートの上にオールを両手で構えて仁王立ちになった。迫ってくるあの岩をこのオールで左に突いてやらないとボートは滝へ向かう流れから脱出出来なくなる。それには岩からこっちに向かってせり出している松の木の太い枝を叩いて左側に廻りこまなければ一巻の終わりだ。オレは伏せた啓子ちゃんの上から被うように実を乗り出し全身全霊を込めて握ったオールで松の枝を突いた。「啓子ちゃん!左だ!」啓子ちゃんが両腕で船縁の左側に体重をかけた。オレの腕の中のオールは松の枝と衝突したエネルギーがそのまま返ってきた。その一瞬、今度はそのエネルギーがオレの体重をボートの後部に押しつけた。船首が大きく持ち上がり ボートは沈み込むようにスピードを落とした。そのまま左に掛かった啓子ちゃんの体重でボートは大きく左にターンを始めた。やった!あとは岩にぶつからないようにこのオールであの岩を突いてやればいい。オレは必死に構え、ボートの脇腹が岩にぶつかる寸前オールを尽きだしボートと岩のスキ間を確保した。ふ~っ。オレ達のため息と共にボートは滝とは反対の渓流を再び加速しながら進み出した。

 いつの間にかオレの腕や脚の周るところに擦り傷が出来ていた。掌は血豆だらけだった。しかしこのいろは坂のような渓流も油断がならない。さっきヒグマを避けたように右に左にターンして行かなければならない。コーナーの水路で岩肌に叩きつけられればこんなボートはひとたまりもなかろう。そしてボートのスピードを殺すには少しでも重心を後ろにした方がいい。俺たちは少し後ろにづれて体制を取り直した。ボートはガクンと高度を落としいろは坂に突入した。あれよあれよという間にスピードを上げていく。水路がターンするところは流れがうねり、周辺の岩肌に自身を叩きつけながら水しぶきを上げている。オレ達は必死に体重移動を繰り返しながら一つひとつのコーナーを丹念についていった。その度にボートは大きく暴れ、流れの中に放り出されそうになる。しかしボートはその渓流の流れと共にぐいぐいとスピードを上げて、やがてオレ達にはもうコントロール出来なくなっていた。目の前に大きな岩肌が現れた。流れはそこへ一直線に向かっている。そしてその岩肌にみずからを思い切り叩きつけ、砕けて大きな水玉となって跳ね返り怒濤の唸りをあげている。ゴーという水の唸りと玉砕して跳ね返る水玉がどんどん迫ってきた。絶対絶命だ!「きゃぁーっ!」とい啓子ちゃんの悲鳴と共にオレ達ののったボートは大空に放り出された。目の前には真緑の芝の大地が迫ってくる。「あーっ!」オレ達はボートもろとも芝の大地に投げ出された。

 どれくらい意識を失っていただろうか?オレは五体が大地に投げ出され倒れているのは理解が出来た。意識が少しづつ戻ってくる。頭を打ったのだろうか?やけに頭が重く鈍痛のような痛みがあった。眼が開かない。そうだ啓子ちゃんは大丈夫だろうか!

「啓子ちゃん!啓子ちゃん!」

 オレは叫んだ。必死に眼を明けようとして上半身で起きあがろうとした。

「なにが啓子ちゃんや!しっかりせんか」木佐貫の声だった。オレは肩を揺すられて漸く目が覚めた。

「悪夢にでもうなされたんか?しっかりせいや!ワシ2限目から講義あるから今日はいくで!」

 木佐貫が玄関から出ていく音が聞こえた。頭が異様に想いのは二日酔いのせいだったのか?今までの不思議な体験は夢だったのか?ともかく起きあがって顔を洗った。体中が痛い。しかも両腕はつりそうにパンパンに張っている。しかも体中のいたるところに擦り傷があるぢゃないか!待てよ!夕べここに居たとしたら学生服は何処へ行った?木佐貫と飲めや歌えやで騒いでそのまま眠ってしまったとすればオレは学生服を着ているはずだった。もしあの不思議な体験が事実なら学生服は啓子ちゃんに着せた筈だった。オレは下宿の中を探し廻ったが学生服はついに出てこなかった。

 オレは台所で小鍋に湯を沸かすと愛用の大きなコーヒーカップで湯をすくい、ネスカフェとクリープと砂糖をいれる。鍋に残った湯にサッポロ一番の封を切り麺とスープの粉末をほっぽりこんだ。一煮立ちしたら夕べのご飯を入れてもう一煮立ち。そのまま食卓のちゃぶ台へ運び、プレイボーイを鍋敷きの代わりに敷いて朝飯だ。木佐貫の言い方からしても夕べの間に起きたに違いない不思議な事件を反芻しながらテレビをつけた。

ーーーおはよう御座います。8時55分のNHKニュースです。・・・・

 さて都内でまた内ゲバ殺人です。過激派の核マル派系全学連の幹部でA山学院大学文学部四年生の菊池文孝さん23才が今朝6半頃、東京都大田区南千束の寺院・妙啓寺の境内で遺体で発見されました。今朝6時頃いつものよう朝の読経終えて境内の清掃にでた同山住職・藤田日教師が墓地の入り口近くの石段に血だらけの男の人が倒れているのを発見し警察に届け出たものです。警視庁によれば遺体は堅いもので殴打された痕が多数あり非常に損傷が激しいもので何処か他の場所で暴行、リンチを受け今朝方早くに妙啓寺の境内に遺棄されたものと見られ、所持していた学生証と警察からの連絡を受けて解剖先のK大病院に駆けつけた核マル派全学連委員長の馬堀義一さんによって菊池さんであることが確認されました。

 また反目相手である中革派の田所陽二議長は東京池袋の同派の機関紙発行元「大躍進新聞社」で先ほど記者会見を開き「反革命分子核マルウジ虫を一匹殲滅した。また我々の革命的同志はそのウジ虫に寄り添っていたメスウジ虫にも革命の精子の洗礼を浴びせた」と犯行声明を発表。警視庁では今回の事件は一連の核マル派、中革派の内ゲバ事件の延長であると判断、直ちに大躍進新聞社のほか同派の拠点であるH政大学、国鉄千葉D力車労働組合などに家宅捜査に入っています。

 関連ニュースです。中革派の犯行声明にもあるメスウジ虫と予想され、核マル派が安否を気遣い警視庁に捜索願がだされた女性活動家のKさんと思われる女性が今朝早く東京渋谷区のT医大病院に保護されていることが女性の服装や怪我の具合に疑問を抱いた病院からの通報でわかりました。この女性はW大学の学生服をまとって、若い男のひとに付き添われて病院へやって来ましたが、その若い男は女性を病院に置くと忽然と姿を消しており、警視庁ではこの若い男を事件に関係のある重要な人物とみてその行方を追っています。また男が立ち去ったあとには池や湖などで使う木製のボートのものと思われる壊れた破片が沢山のこされており、警視庁は比較的意識のはっきりしている女性に事情を聞いていますが女性は名前を名乗っただけで完全に黙秘権を行使しているとのことです。

 ・・・・・・・・・・・・・以上、NHKニュースでしたーーー

 オレは一瞬我が耳を疑った。えっ~、菊池さんが死んだ、それに啓子ちゃんが今朝入院した?T医大につれて行ったのはオレか?しかも砕け散ったボートの破片。でもあれは渋谷なんかぢゃなかった。絶対に。警察がオレを捜してるって?でもな、出頭して昨夜のことを話しても絶対信じてもらえないだろ。オレはどうしたらいい?それに昨夜起きたことが本当だったとしたら洋子も本当に死んでしまったのか?

 オレは一日中酒をあおりオレの廻りに起こりつつある現実から逃避しようとしていた。しかしオレを参らせる事態はこれだけだけでは済まなかった。翌日、目を覚ますと郵便配達が速達を持ってきたのだった。「ありがとう」と受け取るとオレは封を切った。

拝啓

 ご無沙汰しています。洋子の母です。随分と物わかりの悪い親だと私たちをさぞお恨みになったことでしょう。だけど女子高生を妊娠させる貴男の軽率な行為は当然責められてしかるべきものでございましょう。単刀直入に書きます。今朝早朝あの子が亡くなりました。実は貴男のお父様から「こうなった以上親御さんには償いきれるものではないが祐二の嫁にお嬢様をいただきたい、あれは次男だが万が一あれが大学を出なくてもうちの寺に入れば生活に困るような事はさせない。うちの寺には葬祭場も墓地も幼稚園もありますから。」貴男が洋子と結婚したいと訴えていらっしゃることもお父上から伺いたしました。だけどあの子は小さな時からいわゆる白血病で妊娠=あの子の生命の終わりであるとお医者様にはいわれておりました。でもまさかあの子がこんなにはやく妊娠など、まして坂本先生のご紹介の貴男とこんな関係になるとは思いも寄りませんでしたから親としてまさか避妊に気をつけなさいどとは注意いたしませんでした。そんな自分の身体の弱さからあの子は医者になりたいなどと言い出したのだと存じます。私たち夫婦にとって今回洋子が助かるならどんな手段もとってみようと相談いたしました。妊娠出産はあの子の体力では絶対に無理なことはお医者様から言われ解っておりましたので中絶と止血療法にかけてみたのでございました。そしてもし命が助かり、それでもあの子がまだ貴男を好きでいるのなら貴男のお父上に娘かわいやの親の我が儘を聞いていただこうとと主人とは話しておりました。これで何故私たちが貴男方の結婚を許可しなかったかもうお分かりでしょう。

 先週の中絶手術のあと、やはりお医者様が恐れたように子宮からの出血はまったく止まらなくなりました。連続して輸血を続けて参りましたが漸く昨日にあの子の意識が戻ったのでございます。ところがあの子が私たちこう申したのでございます。

「お母さん、わたしこんなに苦しい思いをしてもやっぱり及川先輩が大好きです。短い間だったけれど先輩はほんとに良く教えてくれました。それで私成績も上がったでしょう。あのひとの恋人になるのは私が決めたことです。・・・お母さん、私もう死ぬのよね。だめなのよね。お願い!一度でいいから及川先輩に会わせて!」それを聞いて私と主人はあの子に貴男を会わせようと思いました。ところがご実家に連絡をさしあげると貴男の下宿には電話がないと知らされました。それでこちらまでご足労ねがうつもりで手紙をしたためたのでございます。ところがあの子は今朝早くに目をさまし私にこう申したのでございます。

「おかあさん。及川先輩ここには間に合わないでしょう。もういいよ。私のほうから行ってさっき逢ってきたよ。いままでのこと有り難うって言って来ました。おかあさん、先輩を一人この世に遺すのは悲しいことだけど、先輩には支えてあげなければいけない人が現れました。その人の恋人がさっき殺されたの。そして彼女も暴行を受けた。先輩には私とさようならをしたあと彼女を助けに行ってもっらたわ。ちょっとやけるけど私はもうこの世界にいられないのですもの。だけどおかあさん、おとうさん。先輩を恨まないでくだい。もし3人がこれから恨みあわずに生きていってくれたら私は、またあの河原へ先輩に逢いにやって来れるんですのもの。だって白馬の神様が約束してくれた。」

 そういい終わるとあの子は私たち夫婦の見守る中静かに息を引き取りました。きっと苦しいなかにも貴男と、どこかの河原で逢った夢でも見たのでしょうね。それはそれは美しい安らかな死顔でございました。私は貴男への見舞いのお願いの手紙をこの手紙にあわてて書き直さなければなりませんでした。でもその時、ニュースを見て驚きました。あの子はあの事件を見ていたのでしょうか?本当にどこかの河原で貴男とお会いしたのでしょうか?

 通夜は今夜ですが告別式は明後日、こちら池田町の葬儀場で行います。ご迷惑かとは存じますが札幌までの航空券を同封させて戴きました。どうかあの子を私たち夫婦と一緒に送ってやってくださいまし。

追伸、あの子の生前には貴男とゆっくりお話したこともございませんでした。是非あの子の思い出話でも聞かせてくださいませ。

敬 具

 もう別に驚きはしねぇさ。洋子が死んぢゃったことなんかその時から知ってらい。オレはもうろうとした頭で今一度オレの廻りで起きていることを反芻した。なんにもする気が起きなかった。朝からコップ酒をあおり、一日飲んだくれた。その日は心配した木佐貫がやって来たが二人で、何を話したか覚えていない。朝から二人で何も話すことなく黙々と酒を飲み続け、ため息をつき続けた。夜、公安の刑事が啓子ちゃんに貸したオレの学生服を持ってやってきた。刑事 はうつろなオレ達をみて呆れていた。オレと木佐貫は聞かれるまま答えた。啓子ちゃんを発見した現場について随分しつこく聞かれたが答えようがなかった。T医大病院の前にあったボートの破片が大田区の洗足池のものだったらしい。現場は菊池さんが発見された妙啓寺のある洗足池ぢゃないのかと刑事はしつこく聞いた。しかしどう考えたって洗足池のワケがなかった。あのヒグマや渓流や滝はどう説明するのだ?現れた洋子は何なのだ?木佐貫に言わせればあの晩は午前2時までここに二人で居た。自分は寝てしまったけれど及川も相当酔っていた。そして自分が目が覚めたのは翌朝7時半だがその時及川は既にここに寝ていたのだ。その間にオレが洗足池まで出かけてボートを持って啓子ちゃんを連れてすぐそこのT医大病院までいって返って来るなど考えられないと刑事にいった。オレは洋子の母親からの手紙も刑事に見せた。刑事達は困っていた。

「おまえ達が中革派の学生じゃないことは分かったから別にもういいんだがね。君があの晩着ていた学生服が病院にいた女のガイシャのところから出てきたってぇのがまずいのよ。ホトケさんが幽霊になって出てくるってのもね、オフレコなら別にかまいはしないんだけどね。だけどこのヤマは公になっちまってるからよ。この学生服の説明がつかないぢゃないか!あんた今日はもういいからさ、それにこの事件の当事者ぢゃねぇってことはわかったからさ。あんた悪いけどさ。その学生服数日前にあんたの大学のロッカーかなんかで盗まれたことにしてくんないかな。事件は現場で起きてるんだよ。(*12)」

 一方の刑事がうんこスタイルで俺たちの食卓の前にしゃがみ、ちゃぶ台においた左手の拳の親指の爪に、右手の親指と人差し指で軽くつまんだハイライトのフィルターをとんとんとぶつけながら、ニヤリと横目でオレを見ながら言った。

「いいですよ」とオレが答えると「あっそう、あんた助かるよ。じゃあこれに名前と住所かいて」と鼻を鳴らして満面の笑顔をうかべながら「盗難被害届」とかいた書類をだるそうにちゃぶ台に投げ出した。オレは言われるままに事件の3日前に大学でロッカーに鍵をかけずに入れて置いた学生服が紛失した旨を書いて拇印を押し刑事に渡した。刑事達は今日のことは口外無用、頼むぜと笑いながら去っていった。翌朝オレは一番の飛行機で札幌に向かった。

 年が明けて一月オレは啓子ちゃんから手紙をもらい日本海の荒波の音を聞きながら鳥取砂丘の一画に立っていた。

「結局及川君に甘えちゃったわね。でもこんなところまで来てくれるなんて、嬉しい。」啓子ちゃんの瞳には涙が溢れていた。

「オレもさ、あの手紙読んで、返事書こうと思ったんだけどね。なんかさ、いても立ってもいられなくなっちまってさ。こうして会いに来た。いやぁ~、迎えに来たって言うのがほんとかな。」啓子ちゃんと冬の海をしばらく眺めたあとオレはポツリ、ポツリと話し出していた。この二年でいろんな事があったオレは自分でも不思議なくらい意識もしないのに饒舌だった。

「もう三ヶ月になるんだって?おなかの子。心配することないさ、オレが父親を引き受けるよ。あの日ね、啓子ちゃんとなんかうやむやになっちゃたあと家庭教師した子がいてね・・・オレは洋子との事の顛末を話した・・・だけどさその子白血病で死んじゃったんだよ。そう、菊池さんと同じ日にさ。啓子ちゃんがお腹の子身ごもったのも同じ日だってことだろ?手紙によればさ。オレには他人の子だと思えないんだよ。洋子の生まれ変わりじゃないかって、君から貰った手紙読んだとき思ったんだ。」

「こんな女引き受けて及川君の負担にならないの?気持ちは嬉しいけど」

「なにいってんだ、オレはあのジローに入ったときから啓子ちゃんに一目惚れだよ。だけどどう切り出していいかわかんなかったんだ。そうこうしてる間に菊池さんにとられちゃってさ。だけどあの現場はほんとに洗足池だったのかい?オレにはさ、さっき話したけど北海道の山の中のようだった。あれだって洋子が引き合わせてくれたんだもの。」

「不思議なことがあるものね。菊池と私はA山学院の新聞室にいたのよ。そこへあの連中がドヤドヤと入って来て、菊池はいきなり鉄パイプで殴られたわ。私はアイツらに輪姦された。菊池も悔しかったでしょうね。菊池が殺されたのはその後、私に対する行為を終えた連中が鉄パイプで菊池の頭をめった打ちにしたわ。脳みそが飛び出した。そのままクルマに押し込められて、あとはなんだかわからなかった。でもねなんか自分自身とても気丈だった。わたしがあのとき芸能界を夢見ている普通の女の子だっら気が狂っていたでしょうね。暫く耐えられたのは革命的マルクス主義のお陰かもね。へこたれてたまるかと思ったわ。そこへあなたが現れたのよ。でもなぜかボートに乗ったのは私も覚えているわ。」

「でも手紙によればその後崩れた、それが普通だ。これからはオレがいると思って、馬鹿なことは考えない方がいい。これからどう生きていくかを考えるんだ。それとねもう一つ洋子が不思議な事を言っていた。-------ビートルズの歌が聞こえる青山食堂、いつか解るって。好きな人より先に行かなければならないのも苦しいものだけど、先に死なれて一人で生きていくことも大変なことでしょう。でも先輩には啓子さんがいるわ。-------

オレは待っている。」オレは啓子ちゃんの掌を握りしめた。


 3月、丸井の売り場の拡張にともなってオレ達の出会いの場所であるジローは閉店することになった。最後までいたのは当時の仲間では木佐貫とオレだけだった。最後の日、オレと木佐貫はまたオレの下宿で飲んでいた。オレ達はとても明るくなっていた。オレは一月の鳥取砂丘での出来事を木佐貫になかばはしゃぎながら語った。

「そうか及川、それじゃお前啓子ちゃんもそのおなかの子も引き受けるのか?カッコええなぁ~」

「そうだよ。この二年オレもずいぶんと駆け足で大人になったからな~。オレは啓子ちゃんに言ってあげたんだ。悲しいことも、つらいことも二人で乗り切れば半分ですむぜ。オレが替わりにないてあげよう。悲しいこと、つらいことは二人で泣けば楽になるじゃん。オレが君の分も泣いてあげよう。来年の今月今夜のこの月も再来年の今月今夜のこの月も・・・よおぉ~ぺぺン!ボクの涙で~あっ、くもらせてみせようや~!(*13)」

「よおぉ~!大統領!」

「よし、拓郎でも聞くか?それでよ、オレ菊池さんの墓前に誓ってきた。啓子ちゃん幸せにしますからオレに任せてくださいってね。」

 ~♪♪ 学生達が通ゆく あいつ程ではないにしろ まじめなのさと言いたげに 肩で風切って飛んでいく

   ~♪♪ アーアあ~友と よき友よ 今の暮らしにあきたら二人で 夢をかかえて旅でもしないかあの頃へ

 オレ達は更に飲み続けた。オレは穏やかな心を取り戻してすっかり気持ちよく陽気に酔っていた。おいそうだ。ここで淡島通りの歌を唄おう。洋子がオレ達をあの不思議なヒグマ達のいる河原へ呼んでくれぞ。洋子にも事の顛末を報告に行かなければいけないな。オレはうとうとしながら大きな声で歌い出した。

~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャチャ、

~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャチャ、

 ~♪♪ あの日の君は傘さ~ぁして淡島通り歩い~てた 君は雨のな~か 丁度今日見たい~な日だった

   ~♪♪  ビートルズの歌ぁが~ 聞こえてくるよと~ 二人で渡ぁった~ 交ぉ~差ぁ~点、ん~

 ~♪♪ 淡島通ぉ~り 雨のぉ~街

~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャチャ、

~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャ、~♪♪ ズンッチャチャ、


「あなた、何、にやけて、酔っぱらってまたその歌、唄って。また木佐貫さんと北海道の河原に洋子さんに会いに行ってたのですか?」

お~っと家内の声で心地よい眠りから目が覚めた。もうお気づきのとおり我が奥様は啓子ちゃんである。その啓子ちゃんももう50、すっかりオバサンになった。でも相変わらずスタイルはいい。そこへ娘の洋子のご帰還である。そう。女の子が生まれたから洋子と命名したのである。クリっとした目と母親に似ないやや天然パーマの髪をもつ娘は本当にあの洋子の生まれ変わりのようだ。何にも知らない娘の洋子は私たち親夫婦を今流行の「出来ちゃった婚」の先駆者であると自負しているのだ。

「ただいまっ~。お父さん、そのかぐや姫の替え歌、ダッサイからやめなさいよ。でもさ、淡島通りの交差点でビートルズの歌ってあるでしょ。それがさ本当にあったのよ。茶沢通りから来て、淡島の交差点よりは少し手前なんだけどさ、黄色い建物でおしゃれな食堂なの。食堂青山っていったかな。それで友達とはいってみたんだけどさ。けっこういけるのよ。それが表は奥さん一人で切り盛りしてて、伺ったら旦那さん、オートバイの事故で10年も前に亡くなったんですって。でもすごいな。辛かっただろうけど奥さんすごく明るくてチャーミングな人。私もそんな強い女になりたいなぁ。」洋子は当たり前のようにいつもの調子で明るく言った。

 オレは家内の方を見た。家内も驚いたような顔をしてオレの方を見ている。今年の夏は家族で北海道にいってみようか。

---完----

飲めや歌えや雑文祭参加作品 縛り

  1. テーマとして「サケ」の登場する歌を選ぶこと。
  2. タイトルはその歌の題名とすること。
  3. テキストの内容にその歌を絡めること。
  4. 頭の中で 100 人の○○が××しているような
  5. 決め台詞。
あゝ!我が良き友よ

あゝ!我が良き友よ

*1:我が良き友よ:作詞、作曲 吉田拓郎の70年代のフォークソング:拓郎、かまやつひろしとのデュエットでヒットした。

*2:システムコンポ:各機器をバラバラにユーザーが購入するマニア向けの高級オーディオ機器のコンポーネントに対してセットになった大衆向けのオーディオ製品

*3:喫茶室ジロー丸井渋谷店:当時ジローに通うことは女子大生のステータスだった。お茶の水店は田中康夫の"なんとなくクリスタル"にも登場する。同店は1975年3月に丸井の売場拡張の為、閉店となった。

*4:池の上の佐藤栄作邸:現在は故竹下登邸の裏手。

*5:渋谷ジャンジャン:現在はパルコの駐車場ビルになってしまった。70年代フォーク、ロックやアングラ演劇のメッカ。吉田拓郎泉谷しげる寺山修司らかしょっちゅう出演していた。

*6:頭の中で 100 人の○○が××しているような:お約束、この雑文祭の縛り

*7:奈良林靖著"How to Sex":医学博士奈良林靖によるSEX指南書、オーラルSEXの奨めと女性は恥ずかしがらずに積極的に男性に可愛がってもらいもしょうとする内容は昨今の性の乱れの基礎を築いたと言える。70年代性医学書の大ベストセラー

*8:過激派の内ゲバ殺人事件:1972年、革共同中核派による早大生川口君殺害事件をきっかけに革マル、中核両派による悲惨なリンチ殺人が日常化し社会問題となった。

*9:VAN:70年代ニュートラッドと呼ばれた若い男性向けのファッションブランド、コンチネンタルのJUNと並んで若者のファッションリーダーだった。

*10:渋谷ニューレンカ:渋谷109の裏手恋文横町に今もある渋谷洋食の殿堂、ポークソテーやハンバーグなど今のファミレスよりずっと美味しかった。

*11:青山食堂:1993年開業の無国籍レストラン。ビートルズが好きだった店主の青山さんは本当にオートバイの事故で亡くなった。

*12:事件は現場で:決め台詞、縛りお約束。ご存知"踊る大走査線の青島刑事。

*13:来年の今月今夜のこの月も:もう一丁決め台詞、樋口一葉金色夜叉から、演劇の舞台ではほんまもんの決め台詞だった。