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男装の麗人 川島芳子

男装の麗人

くまのかお「あれっ!写真の昔の宝塚みたいな人はだれ?随分ととのった顔立ちだなぁ。」

男装の麗人、東洋のマタハリと言われた川島芳子だよ。彼女の生涯は謎が多いが上坂冬子の川島芳子伝で極めだろうな。それ以上の資料はもう出てこないだろう。資料がないだけにいろいろと想像したくなるひとだよね。

男装の麗人・川島芳子伝』著者:上坂冬子 出版:文芸春秋 (asin:4163391800)

くまのかお虹色のトロツキーにも出てくる人だよね。男装をしている割には男好きだったんでしょ?」

東京裁判の検事側証人として証言台に立った田中隆吉(当時、関東軍参謀)とも関係があったらしい。田中は一度目は、せまる芳子に「清朝の第14王女がそんなマネをしてはいけない」と諭して帰したがその後とうとう芳子に押され一度関係を結んだらどうやら芳子の虜になってしまったようだ。相当に良かったんだろう、あっちのほうが。田中の上司の多田駿(当時、関東軍大佐)とも関係があったみたいでそれは弟の憲立が証言している。

くまのかお「へ~、そうなんだ。でもこれだけ美人で男好きの顔だから言い寄る男も多かっただろうね。一説によれば満州の将校達で彼女に色目を使わなかったのは板垣征四郎(当時:関東軍高級参謀)と石原完爾(当時:関東軍参謀)だけだったって言われてるよね。満州派の人たち(石原を中心とする板垣、多田、田中、片倉衷らのグループ、派閥ではないが東条とはことあるごとに対立)のアイドルだったのかな。スパイだったていうのは本当なの?」

スパイというより工作員だったのかな。芳子への特殊工作の教育は田中隆吉がやったんだ。上海事変のとっかかりになった日蓮宗僧侶襲撃事件は田中隆吉の指示で川島芳子の手配に依るものだと田中自身が書いている。ところが東条英機らを養護する連中は今でもそれは東京裁判で日本の戦犯を有罪に導くための米軍と田中のでっち上げ説を唱えている。小林よしのりも心情的にそっちのグループだろうな。映画のラストエンペラーにも出てくるけど天津から溥儀の妻、婉容を連れ出すのも芳子の仕事だね。その芳子も戦後逮捕されてからは長野にいる養父の川島浪速にさんざん命乞いの手紙を送る。

くまのかお「最後は中国で漢奸(売国奴)として逮捕され死刑になっちゃうんだよね。川島浪速や秘書だった小方八郎への手を替え品を替えの手紙を読むと悲しくなってくるね。」

養父の川島浪速も自分が戦犯にされることを恐れて彼女を救おうとしなかったんだね。米国の国立公文書館には日本のスパイ川島芳子の処刑死体が所持していた紙片に記された心情として次の記録がのこっている。心情を推し量るといたたまれないなぁ。

I have a home ; but where I cannot return,

I have sorrow ; which I cannot disclose,

I have a law ; which cannot protect me,

I have a innocent ; but I have no one to appeal to.

家あれども帰り得ず

涙あれども語り得ず

法あれども正きを得ず

冤あれども誰にか訴えん

男装の麗人・川島芳子伝

男装の麗人・川島芳子伝