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安彦良和「虹色のトロツキー」

Culture 歴史散策

戦争は強いものにも弱いものにも襲いかかる

 時は1920年代、ソ連南進の恐怖と欧州列強の侵略と駐屯、米国の中華大陸に対する野望の狭間の中で漸く近代化をなしえた日本が、中国の近代化に大いに貢献しつつも、米国によるミッションスクールでの反日教育の成果と抗日運動の盛り上がりの中で、中国に対して政府として外交的成果を上げられない中で起こる、関東軍の独断による張作霖爆殺事件とそれに続く満州事変。戦争はまさに政治の延長であり、一国にのみその責任を問うばかばかしさはまさに戦争が政治の延長であることの裏返しである。

 虹色のトロツキー石原完爾が書いたシナリオの中で満州事変は世界最終戦争、すなわち米国と日本の一騎打ちへの序章でしか無かった。しかし最終戦争への序章とはいえ、そこには満州の資源を活用し、近代的な国家を建設する為の計画であるが故に、行政の安定と教育の重要視という側面も当然付随していたわけで、現にそのために骨をおり、汗を流した日本人も多数存在したわけだ。だからこそ近代中国初の行政的安定地域の満州に希望を持ってなだれ込んできた、漢人朝鮮人、蒙古人も多数存在したんだね。特にモンゴルや通州でのソ連赤軍や各地での共産ゲリラのやり口に辟易していた反共の人たちも多数存在した。主人公のウムボルトもそんな青年の一人、そのウムボルトが、満州国の現実の中で時代のうねりに翻弄されながら生きていく物語。

 いわゆる満州物の読み物のなかで、何故かこの漫画の『虹色のトロツキー』が群を抜いていると思う。というのは満州ものと言われる本はたいがい、日本の侵略と偽満(ウィマン)と呼ばれる傀儡政権を非難するものや、その逆で東京裁判史観からの脱却を目指し満州国を正当化するものが多く、冷静に当時の満州の姿をえぐり出すものは少ないからだ。その少数の冷静に満州国の姿をえぐり出したものでさえ、軍事学的立場か満州国政府や馬賊など、歴史的に主役たりえた人たちの立場からのものでしめられていて、雑魚のように死んでいった人たちや、近代中国初の安定地域の満州になだれ込んできた、漢人朝鮮人、蒙古人などの被支配者階級も、関東軍や関東州庁、日本政府など支配者階級もひっくるめて、淡々と当時の満州の有り様を並べ、強いものにも弱いものにも襲いかかるドラマを描いているのは、この漫画の『虹色のトロツキー』が傑出していると思う。登場人物は主人公とその家族を除いて殆どが実在の人物。それでいて物語には破綻が無い。それは主人公が結局雑魚のように死んでいくしかないからなのだろうか?

  安彦良和

 「主人公のウムボルトは実は関東軍工作員・深見圭介大佐と謀略で結婚した蒙人の母親の間に生まれた日蒙二世だである。しかし幼いときに父と生き別れ、暴漢に母が輪姦されるのを目の当たりにした幼い彼は記憶喪失になってしまう。育ての親はかつて蒙古独立軍で活躍しながら、ソ連をバックに成立したモンゴル人民共和の共産主義勢力とは相容れずに、満州国軍の蒙系軍官学校の校長になったウルジン将軍。故に彼は自分は蒙人だと思いこみながら育ったのだった。抗日運動に参加して、日本軍との戦闘で負傷したウムボルトは、同じく負傷した共産党の女戦士・麗花とともに逃亡し恋に落ちる。だけど、日本の武道が得意な彼は自分の生い立ちに徐々に疑問を持つようになってくる。それは麗花の指摘もあるんだね。やがて麗花の反対を押し切って彼は建国大学に入学する。そこで彼の運命を変える人、関東軍参謀の石原完爾と出会う。父親とうり二つのウムボルトを父親の同僚、石原完爾や辻正信が見逃す筈は無かった。ウムボルトは石原が建国大学にスターリンとの権力闘争に敗れてメキシコで亡命生活を送るトロツキーを招こうとするのを知り、満州国は日本とは違う国になろうとしていることを感じ石原に感銘を受けるのだった。

  本文より

 ウムボルトが父の最期と自らの生い立ちの秘密を知りたがっていると知った関東軍はウムボルトに近づく。そのなかにはユダヤ人を満州に受け入れ対米融和を謀ろうとする工作員、安江仙弘(やすえのりひろ)陸軍大佐がいた。安江はウムボルトを満州国軍の将校として軍に参加させ、自らの計画の工作員として徴用する。それは本国の参謀本部に戻った石原のトロツキー計画を叩き潰すための計画だった。ウムボルトは恋人麗花を叔父の家に残し、ひとり上海へと旅だった。そこで彼は上海の社交界にデビューし、カンジャルジャップ、川島芳子、上海ユダヤ関係機関長であった犬塚惟重海軍大佐とも親交を結び、ついに父の最期を知ることになる。なんとトロツキー計画は石原以前から関東軍にあったのだ。関東軍高級参謀河本大作は張作霖の爆殺計画だけでなくスターリンと対立するトロツキーと結び、満州の地に共和国を建設しようとウムボルトの父、深見圭介大佐をトロツキーと接触する任務に就けたのだった。しかし張作霖・爆殺事件=所謂満州某重大事件が、関東軍の独断専行を心よく思わない陸軍幹部によって関東軍の謀略であることが明らかになると国民と議会は騒ぎ、天皇裕仁は激怒し陸軍出身の総理大臣・田中義一を憤死に追いやってしまう。慌てた関東軍首脳はトロツキー計画を急遽中止にした。なにも知らずに満ソ国境を越えた深見大佐の運命は?

  本文より

 次々に展開する場面。もうはらはらドキドキのし通しだ。やがて東条英機と対立する石原は舞鶴要塞司令官の閑職に追われ、トロツキー計画は頓挫。関東軍は満ソ国境で圧倒的なソ連軍と戦闘状態に入る。ノモンハン事件の勃発である。工作員としての任務を終えたウムボルトは満州国軍、蒙軍部隊の少尉としてノモンハンに赴く。そこに麗花が必死の思いで後を追ってやって来る。しかしその再会は決して幸せなものでは無かった。嘗て抗日の共産軍女戦士だった麗花はお腹にウムボルトの子を宿り、既に戦争など望まない、あたりまえの小さな幸せを願う女性になっていた。そして戦闘中に負傷した麗花はハイラル関東軍野戦病院へ護送される。ソ連軍の近代機械化部隊の前にウムボルトの指揮する蒙軍官学校の興安部隊はボロボロだった。関東軍主力の小松原兵団は壊滅。最高司令官のウルジン将軍は関東軍首脳と掛け合い蒙軍官学校の興安部隊を後方へ下げることになった。しかしウムボルトにはまだ任務があった。交代の部隊が到着してからの引き継ぎである。そんな中とうとうウムボルトはソ連軍戦闘機の機銃掃射にあい負傷してしまう。まわりにはもう誰もいなかった。水も無ければ食料もない。途中、瀕死の日本兵から家族に渡してくれとボロボロの手帳を受け取る。助けようとするウムボルトにその日本兵は自分はもう助からない、早く行けと言って、息絶えた。ウムボルトは数十キロ後方の師団司令部に向かおうとする。しかし・・・生きて司令部へ戻ったっところで負け犬がなぜ帰って来た?と罵られるに決まっている。自分が死力を尽くして遂行してきた、命令、任務とはなんだったのか?『そうだ、ハイラルに行こう。麗花よ待っていてくれ』ウムボルトは関東軍に背を向ける。そして負傷した躰にむち打って麗花が療養するハイラルに向かって一歩を踏み出す。ジリジリと暑い、満州の夏。

 

虹色のトロツキー (1) (中公文庫―コミック版)

虹色のトロツキー (1) (中公文庫―コミック版)

 

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