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聖徳太子は誰のことか – 続 日本人という意識

聖徳太子は誰か

f:id:lovelovebear:20080106145729g:image永井俊哉博士のご研究、「聖徳太子とは誰のことか」によれば聖徳太子の偉大な功績の一部はフィクションであり、一部は蘇我馬子の功績であるということであり、その一部は皇太子などではなく単なる次期天皇候補の一人に過ぎなかった厩戸皇子を、中大兄皇子と鎌足の功績を美化するために大化の改新の正当化をもくろんだ藤原鎌足の息子・不比等聖徳太子という人物として捏造し、それを神のごとく崇めるようわざわざ成立時期を詐称までして『日本書紀』を編纂したものだとしている。オリジナルを読まれることをお薦めするが、難解な漢字と学術的検討がめんどうだ言う方のために「日本人という意識」で取り上げた項目について以下、要約してみました。これらのことによってくまの主張を変更せざるを得ない事柄はないが、歴史の新事実として踏まえておくべきことがらだろうと思います。

f:id:lovelovebear:20080106145724g:image「十七条憲法」であるが、これに関しては、『日本書紀』は「皇太子、親ら肇めて憲法十七条作りたまふ」と、聖徳太子の作であることを明言しているが、後の律令制度を先取りしたような規範が含まれていて、氏族制であった推古朝の時代にはふさわしくなく、『日本書紀』が編集されていた当時、支配的だった律令国家の倫理を、飛鳥時代に投射することにより捏造した偽作とみなすことができるとしている。

f:id:lovelovebear:20080106145716g:image 次ぎに『三経義疏』であるが、そのうち『勝鬘経義疏』は、敦煌出土の『勝鬘義疏本義』と7割同文で、日本製ではなくて中国製と考えられ、『法華義疏』は、『東院資財帳』が示唆しているように、8世紀に行信が捏造したものであり、『維摩経義疏』に関しては、『日本書紀』に言及がない上、内容的にも、聖徳太子よりも後代の杜正倫『百行章』からの引用があるなど、問題が多いとしている。くまが感じていた「十七条憲法」と『三経義疏』の間の仏教理解の温度差は、まるで作者が違うというかたちで証明されたことになった。

f:id:lovelovebear:20080106145834g:image こういう出鱈目の上に「本覚思想」が上乗せさせられて「国家神道」なる哲学的思惟などまるでない、単なる現象の背後に貫かれるものがあたかも私的特殊性を捨てて、複雑性を縮減する普遍的存在となし、「万世一系」「太極」「真如」「真理」など実は名称などなんでも取り替えの効く宗教的なコミュニケーションのオブジェクト思考なメディアとして機能する思想が発展したのも偶然でも何でもない。死者に鞭打つのも報恩ならば聖徳太子を我が国の大乗仏教の祖などと言われた今は無き秋月龍師は兎も角、そんなことをいまだに嘯き、認めようともしない各山の老師方や『法華義疏』の太子の法華経理解を褒めちぎったまだまだ現役の柳田聖山博士など早めにその説を改めて頂きたいものです。歴史など問題にせずに思想だけを問題にするからそうなるのであるが、仮に思想だけが問題であったとしても「十七条憲法」と「三経義疏」の間の温度差くらい指摘出来るだろうに、骨の髄まで本覚思想に浸かっているとそんなことも感じなくなるのだろうか?禅仏教が思考をしていない証明にもなってしまったと思うと残念です。