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市民運動は本当に進歩的か

進歩的市民運動への挑戦 - 仏教による権威主義の解体と進歩主義脱構築

 日本の仏教学(*1)が方法論としてインド学の客観的で実証的な研究方法を採用し、西洋思想との共通点をも視野に入れながら今日、未だ議論としての決着を見ないものも多々あるとは言え、既存の仏教界に大きな問題を提起するほどの大きな成果を上げたことは論を待たないと思う。むしろその成果を自分たちには関係のないことのように無視するか、あるいは学問と信仰は別とばかりに信仰の殻に閉じこもってダンマリを決め込むかしているおおかたの教団の態度には開いた口が塞がらないけれども、学会のほうも些細な教義の末枝末葉に拘泥してなかばセクト的に周辺学問との交流や共同研究を拒絶しているかのように見えるのを誇張と断ずるわけにはいかないだろう。

 しかし袴谷憲昭、松本史郎等によって提唱された「本覚思想」「如来蔵思想」(*2)批判 -- いわゆる「批判仏教」は、仏教学のみならずその周辺にまで影響を与えないわけにはいかなかった。「本覚思想」「如来蔵思想」が仏教以前の日本的思想として、梅原猛がその「日本学」で「日本は仏教伝来以前から大乗の国であった(*3)」と絶賛する「ことば」無視の権威的思想の根底にあるものとその根底において同一性を持つものであることは袴谷、松本両氏によって自明のものであると指摘された。すなわち梅原氏の論理は正しいがそれは仏教ではなく非仏教的なるものにもかかわらずあたかも日本仏教の基底であるかの如く鎮座し、あらゆるものに縦横無尽に貫かれるとされる「仏性」「真理」「真如」などと「言語」を絶っしてしまいさえすれば何でも一緒くたに顕現する「理法」とされ、その根源である思想的基盤は仮説的に「dhaatu - vaada(*4)」と定義されたのだった。

 昨今のブームで無造作に尊重され、人々に喜んで受け入れられている「和」の思想なるものは仏教を超えて実は日本人の思想構造の根底に「dhaatu - vaada」を置くことによって展開される権威主義的な差別思想である。例えば簡単に言えば禅宗が説く「一切は平等だが、それはそのまま差別なのだ。」ということは一見平等を装いながら、差別をそのまま固定化してしまう全体主義そのものなのだ。僕には非仏教的なるもの「dhaatu - vaada」が単に仏教のみならず土着的なアミニズムとして非仏教圏以外にも早くから成立した自然現象に宇宙の根源的はたらきを認めていく原始宗教的なものを含み、それが唯一の根源を認める形而上学的原理として今も人々の思想構造の根底ではたらき、新しい思想や外来思想を変容させているのではないかと思える。そしてそのような思想構造は、例えば進歩的知識人の代表であるような丸山真男にも見て取ることが出来るのではないか。

 丸山が本格的に古代思想に挑んで注目を浴びた『歴史意識の「古層」(*5)』では古事記冒頭の宇宙生成神話を取り上げ、その分析を通して日本の歴史意識の「古層」を解明しようと試み、仏教・儒教、そしてマルクス主義などの外来思想を受け入れながら一定の修正を加えてきた日本的なるものの、その変容のさせかたに共通したパターンを明らかにしようとした。丸山はそれを外来思想である主旋律を変容させる契機として「古層」として位置づけた。そしてついには江戸時代の神道系思想家や昭和の日本精神論者までにも『ある種の直感から出た真実が含まれており、必ずしもすべての立論が荒唐無稽というわけにはいかない』と丸山自身が常に批判の矛先を向けていた筈の皇国史観の発想へと極めて接近することによって、自身の「古層」へのアプローチが皇国史観と近似性を持つことを認めるにいたるのである。

 このことについて末木文美士はミイラ取りがミイラになってしまったと批判(*6)し、その原因は丸山の論法が一挙に「古層」へ向かい、中世の段階での歴史的創作が添加されたことが明白になっている文献に対して歴史性を無視した手続き上の不備であるとしているが、そうした不備を丸山ほどの人間ですら - 皇国史観に近づいてしまうということよりも - 簡単に犯してしまうその要因こそが袴谷や松本の言う「時間軸を無視して一挙に空間的立場に転落してしまう「dhaatu - vaada」をそのものではなかったか。勿論末木の指摘するように丸山の方法論が(中世を飛ばしていきなり古代思想へ到ったことに歴史での肉付けを見落とすことになるということが)中世に至って花開いた日本仏教の「本覚思想」と日本古来の土着思想が手を組んでより強固な基盤としての「dhaatu - vaada」が日本思想の根底に築かれたことを見落とすことになるということまで踏み込んでいるならば賛意を著したいところだが、単に歴史を見落とすという指摘だけでは「dhaatu - vaada」の一元論に落ち込んでしまった丸山に対する的確な批判になり得ないと思った。

 僕は昨年この「dhaatu - vaada」を仏教学から引きずり出して「市民運動家」や「市民の立場での言論」にまで応用して考え、彼らの主張する「正義」なるものがいかに権威主義的で偽善的であるかを多面的な角度から論ずることをJANJANにおいて試みてきた。仏教の縁起の世界観でものを見るということは、その対象に普遍的な実体性を認めないことである。それはまた対象を脱構築することに他ならない。「市民運動家」や「市民の立場での言論」が謂うところの体制か反体制か、進歩的か保守的かなどということは本質的には何の実体すら持たない。それらはその範疇に括られる個々の人間達の共通の利益、即ちそれぞれの自我がそれぞれの利益に想いを馳せて刻一刻と変化しながら集合離散を繰り返す無常の精神の空間的集合体の仮称にしか過ぎない。それを実体と固執した瞬間、既に時間軸を無視した空間的な一元論に転落する。そしてそれこそが「批判仏教」が定義した「dhaatu - vaada」なのである。市民主義あるいは進歩的と称する人たちの批判者への対応の左翼小児病的稚拙さを見よ!彼らはその妄執する実体のない空間的集合体の仮称を批判されたとき、既に自分の依拠する場所的立場が実体のないものであることに全く無自覚なまま、その依拠するうちの論理を振りかざす。故にその論理には時間性もなく他者との関係の構築を踏まえることもない。ただ一瞬の利益の共通性を普遍的なものと錯覚して振りかざすから、時間のなかに居続けようとする人間からはその論理の破綻が滑稽にしか映らない。

 ここまで論じておいて無責任なのだが丸山についての議論は未だ作業仮説的なものだ。しかし僕にはその延長上に JANJAN 編集長・竹内謙が見えてくるのである。勿論竹内の思想など丸山ほどの緻密さも深さも持ち合わせていないと現代社会学クリティックなかたから批判が聞こえて来そうだ。勿論丸山が鋭利に日本近代の歪みを明快に抉り出して見せ、歪みを克服する希望を「進歩派」の運動に加わることによって持っていたとしたら、その進歩的運動自体が皇国史観とは違う主旋律を奏でながらも容易く変えることの出来ない根の深い同じ契機をもつことを発見して深く絶望したのではないかという末木博士の分析は俄然光を帯びてくる。そして自身の寄って立つ基盤もまた同じ「dhaatu - vaada」にあると何となく嗅ぎ分けつつあったのではないかと思われる丸山にすれば絶望は当然絶望のままで終わってしまうのは当然の帰結であろう。

 故に丸山は竹内ほど罪深くはないし、楽観主義者でもない。しかし丸山が何事をも批判的に考察することが出来る知の生産者寄りの少数の人々にしか影響力を行使しえないポジションにいたのに対して竹内はメディアを通してより多数の無批判に物事を受け入れる知の消費者寄りの人々に影響力を行使可能なポジションにいる。そして既存のジャーナリズムを批判的に止揚せんと新しいジャーナリズムを立ち上げた竹内であったけれど結局はミイラ取りがミイラになって、既存ジャーナリズムの権威主義と出鱈目さをそのまま自らに内包し、そこから一歩も出ることが出来ぬまま今日に至るのはやはりその根底にある「dhaatu - vaada」によるものと思えてならない。ステレオタイプの駄文とその絶賛意見の羅列を確信犯的に続ける竹内は、進歩的な「市民」の言論について極めて楽観的であるようだ。当然「dhaatu - vaada」に立つことさえ無自覚な竹内にとって丸山のような絶望を感じろというのは無理な注文なのかも知れないが丸山についての問題提起を緻密に検討して論証してみれば竹内についての議論もより説得力を増すと思われる。

 「市民」という単語に反体制的な意味合い、「すべての市民は記者である」なる「市民」の固有名詞化を計った竹内謙というジャーナリストは市民に対して返済が限りなく不可能に近い負債を負ったことになる。それは、繰り返しになるが「市民」で括られる人たちもまたその範疇に括られる個々の人間達の共通の利益、即ちそれぞれの自我がそれぞれの利益に想いを馳せて刻一刻と変化しながら集合離散を繰り返す無常の精神の空間的集合体の仮称にしか過ぎないわけで、それを実体と固執した瞬間、既に時間軸を無視した空間的な一元論に転落することになるからである。しかしその負債を耳に心地よい言葉で覆い隠してあたかも普遍的なものであることを市民に要求し続け、市民がそれをなんにも考えることなしに進歩的だと信じて許容し続ける限り「市民」という固有名詞化してしまった「ことば」は妖怪として現代社会に彷徨いつづけ、市民の混乱を眺めながら市民の抱える複雑な自己矛盾をエサに喰いな長らえ、市民を支配し続けるのだ。

 その負債は「市民」の脱構築によってのみ始めて返済が可能になるのである。アプリオリを規範として立てないことによって固有名詞を脱構築していくプロセスは仏教の縁起の世界観で表象を見ていくことととても良く似ていて、だからこそ他者の「ことば」を尊重せざるを得ない自己が表出する。「ことば」の妖怪へのそうしたアプローチが ジャック・デリタの脱構築は仏教の縁起に似ているのではないかというkei 氏の提起へのささやかなお応えであるのだが、いまこのテキストを書きながら kei 氏お薦めのマーラー交響曲第9番第4楽章アダージョクルト・マズア率いるニューヨークフィルで聞いている。死への憂鬱を予感させる複雑多層なメロディーはやがて大きなダイナミンクレンジと共に清楚な終焉へと進むが、それはまるでのしかかってくる憂鬱を脱構築していくかのようだ。

 仏教がアートマンを否定し実存的な原理へ関わることを拒否し既製の権威を否定したことはカール・ポパーの「批判的合理主義」にその類似性が認められる(*7)。縁起の思想はベルクソンの「純粋持続」に、縁起による無我の世界観もまたデリタの「脱構築」に類似性を認めることが出来るだろう。だとすれば仏教を西洋思想に対峙する東洋思想などと対立論的に考察することはもはやナンセンスなのである。西洋思想と対立する思想概念としての仏教は既に、ポパーに、ベルクソンに、そしてデリタによって脱構築されてしまっているのである。東洋思想、無の思想などと寝言を言っている場合ではない。仏教は自らに内包する権威主義一元論などの「dhaatu - vaada」を透徹した自己批判を通して駆逐するとともに、外来思想としての仏教が許してしまった日本古来からの「dhaatu - vaada」を徹底的に批判していかなくてはならないと思う。僕たちは引き続き立ちはだかるあらゆる耳に心地よい「固有名詞」を脱構築していかなければならない。

近代日本と仏教 (近代日本の思想・再考)

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本覚思想批判

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道元と仏教―十二巻本『正法眼蔵』の道元

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法然と明恵―日本仏教思想史序説

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禅思想の批判的研究

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仏教の思想 7

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日本学事始 (集英社文庫)

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*1:近代的仏教学は、明治になって南条文雄、高楠順次郎などといったヨーロッパに留学して近代的インド学を学んだ人たちによって我が国にもたらされた。最近再び注目され 2002 年 9 月に明治期のものとして、うしお書店から『南条文雄著作選集』が刊行されている。仏教学の定義については北海道大学の石川明人氏の説明が極めて簡潔で的を得ていると思うので参照されたい。『仏教学とはhttp://hb6.seikyou.ne.jp/home/iakito/shuukyouintetsu.html

*2末木文美士『近代日本と仏教 -- 近代日本の思想・再考』に「批判仏教」の端的な説明がある。要約を試みれば「袴谷と松本の活動は1980年代前半に準備され、1985年には、袴谷の「差別事象を生み出した思想的背景に関する私見」など、後にその著作『本覚思想批判』(大蔵出版、1989)の中核をなす論文が発表された。さらに、86年には松本が日本印度学仏教学会で「如来蔵思想は仏教にあらず」を発表し、同年、それが同学会の機関誌『印度学仏教学研究』に掲載されたことから、学界でセンセーションをまき起こすこととなった。1989年に袴谷の『本覚思想批判』と松本の『縁起と空』(大蔵出版)が刊行され、翌年、袴谷の『批判仏教』が出るに及んで、その議論のほぼ全貌があきらかとなった。二人の活動は、その後も袴谷『道元と仏教』(大蔵出版、1992)、『法然明恵』(大蔵出版、1998)、松本『禅思想の批判的研究』(同、1994)などで継続され、その説をめぐっての波紋が続いた。」ということになる。「批判仏教」の論争の中で袴谷と松本は禅の「空」は老荘の「道」と同じく根源的存在を認めるもので仏教ではないとしている。時間的には「批判仏教」のかなり前にはなるが柳田聖山・梅原猛『無の探求「中国禅」仏教の思想〈7〉』(角川書店)において柳田聖山氏が老荘の「道」と禅の「空」の本質的相違を禅は正統な仏教であるとの立場から果敢に論証しようと試みておられる。が縁起と無我の立場からは当然ながら論証し得ていないどころか根源的な真理なるものをそれでも無我の立場に立って論証しようとすればするほど曖昧で晦渋になってしまって非論理的な時間軸無視の空間的立場に陥ってしまっているのは松本論文を前提に読んで見れば当然の帰結であろう。この点については、以前の拙テキストを改めて手を入れて掲載することを予定しているが、柳田論文に依拠して袴谷・松本説の批判的検討を試みたときに僕の転向があったことを告白しておかなければなるまい。結果を受けた秋月老師は「釈尊その人の思想はそうであったかも知れないが大乗禅は祖師禅だから発展していてあたりまえだ。しかし全別にして全同だ。」と僕には晦渋で難解な一言をポンと投げてよこされた。言葉を解体してまるごと放り投げ、そのまるごと裸のぶつかり合いで一期一会の勝負が決まるのが禅者の力量の差ということになるのだが、そんな「全別にして全同」なら「べー」と舌をだして鬩ぎ合うことも出来るから喝することもない。それにしても老師には作業仮説的な dhaatu - vaada がなんのことかさっぱり解らなかったのかも知れない。末木文美士『近代日本と仏教 -- 近代日本の思想・再考 2』トランスビュー ; ISBN: 4901510258 ; 2004/06 袴谷憲昭『本覚思想批判』大蔵出版 ; ISBN: 4804305173 ; 1990/01 袴谷憲昭『道元と仏教 十二巻本「正法眼蔵」の道元大蔵出版 ; ISBN: 480430522X ; 1992/01 袴谷憲昭『批判仏教』大蔵出版 ; ISBN: 480430519X ; 1990/03 袴谷憲昭『法然明恵 - 日本仏教思想史序説』大蔵出版 ; ISBN: 4804305386 ; 1998/07 松本史郎『縁起と空 如来蔵思想批判』大蔵出版 ; ISBN: 4804305181 ; 1989/07 松本史郎『禅思想の批判的研究』大蔵出版 ; ISBN: 4804305262 ; 1993/12 柳田聖山・梅原猛『無の探求「中国禅」仏教の思想〈7〉』角川書店 ; ISBN: 404510707X ; 7 巻 1969/03 絶版

*3梅原猛『日本学事始』集英社 ; ISBN: 4087490319 ; 1985-09

*4:松本史郎「勝鬘経の一乗思想について」(曹洞宗研究員研究生研究紀要 1982/12/20)で作業仮説的に用いられた如来蔵思想、本覚思想を著す語。前掲『縁起と空 如来蔵思想批判』に収録。簡単に言えば「単一な実在である基体 (dhaatu) が多元的な dharma (超基体)を生じると主張する説。なおこの論文を成果として積極的に評価し著されたものには、前掲袴谷憲昭『本覚思想批判』(大蔵出版)の他、伊藤隆寿『中国仏教の批判的研究』大蔵出版ISBN: 4804305238 ; 1992-05 などがある。

*5丸山真男『歴史意識の「古層」』(『日本の思想』6「歴史思想集」筑摩書房 1972 の解説として著され『忠誠と反逆』筑摩書房 1992 に論文として再録された。『丸山真男集10』岩波書店 ; ISBN: 4002050068 ; 1997-09 に収録。

*6末木文美士日本的なるものを見定めるために」『仏教と出会った日本』法蔵感 1998 を書き改め 『解体する言語と世界 - 仏教からの挑戦』岩波書店 ; ISBN: 4000028294 ; 1998-10 に収録

*7ポパーの「批判的合理主義」と初期仏教の類似性については藤重栄一氏のサイトの資料集『ブッダと「汎批判的合理主義」(小河原誠)』に詳しい。わたしは袴谷憲昭教授による説一切有部の「批判的外在主義」について述べたコンテクストで藤堂氏を知った。そのコンテクストとは批判仏教の旗手袴谷教授がご自身世界内存在として唯識文献にアプローチして来られた過去を、ある意味でヤージニャヴァルキアの正統な継承者であるブッダとその正統な弟子と自負する説一切有部の世界外存在としての認識論に立った上でポパーの批判的合理主義の立場をも取り入れながら「批判的外在主義」を宣言した上でご自身のご成果を批判的にまとめられた『唯識思想論考』の序文である。その藤堂氏のサイトで氏のポパーについての深いご理解による資料の編纂とご論考に圧倒され無知を思い知らされたうえに、さらにまさしく藤堂氏の絶賛する名著小河原誠『討論的理性批判の冒険─ポパー哲学の新展開』を知ることが出来た。ここに改めて藤堂氏には深く謝意を表しておきたい。袴谷憲昭『唯識思想論考』大蔵出版 ; ISBN: 4804305491 ; 2001-09 小河原誠『討論的理性批判の冒険─ポパー哲学の新展開』未來社 ASIN/ISBN:4624932153 1993-02