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どうせ共産党でしょ? - 共産党への言論弾圧についての考察

警察による共産党イジメ?

 葛飾区で共産党シンパの僧侶がマンションの共用廊下に侵入してビラを投函して逮捕された件について言論弾圧であるとか共産党に対する弾圧であるとか一部で話題になっている。その僧侶についての問題は『葛飾ビラ撒き男が坊主だったとは』を参照していただくとして、まぁ共産党が騒ぐから話題になっているというのもあるのだろうけど僕にはこれが国家権力による共産党弾圧にはどうしても見えない。警察や検察の下っ端の共産党苛め、あるいは行き過ぎ、不祥事ともいうけどそんなふうにしか見えなかった。もちろんそれ故不起訴になったのも当然だろうと思う。共産党には悪いが極端な言い方をすれば配ピザ・鮨デリバリーのチラシはそれが必要な人以外は唯のゴミ。風俗のチラシも必要な人以外は唯のゴミ。共産党のチラシも創価学会も新興宗教もみんな同じ。ゴミを出すのにコスト負担をしなければならない今の時代本当に嫌な人には本当に迷惑。共産党ってなんでこんなことが解らないのだろうか?

 まぁだから少数派の少数派になってしまったのだとは思うが、共産党がいまの政治に少しでも影響力を行使出来れば賛同者も反対派もチラシくらい迷惑がらずに読むだろう。そうではないのは少数意見を他者に理解してもらうための努力を怠った共産党自身の責任。宅配ピザや鮨デリバリーは少なくともいかがわしさはないと思う。だけど風俗や新興宗教はいかがわしい。それにも増してかつて暴力革命を叫んでいたり、60年代後半から80年代前半には新左翼の学生とリンチ合戦を繰り広げた民青を目の当たりにした世代には共産党はいかがわしいどころか胡散臭くもある。生理的に嫌悪感をもよおす人も多いのだ。共産党から受けるいかがわしさや胡散臭さを払拭していない人は多いと思う。いかがわしくて胡散臭い人が勝手にマンションの共用部分に入ってくれば警察に通報したくなるのも人情というものだろう。

 かつて共産党は70年頃の総選挙で一挙に40議席を獲得しそのころの党大会で「70年代末までに民主連合政府を樹立する」構想を提案した。「民主連合政府」の閣僚予想などが週刊誌を賑わしたのもこのころだ。共産同(日本共産党の左派より分派)系の赤軍派による内部のリンチ殺人を別とすれば、ちょうど共産党の躍進時期に新左翼系の内ゲバ中核派による革マル派の殺害が行われ、革マル派の報復として早稲田大学の川口君殺害事件が起きてこれを気に新左翼は一挙に殺人報復合戦を繰り広げ急激に知識人や進歩主義運動の中での支持を失っていった。これは議席を伸ばし国民政党として認められつつあった共産党には都合がよいことだった。警察、公安の目は共産党から離れ新左翼過激派に集中していく。さらに共産党は民青は独立組織であると主張したし、議席もまともにあり、世論を鑑みれば警察は以前のように共産党や民青に対して安直に手が出せなくなった。そうした意味と他にやるべき事があって忙しかった期間を経て、国民政党でありえた時代に手を出しにくかったことへのトラウマが共産党の衰退と「共産党は胡散くさい」というフィルターとともに警察の内部に噴出し、さらに新左翼の衰退やオーム真理教の活動の沈静化と相まって視点を再び共産党に集中出来るようになったからではないかと思う。

政府による弾圧などはないのではないか

 だから事実関係だけを見るなら国家権力による弾圧には違いがないが、いまの自民党政府はこんな形で共産党を弾圧する意志はないでと思う。むしろ「警察も困ったことをしてくれた」くらいは思っているかも知れないが。だいたいこんなことで共産党を逮捕して弾圧するほど小泉内閣はバカじゃない。イラク人質事件の際、官邸内部でささやかれていたとして、週刊誌が伝えた政府首脳の声が「どうせ共産党でしょ」。自民党だって人々と同じように「共産党は胡散くさい」というフィルターを持っているし、国民の多数がそれを持っていることをちゃんと認識しているはずだ。だから共産党が「議会だより」のようなビラを配ったくらいで弾圧すれば戦前の赤狩りを思わせるような弾圧や妨害の手法だと国民の反発を買うくらいは解るだろうからそんなバカな選択はしない。マスコミ操作が得意な小泉氏のこと、妨害するならもっと巧妙にするだろう。むしろ今回の警察の行き過ぎがさほど国民の反感を買わず、世論も盛り上がらなかった事に対して「どうせ共産党でしょ」とニヤリとしているかも知れない。まぁそれはそれで問題だが・・・

「どうせ共産党でしょ」共産党の胡散臭さ

 では、暴力革命を否定し、プロレタリア独裁も放棄し、天皇制も認めるようにソフトになった共産党がいまだに胡散臭さを払拭出来ない要因はなんだろう。今現在の共産党はたとえば最近では香田さんの釈放のために直接自衛隊イラク撤退を政府に要求しなかったように(社民党は相変わらずバカの一つ覚えのようでしたが)、その政策も主張も複雑な現実を受け止めより現実路線に転換しているし、対自民党政府への批判も当をえているところもある。しかし人は時間の中に生きるのだ。過去のあやまりを明白にし明確な「ことば」で自己批判を表明して、権威主義全体主義を厳しく排除していかないかぎり人々の信頼を得ることは難しいだろうし、当然、識者は批判を続けるにちがいない。では共産党が明白にしなければならない過去の誤りをいくつか見てみよう。

北朝鮮拉致事件での共産党

 北朝鮮による日本人拉致事件が発覚してマスコミを賑わせたちょうどそのころ共産党はすっかり利権とともに自民党に奪われてしまって、断絶していた朝鮮労働党との関係修復に乗り出していた。だから拉致事件は寝耳に水だったのだ。彼らは日本側が戦後補償問題で譲歩することによって関係を打開するという主張のみならず、あえて拉致問題には物証がないということで拉致問題の譲歩をも主張していたのだ。今はなかったことになっている拉致事件発覚当時の共産党議長の不破哲三氏や国際問題の責任者・緒方靖夫氏の「しんぶん赤旗」での対談を見てみよう。

 

不破「いわゆる拉致問題の宣伝だけ聞いていると、百パーセント証明ずみの明白な事実があるのに、相手側はそれを認めようともしない、日本政府も弱腰で主張しきれない、そこが問題だ、と言った議論になりやすいのですが、実態はそうじゃないんですね。」

緒方「そうなんです。外務当局に聞いても警察当局に聞いても、全体としては疑惑の段階であって、「七件十人」のうち物証のあるものは一つもない、と言っています。(中略)」

不破「国会の議論としては初めての提起でしたから、そのあとマスコミの人たちと懇談したときにも、中身がのみこめないといった顔をしていた人が大部分でした。しかし、翌朝訪ねてきて、「私はあれで目からウロコが落ちました。拉致は証明ずみの事実と思い込んでいたけど、そうじゃなかったんですね」と言ってくる記者もいましたので、心づよく思いましたよ」

『しんぶん赤旗』日曜版2001年1月14日より

 ここには「共産主義者共産主義国を守る」という彼らの原理が働いてる。他者の批判がおきるまで、まったくものを考えずにただ共産主義者というだけで信じようとする。そのくせ資本主義国家の強化を徹底して敵視し、あらゆる詭弁を用いて国家の権限の強化に反対する。彼らには目の前の問題の現実を直視し、自分の頭で考えることなど無いのだろう。ただ敵か味方かの単純な線引きだけの思考パターンの典型だ。まさに丸山真男が失望した思考の契機の「古層」、僕の言う言葉無視の土着的一元論の思想構造が如実に表れている(*1)。この後この発言についていかなる自分たちの誤りにたいしての明白な自己批判も釈明もされずに北朝鮮を非難しているのが共産党だ。とりあえず世間で問題になっていなければ共産主義国だというだけで信じてしまう思想構造がそのまま普通の常識の人には理解することが出来ないから胡散臭いということになるのだ。しかし共産党は過去の過ちも時間が過ぎれば人々は忘れてしまうとでも思っているのだろうか?少数意見だからたしかにそうなのかも知れないし、ある意味随分楽天的だがそれならば言論についての責任をまったく取ろうとしていないことになる。

ゲバ民

 かつて「ゲバ民」といわれるグループがあった。60年代後半から80年代前半に新左翼の学生とリンチ合戦を繰り広げた武装した民青のことである。いわゆる全共闘運動潰しの為のグループである。この時代に大学に通い彼らを目の当たりにした世代には胡散臭いことこのうえ無いだろう。学生時代、僕の友人も革マル派と間違えられて民青に暴行を受けて重傷を負い犯人は逮捕された。共産党は関係ないとシラを切りつづけ、その男を除名処分にしたがその男はいつも民青の集会で裏方に廻って中心的な役割を果たしていたから当事者はみんな知っていた。当然警察に呼ばれた学生はみんな話したと思う。おかしいいことに毎日のように大学に来ていた彼は僕たちの大学の学生ではなく当時30才を過ぎた団体職員だと警察が教えてくれたが、警察はどちらかというと革マル派と接触する方も悪いみたいな言い方で、しかも犯人は除名になったからもう民青ではないし組織的な犯行ではないと民青の肩をもっていたように思う。なにしろ共産党は当時大躍進のあとで衆院に40議席を持つ国民政党だったからね。こんなことは日常茶飯事だったので僕の学生時代の友達は「どうせ共産党でしょ」という先入観やフィルタをは当然持っている。しかしいくら警察が組織的犯行ではないと庇おうが(否、庇わざるを得なかった)その体質は当時の日本共産党と民青そのものの思想構造にあったと言わなければならない。

民青による革マル派比嘉君殺害事件

 あまり騒がれなかったのだが僕がおぼえている民青の暴力事件がある。沖縄大学で比嘉君という革マル系学生が、民青学生との内ゲバから自治会室に追い詰められ転落死した事件だ。「今日こそはやってやる」と民青の者が口走っていたとの証言があると報道されたが「窓から比嘉君を落とすのを見た」などの実質的証拠がなく、事故として取り扱われ殺人事件としては不起訴であったと思う。ただ自分から飛び降りるか民青の人が持ち上げて突き落とすのどちらかでなければ比嘉君は転落しないような状況なので疑わしいとは思った。確か革マル派が一生懸命これを事件に仕立て上げようとしていたことをおぼえている。誤解しないで頂きたいがなにも僕は民青=共産党の暴力だけを取り上げて新左翼各派の暴力・殺人事件を不問いにようと言っているわけではない。新左翼による暴力も全く同じ憎むべき暴力である。しかし共産党による新左翼排除は全共闘潰しはもはや批判ではなくその体質に基づき、全共闘運動を超えるほどの政治的信条も信念も持たない日本の進歩主義的意運動の主導権を握るべく繰り広げられた権力闘争だったと言わなければならない。

 共産党の掲げる統一戦線や共闘は自分たちより右よりの人たちに対して向けられ、左よりの人は排除すると言う方法だった。それはソビエト共産党スターリンへの無批判、無条件の信望と点数稼ぎをその青年期の信条とした共産党の独裁者宮本顕治とその信望者によるもので、スターリントロツキー派排除の方法をなぞった物です。もともと民青の暴力はそのために新左翼に対して向けられたものだから、その抗争の中で興り、そして時代のタイミングで事件化することは極めて少なかった。しかし新左翼を排除する共産党の発想は決して今の共産党が耳障りのよいことばで訴える非暴力思想基づいたものではなく、暴力的なレッテル貼りの権威主義的なものである。それについて元民青で日本共産党東京都北区区議会議員の八百川孝氏が新左翼のとの抗争について自分たちの暴力事件については一切触れていないが暴力的なレッテル貼りの権威主義的な思想について不破哲三氏をも含めて批判したテキストがあるので長くなるが引用してみよう。

 

 日本共産党と民青同盟側が、これらの集団を一緒くたにして、トロッキストと呼称し、批判してきたことについてです。私は、この点については、きわめて不正確な決めつけであったし、理論的には、大きな誤りであったと思っています。

 しかし、その後の日本共産党が発行する諸雑誌等のなかで、トロツキーに関して、正当な、正確な評価、論評をするようになったかというと、皆無と言っていい状態が続いています。先の「社会科学辞典」における評価も、百八十度の違いを見せていますが、その評価の違いが、党として、あるいは民青同盟として、いつ頃からのものなのか、そうした違いを組織として総括した上で、公式にその論評を発表したものなのか。私は、そうした「けじめ」を、日本共産党も民青同盟も未だにつけてはいないと思っています。

 トロッキスト」とは、蔑称です。それは、スターリンが、自らを批判する者、集団に対して、階級敵、スパイ、攪乱者、等々の意味を込めて浴びせた蔑称です。あの大粛正をする上で、被告とされた者たちに浴びせた蔑称です。

 ヨーロッパにおける「魔女狩り」と同様の、スターリンの大粛正の際に、一度「トロッキスト」とのレッテルが貼られた人間は、次の日には逮捕され銃殺されてしまったという、あの時代の、権力の側に立つ人間たちが、スターリンに隷従した人間たちが、つくり出した「造語」こそ、「トロッキスト」だったのです。(*2

八百川孝『夢共産主義 - 1 無視された共産主義の原点』より

 このテキストを丹念に読めば共産党の暴力的体質が浮かび上がって来る。そしてその思想的根拠でもあるスターリニズムもだ。だが僕はそれだけではないと思っている。スターリニズムの背後にある土着的な一元論がロシアだけではなく日本にもそのままあるからだ。ちなみにロシア共産党の党の組織はロシア正教そのままの組織だった。丸山真男が日本の進歩主義的運動の根底には仏教儒教マルクス主義もその主旋律を変容させてしまう、契機としての「古層」があると言い(*3)、それは皇国史観にも連なるものだと発見し日本の進歩主義的運動に彼は大きく失望した。そして皇国史観や美しい日本を標榜する「和」の思想に共感すら覚えるようになっていく。それは丸山自身もその「古層」をイデオロギー以前の思想構造として依拠しそこから脱出することが出来なかったからだろう。その「古層」としての一元論はまたキリスト教も衰退していった時期のインド仏教も、あるいはそこから流入した中国、朝鮮、日本の仏教も持っている。僕たちがしなければならならいことはまずその一元論を徹底的に自分自身の思想構造から排除していくことなのだ。さらに元民青の活動家れんだいこ氏が戦後日本の進歩主義的運動についての総括をされていて、そのなかで日本共産党スターリン主義的体質と行き当たりばったりの政策を批判している。こちらは民青の暴力についても触れているが新左翼各派の思想と理論をきちんと踏まえており左翼運動の歴史を知るには良いテキストだと思う。

 

民主連合政府とは何だったのか

この運動に民青同が如何に対置したか。この時の民青同の党指導による 「オカシナ」役割を見て取ることは難しくはない。単に運動を競りあい的に対置したのではない。ただし、私は、個々の運動現場においてトロ系によりテロられた民青同の事実を加減しようとは思わない。実際には相当程度暴力行為が日常化していたと見ている。全共闘系の暴力癖は、諸セクトのそれも含めた指導部の規律指導と教育能力の欠如であり、運動に対する不真面目さであり、偏狭さであったし、一部分においては「反共的」でさえあったと思う。史上、運動主体側がこの辺りの規律を厳格にしえない闘争で成功した例はない、と私は見ている。ただし、別稿で考察する予定であるが、そういう事を踏まえてもなお見過ごせない民青同による躍起とした全共闘運動つぶしがあったことも事実である。ここに宮顕執行部が牛耳る党に指導され続けた民青同の反動的役割を見て取ることは難しくはない。単に運動の競りあい的に対置したのではない。「突破者」の著者キツネ目の男宮崎氏が明らかにしているあかつき行動隊は誇張でも何でもない。

今日この時の闘争を指導した川上氏や宮崎氏によって、この時民青同が、「宮顕の直接指令!」により、共産党提供資金で、全国から1万人の民青・学生を動員し、1万本の鉄パイプ、ヘルメットを用意し、 いわゆる“ゲバ民”(鉄パイプ、ゲバ棒で武装したゲバルト民青)を組織し、68年から69年にかけて全国の大学で闘われた全共闘運動に対してゲバルトで対抗した史実とその論理は解明されねばならない課題として残されていると思う。それが全共闘運動をも上回る指針・信念に支えられた行動で有ればまだしも、事実は単に全共闘運動潰しであったのではないか、ということを私は疑惑している。先の「4.17スト」においても考察したが、宮顕執行部による党運動は、平時においては運動の必要を説き、いざ実際に運動が昂揚し始めると 運動の盛り揚げに党が指導力を発揮するのではなく、「左」から闘争の鎮静化に乗り出すという癖があり、この時の“ゲバ民”をその好例の史実として考察 してみたい、というのが私の観点となっている。(*4

れんだいこ「戦後学生運動第8期その1」より

 そして氏がその『民主連合政府樹立運動について』の中で述べるように民主連合政府が70年代の遅くない時期に成立しえなかったということは『党の主体的力量の反省もされねばならないのではなかろうか。スローガンに仮に正しさがあったということと、その道筋を作りだせれなかったということとは不可分の責任関係にあると思われるが、免責されるのであろうか。つまり、 民主連合政府の呼びかけ問題に付きまとっていることは責任体系の問題である。政治的スローガンの提唱は執行部の権限であるが、その指針が流産した場合まっとうな政治的解明と責任処理がなされるべきであるという緊張関係がなければ、全ては饒舌の世界になってしまうのではなかろうか。』と、民主的な手続きを踏まずに選任されている共産党指導部へのそのあり方の批判と、かつ指導責任が問われるべきなのである。勿論この点についてついぞ共産党自身の口からまともな議論を聞いたこともない故に氏はそうした『責任体系』を『饒舌の世界』で終わらずに責任の『峻別がなされているのが自民党であり、与党として信頼が託されている所以なのではなかろうか。』と共産党の責任体系が自民党のそれに及ばないことを指摘している。もしこれらの氏の指摘を正しいものとするなら『民主連合政府構想』はただ全共闘運動潰しのために若者を駆り出すための『饒舌』な叙事詩に過ぎなかったことになる。それを許している党員や支持者のかたの時間とは一体なんなのだろう。共産党は既に党員や支持者、運動に関わった人々すべてに対して取り返しのつかない時間的な負債を負っていることになるのだ。ここにも共産党が過去の過ちも時間が過ぎれば人々は忘れてしまうという楽天的だが言論についての責任をまったく取ろうとしていない一面が覗える。これもまた胡散臭さの要因だ。

自己批判なき政治組織は解体されるべきである

 れんだいこ氏は前述『民主連合政府樹立運動について』のなかで『万が一民主連合政府的なものが出来たして、党より左派系諸派の政治的活動が認められる幅が現自・自・公政府下のそれより狭まるという危惧は杞憂なのだろうか。』と述べておられるがこれもまた多くの人が抱く疑問であろう。『赤旗記者が茶髪・金髪OKで党本部を出入りしている自由さ』は聞くことがあるが茶髪・金髪に嫌な顔をする自民党だって野中氏が自衛隊イラク派遣延長に反対する集会に出て発言する自由さはあるのだ。結局共産党マルクス主義者であるまえに他者との関係を構築することを放棄した土着的一元論者に過ぎないのである。こんどは「21世紀の初頭に民主連合政府の樹立を」と、漠然としたより長いレンジのスローガンにすることによって、現執行部の政治活動の一線からのリタイアを見越し、責任体系をあらかじめ放棄した批評的願望的スローガンに「福祉」「減税」という耳障りのよい言葉を組み込みつつ、過去のあやまりとイデオロギーを覆い隠しても、それを明白にし明確な「ことば」で自己批判を表明して、権威主義全体主義を厳しく排除していかない限り、その胡散臭さと怪しさは払拭されない。ならば権力に弾圧されるべき存在などではなく、その非民主的な体質は彼ら自身の規定する市民、人民、国民の手によって解体されていく運命にあるのではないか。

*1:拙稿「市民運動は本当に進歩的か」参照

*2:八百川孝『夢共産主義 - 1 無視された共産主義の原点』若干ではあるが共産党スターリン主義的体質をも批判し、トロツキーを再評価したうえで不破哲三の一国社会主義批判を展開するこのテキストは現共産党員の方による不破哲三批判としては興味深いし優れたものであると思う。

*3丸山真男『歴史意識の「古層」』(『日本の思想』6「歴史思想集」筑摩書房 1972 の解説として著され『忠誠と反逆』筑摩書房 1992 に論文として再録された。『丸山真男集10』岩波書店 ; ISBN: 4002050068 ; 1997/09 に収録。拙稿『市民運動は本当に進歩的か』参照

*4:れんだいこ『戦後学生運動第8期その1』れんだいこ氏による考察もなかなか興味深い。その共産党批判は前述八百川孝氏より遥かに公平で論理的。そのほか氏による民主連合政府批判である『民主連合政府樹立運動について』。政策の変更でお荷物になったゲバ民を粛正した『新日和見事件』についての考察も興味深い。