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単なる自我拡大の限界内の無宗教

霊魂を信じないって、そういう意味じゃブッダこそ無宗教

 こんなふざけたテーマはカント(1724~1804)の「単なる理性の限界内の宗教(1793)」のパロディかと思われるのが普通の感覚というものだろうがこれはパロディでも冗談でもない。勿論、仏教で言う自我とは時間停止の妄執の所産に過ぎないわけだから「理性の限界内としての宗教」を裏返せば「自我拡大の限界内の無宗教」はアンチテーゼやパロディーの部類ではなく、例えば法華経の第二章を「真実の章」でなく「比喩の章(方便品)」と名付けた北西インドの法華経編纂の法師たちの想いにカントのテーマを重ねあわせてみようという密かないたずら心なのかも知れない。とは言っても『真の持続がまったく等質的な形をとるときは、それが空間としてあらわさられる場合であることに、彼は気がつかなかったように見える』として『カントの誤りは時間を等質の環境とみなしたことである(自由と時間 1889 - 平井啓之訳)』とアンリ・ベルクソン(1859~1941)が批判したようにカントの時間は一足飛びに時間を飛び出して空間、あるいは場所に立って安泰としてしまう危険性はあるものの『学識を用いてのみ他人を確信させうる学識的宗教(たんなる理性の限界内の宗教 - 1793)』を純粋に時間のなかに見いだしていくことに注意を払えば200年を過ぎた今でもまだまだ魅力的な論理ではないかと思うのだ。

 ところで当のベルクソンは『事象の波動を辿る真に直感的な哲学が出来れば、どのくらい教えることが多いであろう。それは事物の全体を一挙に抱擁しようとこそしないが、各ので事物に対して、正確に排他的に当嵌まるような説明を与えるであろう。世界の全体的統一を定義したり叙述したりするところからは始めないであらう。世界が実際に一つかどうか誰にわからう。経験のみがそれを告げることができる。もしその統一が実在するとすれば、それは探求の終点に結果として表れるが、それを原理として始点に置くことはできない。』と真の直感を重要視しているものの、その直感を支える『本当の経験論は、原文そのものに出来るだけ迫ってその生命を深く探り、一種の精神的聴診によってその魂が鼓動してゐるのを感じようと志すものであって、この本当の経験論が真の哲学である。 …. 経験論の名にふさはしい経験論、寸法を取って仕事をする経験論はその研究する新しい対象の一つ一つに対して全く新しい努力を加えなければならない(思想と動くもの:岩波書店 ASIN/ISBN:4003364546)』とその時間的不可逆性と他者への常なる想像を通して他者のことばに耳を傾けることと、そのことによって自己のうちに時間的に蓄積される認識の範囲が蓄積された経験を超えることはないと論じているからである。

 これは仏教の開祖ゴータマ・ブッダが苦を滅する方法として時間である十二支縁起を説き、また認識を超えるような形而上学的な事柄はノーコメントとした十四無記を彷彿をもさせようが、宗教としての仏教を論じる上で極めて重要なことであると思われる。そんなことを言い出すのも、木走日記での、もともとの議論は靖国神社についてではあったものの、「幻想の共有こそが宗教」「宗教というのは、超自然的な概念を用いた世界認識の方法」というような発言にちょっとカチンと来たから(笑)。超自然的な概念など2500年前に仏教の開祖ゴータマ・ブッダによってあっさり否定し去られ、さらに宗教改革の後、18~19世紀の欧州の近代的自我形成における宗教の問題としても多くのテキストが著され、また議論もされて既に過去のものになっているからである。

 いったいこんな西遊記孫悟空のようにゴータマ・ブッダの手のひらで叫ぶような発言は幼稚な既製宗教に対する反発であれば意にも止めることもないのだが、発言された青龍氏という方は決して論理的思考が出来ない方ではないので、寺の倅の初年度学生が、自由に意見を言わせれば知ったように仏教を非難するさまに見えないこともなく、ちょっと挑発的に「だいたい宗教とはなんなのか言ってごらんよ。さぁ、さぁ、さぁ、さぁ、さぁ!」とやってみた。その後青龍氏からは真摯なお答えを戴いたが、それに対する僕の批判的問題提起で対話のラリーは止まってしまった。随分とタンカを切った反論の割にはあとが続いて来ないことには首をかしげてしまうものの、氏のコメントの中になる「追悼というのはあくまで死者の問題ではなく、生者の問題だと認識しています」と理性としての宗教の核心に迫る勢いががいかにも惜しいのでこちらとしても中途半端な気分は否めない。特にその中で僕の「さぁ、さぁ、さぁ!」の元になる青龍氏の発言は「くまりんさんの琴線に触れたのでしょう。」と語ってくれたこえださんに先日いてふ舎でお会いしてその続きを大学のゼミよろしく質疑応答しながらやったわけであるがこえださん到着の時点で僕は既に外資な友人と相当量の酒精を摂取していて、かなりいい加減な応えになってしまった感が否めない。

 そのいてふ舎というところは所謂葡萄酒酒場で宗派を問わず沢山の寺院に囲まれた谷間に立地しており南北の丘には北には芸術の、南にはアカデミズムのそれぞれ頂点とも言える学舎を頂き、魅惑的な光に彩られた静粛な店内には仏蘭西国の黄金丘陵で神の仕事と讃え称される巨匠達の葡萄酒をセラーに配し、当然その巨匠たちによる消化薬とも言われるリキュールも整えられて、そのロケーションを大いなる要因とするのであろうが客員としての飛び入りの論客にもこと欠かかず、こうした私設ゼミの開催地としては理想の条件が揃った場所には違いないのである。しかしながら憧憬すべきいつもの場所として安易に気を落ち着けて習慣的言語思考に寄りかかったままグラスを口に運んでしまえば、すぐさま永遠なる自らの拠り所として固定的、空間的観念に陥る危険性を感じないわけにはいかないが、こと欠かかない論客たちはベルクソンよろしく習慣的言語思考を痛烈に否定することによって無常なる危機的時間に引き戻してくれるのでここは毎回新たな気持ちで向かうことになるという寸法だ。

 しかしながらこちらとしてもかなり酔っていていてふ舎での話を反芻してみればいろいろと話が飛び、要点がまとめきれなかったという反省もあるので、数少ないと思われるものの読者の方に問題を共有していただきたいという想いもあり繰り返しになる部分もあるが改めてテキストを起こしてみた。このテキストを対話が途中で止まってしまって僕に対していくつかの問いかけをしてくださった木走さん、 rice_shower さん、masashi さん、荏原さん、海岸通さん、そしてご本人の青龍さんに僕のコメントだけでは伝わり難かったことも補足して述べてみたいと思う。木走日記での議論の部分を引用し、その後に一通りの解説を試みさせていただくことにしよう。

木走日記「理解できない靖国をめぐる風見鶏中曽根発言」での議論

■木走日記:「理解できない靖国をめぐる風見鶏中曽根発言」

分かりやすいように直接の議論から外れているものは省略した。全文は 木走日記「理解できない靖国をめぐる風見鶏中曽根発言」を参照。

# 青龍 『>kumarin様

 先にお断りしておきますが、私は無神論者です。これは単なる思いつきではなく、宗教と歴史について長年考えた末の私の価値観です。私はいかなる神も信じていないので、霊魂の存在も信じていません。人間は死んでしまったらそこで全ては終わり、思考が消えるだけだと考えています。従って、追悼というのはあくまで死者の問題ではなく、生者の問題だと認識しています。

 まず、私が考える追悼とは戦争の犠牲という過去の事実と向き合うことです。戦争の結果失われた命に思いをはせ、同じような犠牲が二度と生じないようにしようと誓うことです。同時に家族や親族、親しい者を失った悲しみとも向き合わなくてはいけません。

 もちろん、宗教を信じている人にとっては、過去や死と向き合う際に、キリスト教徒なら神、靖国信者であれば英霊という媒介を用いるでしょうし、それは何も悪いことではありません。神や英霊を信じた結果、過去や死とより真摯に向き合えるのであればそれはすばらしいことです。

 しかし、このような媒介はあくまでその宗教を信じる人間にしか有用ではないのです。キリスト教徒にとって英霊という概念が必ずしも必要でなく、靖国移審者にとって絶対神という概念が必要でないように、およそ神の存在を信じない無神論者にとっては、過去や死と向き合うのに神や英霊という概念は必要ないのです。

 このような概念はすべからく、信じている者の内部でしか通用しないという意味で「幻想」だというのが私の考えです。念のためにいいますが、私は決して「幻想」だから無価値だとか有害だとか下等だとか、考えているわけではありません。あくまで世界を認識する方法としてこのような「幻想」を用いるかどうかという価値観の違いにすぎません。

 私の考える宗教というのは、超自然的な概念を用いた世界認識の方法です。人間の知覚力も分析力も有限なものなので、世界のあり方を正確に認識することはできません。科学という別の認識手段が発達していなかった過去においてはこの傾向はより顕著なものですが、いくら科学技術が発達しても、人間が有限の存在である限り知覚の限界は存在し、人間の認識の及ばない混沌は存在し続けるのです。

 しかし、人間はこのような混沌に不安を覚えます。そこで人間は世界のあり方を説明する原理として宗教を用いてきたのです。この混沌に対して宗教という説明原理を用いるか、混沌は混沌として認識するかは、あくまで生き方の違いにすぎず、どちらが優れているという問題ではないのです。

 このような私の理解からすれば、靖国神社は死者と向き合う際に英霊という超自然的概念を用いている点で紛れもない宗教です。

 そして、無宗教の追悼施設の「無宗教」とは宗教を排除するという意味ではありません。追悼施設はあくまで国民が過去や死と向き合うための場であり、その場において追悼施設に集った個々の国民が自己の信ずる宗教を媒介として過去や死と向き合うのは自由であり、ただその施設が特定の媒介を提示しないだけなのです。

 もちろん、このような追悼施設に賛同できず、靖国神社だけに参拝するのも自由ですし、追悼施設と靖国神社の双方を利用するのも自由です。

 以上が私の宗教に対する認識と追悼施設に関する考えです。コメント欄という都合上かなり簡略化したものですが、kumarin様の疑問に対する解答となれば幸いです。

# kumarin 『青龍さま

 私の乱暴な礼を逸した問いかけにもかかわらず、真摯なお答え有り難う存じます。そしてこうした真摯なお答えを戴いた以上非礼を謹んでお詫びさせて頂きます。

 青龍さまの宗教観はよく分かりました。

>>追悼とは戦争の犠牲という過去の事実と向き合うことです。戦争の結果失われた命に思いをはせ、同じような犠牲が二度と生じないようにしようと誓うことです。同時に家族や親族、親しい者を失った悲しみとも向き合わなくてはいけません。

 歴史を引き受け人間の愚行を自らの問題として現在から時間軸に沿って順観し動的に認識されていることが分かりました。

>>科学という別の認識手段が発達していなかった過去においてはこの傾向はより顕著なものですが、いくら科学技術が発達しても、人間が有限の存在である限り知覚の限界は存在し、人間の認識の及ばない混沌は存在し続ける

 人間の知覚限界、認識の限界の変化を現在から現在から時間軸に沿って順観し動的に認識されていることが分かりました。

>>人間はこのような混沌に不安を覚えます。そこで人間は世界のあり方を説明する原理として宗教を用いてきたのです。この混沌に対して宗教という説明原理を用いるか、混沌は混沌として認識するか

 人間の混沌に対する不安の認識の変化について現在から時間軸に沿って順観し動的に認識されていることが分かりました。

>>私の考える宗教というのは、超自然的な概念を用いた世界認識の方法です。

 人間の混沌に対する不安の説明方法を現在から時間軸に沿って順観し過去の段階で停止して「宗教」という戦後民主主義教育で使用された名詞で括って静的に認識されていることが分かりました。我が国においては「超自然的な概念を用いた世界認識の方法」は「土着的原始宗教」として「宗教」ではあり得ない思想として既に明治政府によって定義付けられています。どうして「宗教」だけが時間が止まっているのでしょう。

 仏教を普遍的宗教と考えるならば宗教的行為をその誕生から現在まで本質的に変わることなく貫いているのは自らの歴史を引き受け、自らの無智を知り、混沌は混沌として認識して過去・現在・未来の危機的時間を自ら引き受けて他者との間柄を構築していくということです。キリスト教に於いても現代の神学はそのようであると思います。そのことを鎌倉時代の道元は「仏道を習うとは自己を習うなり、自己を習うとは自己を忘るるなり」と表現しています。

 自らを無宗教と主張するかたは既に多くの先人によって「議論され思考されてきたこと」を「宗教」というレッテルで囲いあたかも自らは古い思想に左右されていないと差別して「既に先人たちによって議論され思考されてきたこと」に対する無智を棚にあげたまま、単に議論の振り出しに戻っているように思います。「混沌は混沌として認識する」ということは宗教の入り口に過ぎません。だとすれば「多くの先人によって議論され思考されてきたこと」に既に含まれている「混沌は混沌として認識する」ことが「無宗教」な人生の選択と仰ることこそ「無宗教」な方の先人の議論すなわち時間と歴史の所産を無視してあたかも自分だけが出した結論と錯覚している「幻想」に過ぎないのではないでしょうか。

 人間が人生を考えるとき時間を非常に意識します。なぜなら時間は自らの意志に関係なく流れ無常を感じさせるし、苦しみも悲しみも時間に委ねておけばいつのまにか自らの意志に関わり合いなく解決することを経験的に知るからでしょう。おぎゃぁと生まれてから成長し社会的存在になればなれほど自らの意志が思うように通らないことを知る。その過程で大なり小なり他者との関係の構築を意識する。まさに自己も他者も時間的な動的存在と言って良いでしょう。だから選択は常に時間を引き受け時間を意識しながら行われなければならない。しかし蓄積された知識はいつのまにか自己実現という自己に都合のよい定義を持ったまま固定的な自我となって静止する。時間を止めた自我は妖怪のように自己の時間を止めて人を支配するようになる。この場合「宗教」という定義だけが「無宗教」である自我を存立させるために時間的にではなく場所限定的な空間的事象として貴兄の思考を止めているように思います。だからどうして「宗教」だけが時間が止まっているのかという問の答えは「宗教」だけは時間を止めておかないと「無宗教」という自我の存立基盤が解体されてしまうからです。

 このような時間を停止した自我の構造は例えば石原完爾などと比較すると東条英機や中曽根元首相などには非常に多く見られるものですが、あるいはレーニンやスターリンなどにも顕著です。勿論こう申し上げる私自身の中にもありまして、そうした自我を解体することにもがいているわけでございますが、何故ならこうした自我の構造こそ、いつのまにか固定的で無思考な「習慣」が時間的「思想」を覆い隠し平気で権威主義的にあるいは独善的にふんずりかえる大元になるであろうからです。以前も私のサイトで貴兄に対するコメントとして引用したことがありますが丸山真男は時間の所産への無関心をこのように警告しています。

「日本の論争の多くはこれだけの問題は解明もしくは整理され、これから先の問題が残されているというけじめがいっこうはっきりしないままに立ち消えになってゆく。そこでずっと後になって、何かのきっかけで実質的に同じテーマについて論争が始まると、前の論争の到達点から出発しないで、すべてはそのたびごとにイロハから始まる。」(丸山真男『日本の思想』、岩波新書、1961年、p. 7)

では宗教とはなにか

 引用した議論の中でははっきりと明言してはいないが対話が続けば僕が導き出そうとしたことは宗教とは理性または知性であるということである。一般的に言えば宗教とは如何に人生を引き受けていくべきか、そのために自己と他者の関係を軸として世界の認識はどうあるべきかと問われ続けてきた自己自身の問題であって仮説的に立てられた絶対他者と自己の関係を原始の時代から今日に至るまで科学や思想の発達とともに理性を超える物を排してより純化してきた人生の方法論であると言えよう。ただしカント流の理性は先天的能力も含まれるとされ理念によって悟性認識を統一する能力を含むことになってしまうからそれこそベルクソンではないが悟性認識などと持ち出されると時間が空間に置き換わってしまうような危険な臭いがするので、此処ではゴータマ・ブッダが自らの縁起観察に用いたと思われる徹底的な分別知による思考を採用して宗教とは知性であるということを強調しておきたい。逆に言えば知性であるからこそ学識で説明し得るのであって時間から逸脱した悟性認識を統一する能力としての理性では透徹した学識的態度は取り得ないことには一応注意を払っておきたい。無論キリスト教についてはカントから既に200年を経過しておりその後もニーチェなどには批判的に扱われてきたもののカントの理性を批判的に継承することによってより仏教でいう知性に近い概念で論じることも可能であればと思うがその仕事は僕などより鮎川先生や荏原さんのほうが適任であると思われる。

 そしてその宗教を支える主体的動機が信仰である。信仰とは例えばキリスト教なら絶対者神に対する信仰であり、仏教では一切智者である仏に対する信仰である。そして絶対者神のことばはカント流の理性と学識で説明がつくと思われるが、青龍氏の時間が停止した自我の拡大としての無宗教の自我はなにも仏教の知性を持ち出すまでもなくカント流の理性によってですらその存立基盤は解体され得るだろう。青龍氏が無宗教などと言わずに信仰を持たないと言われれば話の展開は大分に変わったであろうと思われるが、もし信仰を持たないというのが本意なのだと言われるならば他者に投げかけることばの吟味が十分でない、あるいは配慮が不足していると批判されることになろう。そうしたことばは宗教に向き合おうとする人間にとって極めて重要であり氏の言われるように混沌を混沌として引き受けていくのは理性的なことばなしには有り得ないからである。ではキリスト教イスラム教も仏教も人生の方法論として採用しないというのはどうだろうか。採用しないのはまったく個人の自由であるのでどれを採用しろなどいうことは端から申し上げるつもりはないが選択しない以上、議論の内容に応じては既成宗教と同等のもしくはそれ以上の理性は要求されることはあるかもしれない。が少なくとも対立概念にならないことを対立させて宗教者の失笑を買うことはないだろう。それほど神も仏も霊魂も信じないことと宗教はいまやあまり関係がないのである。

欧州の宗教論争の概観と日本の態度

 次ぎに青龍氏の宗教に対する時間停止と絡めて宗教が科学や思想の発達とともに理性を超える物を排してより純化してきた過程で最も大きな欧州の18~19世紀におけるターニングポイントとそれに対する日本の態度をざっと概観してみることにする。神や仏や霊魂が本質として宗教の存立基盤であるならばそうしたテーゼも成立するのであろうが、神も仏も霊魂も信じないから無宗教であるというテーゼはまさかマルクスその人の主張ではないことは初期マルクスの文脈的検討を試みて頂ければ教条的マルクス主義者のエピゴーネンたちの先人の論争に対する無知か、もう少し時間を遡れば他者としての外国の思想に耳を傾けることを拒絶した上で伝統的自己の拡大による傲慢さを顧みずに創造造主・神の非科学性を盾にキリスト教批判をして得意満面だった仏教学者井上圓了(1858~1919)の「真理金針(1886)」を彷彿させる。改めて強調させて頂くがここで取り上げるのは青龍氏ひとりにその問題を帰そうという意図ではない。氏のように「宗教と歴史について長年考えた末の私の価値観」を持たれ、その論拠を論理的に説明出来る方が、その宗教に対してどうして明治時代初期の、あるいは欧州で言えば18~19世紀の人々と同レベルの認識しか持ち得ないのかという問題である。

 井上のキリスト教批判は仏教の立場からということになっているものの、その実は自然科学による天動説以前のキリスト教に対する論破であるが欧州での宗教への議論はまるで踏まえられておらずその内容は青龍氏の「超自然的な概念を用いた世界認識」としてのキリスト教批判とほぼその思想的論拠を一にし、最後になって付け加えたように論じられる仏教の立場は何故か森羅万象は我がこの一心より生ずるとする唯心論である。たしかに唯心論は仏教の流れの中にあるものであるが常に時間軸に立ちながら縁起する自己と他者との動的観察によって説かれる仏教の本流たる無我説(厳密に言えば非我説であるのだがこの議論の中では一般的に言われる無我でも矛盾しない)とはもっとも遠く、あるいは対立する説なのである。「真理金針」出版の一年ほど前には後述する南条文雄も帰国してインド学の議論もされてもいようが井上が実際には発祥の地であり開祖ゴータマ・ブッダの活動の場所と時間である他者であるはずの初期インド仏教に耳を傾けずに、中国、朝鮮と渡来して自家薬籠中のものとなった唯心論を展開したことを思えば、井上の伝統的自己の拡大と青龍氏の単なる自我拡大の限界内の無宗教における共通する問題は双方とも目を覆うばかりの時間的思想の欠如なのである。実際にその後の東京帝国大学においてその講義録などによれば南条文雄、高楠順次郎(1866~1945)などといったヨーロッパに留学して近代的インド学を学んだ人たちと伝統的教団から教壇へ立った人たちとの思想的対立が続いたことを併せて記しておく。

 さて「超自然的な概念を用いた世界認識」としての宗教は、維新当時欧州の近代的な宗教事情を視察して帰国した島地黙雷の「大教院分離建白書」の提出によって、宗教は個人の内面の問題に限るとされるとともにそのような習俗的な多面性を持った宗教はもはや原始的アミニズムであって文明的でなく宗教ではないとされ明治政府もそれを受け入れることになった。その時点でまだ欧化政策途上にあった明治政府としては、島地の見聞した近代的欧州での宗教についての議論が踏まえられていたことを受け入れざるを得なかったことは論を待たないであろうし、その後の島地が浄土真宗教団の近代化に尽くしたことを見れば論拠として十分であろうと思われる。しかし島地のように他者から学ぶ姿勢とその活動は清沢満之らに大きな影響を与えたものの代が変われば結局は伝統的自己の拡大、あるいは世俗的習慣のまえに押しつぶされてしまい、その無反省がオームや創価学会などのカルト問題としてに再び蘇っている現状を見ればこの国の自分たちの歴史にたいする鈍感さも見て取れようが、裏を返せば軍国主義を自己の問題としてその歴史を引き受けて自己批判すること無しに、過去の人の諸行と非難することばかりに夢中になって肝心の自らの歴史を見落とすことになったのがその要因と言えるのかも知れない。そのアミニズムついて宗教改革以前の宗教についての考察で最も業績を上げたと思われるものが、超自然現象としての神の力によって遍照されるものが呪物として崇拝されているアフリカの未開人の土着宗教の研究と考察を通して、このような呪物崇拝が古代民族に普遍的に存在していたことを論証しようとしたシャルル・ドゥ・ブロス(1709~1777)の「呪物神の礼拝(1760)」であろう。

 というのも、そのドゥ・ブロスの研究はその後の原始宗教研究に大いに啓蒙を与えエドワード・タイラー(1832~1917)、ロバート・マレット(1866~1934)、ジェイムス・フレイザー(1854~1941)などの碩学を輩出するが、未開人は無生物から動物に至るまで生とし生けるものには霊魂があると信じていたとみなし、その霊的存在による超自然現象を時間を超えて空間的に存在する霊魂への信念を基底にして説明しようとする態度をアミニズムと名付けたのが、その碩学のうちのひとりタイラーであったのである。もとより仏教とはその開祖ゴータマ・ブッダによってその2000年以上も前に自己の理性内の縁起の観察を通して霊魂を否定し、同時に空間的な概念をも否定する時間的な思想として誕生したわけであるが、既にそのタイラーの約100年まえに理性の元で宗教を切り分けて見せたカントに再び目を向けてみよう。カントは仏教を具体的に意識していなかったにもかかわらず宗教は学識的に理性内で伝達しうると表明しているが、近代的自我の形成と文明の発達の中での宗教の位置づけを模索していた欧州は、理性としての自らの時間の宗教と、理性を飛び越えた霊魂への信念を自分自身の歴史的段階として論じ分けて定義する必要性に迫られていたことが時間の流れとして見取出来よう。カントの宗教定義における学識的宗教など今日ではなかなか引用もされなくなっているが、歴史的に宗教に関わる態度としては極めて重要であり魅力的な思想と思われるので次にカントのその一文を引く。

 宗教とは私たちの義務すべてを神の命令として認識することである。ある宗教において何かを私の義務として承認するのに、あらかじめそれが神の命令であることを私が知らなければならないなら、それは啓示された宗教である。それに反して、ある宗教において、何かを神の命令として承認しうるよりも前に、それが義務であることを私があらかじめ知っていなくてはならないなら、それは自然的宗教である。—-自然宗教だけが道徳的に必然的だと、すなわち義務だと言明する人は(信仰の事柄における)合理論者とも呼べる。その人がすべての超自然的な神の啓示の現実性を否定するならば、自然主義者と呼ばれる。ところが啓示は容認しても、それを知りそれが現実的だと想定することは、宗教には必ずしも必要でないと主張するならば、その人は純粋合理論者と呼べよう。しかし啓示への信が普遍的宗教にとって必然的だと見なすなら、その人は信仰の事柄における純粋な超自然主義者だと呼べよう。

  (中略)

 宗教をして外部への伝達ができるようにしている性質よって区分するならば、二種類の宗教がありうる。すなわち(現存在さえすれば)誰もが理性により確信できる自然的宗教か、あるいは学識を用いてのみ他人を確信させうる学識的宗教か(他人は学識のうちで学識をとおして導かれなくてはならない)、そのどちらかである。—-この区別はきわめて重要である。普遍的な人間宗教としての適・不適については、宗教の起源だけに基づいたのでは何一つ推論できないのに、普遍的に伝達できるかどうかという性質にもとづけば推論はできるし、外部への伝達ができるようになっているという性質は、いかなる人間をも拘束するはずの宗教の本質的特色をなすのである。『カント全集〈10〉たんなる理性の限界内の宗教』カント (1793) 北岡武司訳

 この引用部分のテキストに限って言えばカントの宗教に対する考察はその歴史と時間に沿っており、過去の定義にとどまることがない。それは既に宗教が「自分とは誰か」あるいは「いかに生きるべきか」という人間の自己に対する問いかけと関心によって、欧州に於ける近代的自我の形成に寄り添うように普遍的なものとして蔓延していたことを示すもので有るにせよ、自己と対峙した宗教をただ過去に止めることなく、あるいは時間軸から放り出して葬り去ってしまうもことなく、現実の時間として学識的に普遍的に伝達できる性質を見て取っているのである。なぜならカントは道徳は必然的に宗教にいたるとしたうえで「私は何を知ることができるか(純粋理性批判)」「私は何をなすべきか(実践理性批判)」の探求のち「私は何を希望しうるか」をテーマに宗教に対する希望を述べたのがこのテキストなのである。井上圓了が前述したシャルル・ドゥ・ブロスやカントのこのテキストを読んだかどうかは知らないがもし目にしていたとしたら単なる迷信としての神の存在をあれほど批判することは出来なかったかも知れない。目にしていなっかたとすればそれは時代の制約としてやむ終えないのかもしれないが、たとえこうした議論があったことを後述する当時帰国していた欧州留学組から聞き及んだやも知れぬとしても圓了の一文を見れば他者である外国のことばに耳を傾けるそぶりも感じられないから自己拡大のために敢えて無視したことも考えられなくはない。ちなみキリスト教は欧州にとって、勿論カントにとっても外国である他者の宗教であったことには留意しておかなければならないだろう。

 ところで圓了の「真理金針」の出版は我が国が明治22年の明治憲法発布と翌年の教育勅語下賜へむけて、他者としての外国の思想に耳を傾けようとする岩倉使節団の派遣に象徴された明治政府の欧化政策が大きく転換されて国粋主義の趨勢を強めていくなかでのキリスト教批判であったということには注意を払っておかなければならない。渦中の内村鑑三による不敬事件に対する新聞の非難は、傲慢な伝統的自己の拡大の傲慢さにも気づかぬままに言語習慣に則した思考の習慣的はらたきが、文化や思想の普及の法則通り高きから低きに流れ、低きにいる自覚もないままに臣民の声となって怒濤のように井上のキリスト教批判を後押しした。明治憲法施行後の教育勅語下賜による国粋主義の風潮も同じように高きから低きに流れ、井上らによって迷信として斥けられたはずの創造主の神は、万世一系の天皇に取って替わり、まるでキリスト教徒の神への想いのような臣民の明治帝への熱狂となり、高きから低きまでの頂点にいとも簡単に君臨することになるのである。それでも他者=外国のことばに耳を傾けた人々によって国粋主義のうねりの歯止めになる筈であった大正デモクラシーなど不敬としてあっさり葬り去られてしまったがその弾圧を皇国日本の崇高な哲学の為せる技であるように後押したのが高きから低きに流れた臣民の皇室への微熱であるとすれば、政治的意図はあるにせよ未だに怨み辛みが噴出する朝鮮半島や中国大陸の人々への想像力の欠如による臣民である皇軍兵士たちの無遠慮な振る舞いの根拠になった天皇の子であるが故の選民思想は臣民の間に既に広く醸成されていたと言って良い。

 話を再び明治維新期の思想史に戻すと別に井上圓了だけにすべてを帰することは出来ない。インド・ヨーロッパ語族の自覚の形成と関心から19世紀に大いに興ったインド学は大碩学を輩出しオックスフォードでのモニエル・ウイリアムズ(1819~1899)とマクス・ミュラー(1823~1900)の競い合うような論争は比較宗教学を確立し、ミュラーはカントを参照しつつ、また仏教にも大いに関心を寄せ宗教の定義付けにキリスト教的意味での創造主・神を持ち出すことをせずに『宗教とは一種の知的能力である(宗教の起源と生育に関する抗議 - 1878)』とした上でダーウィンの進化論を受け入れながら創造神を立てない仏教を科学的宗教であるとする当時の欧州の風潮を後押しした。そのミュラーに8年に渡って師事をした南条文雄がその留学を終えて帰国したときには既に仏教界も、国粋主義台頭の風潮の中で真摯にインド学に耳を傾けたとは言い難く伝統的自己の拡大を始めていたわけだから、どちらにせよ他者のことばに耳を傾けない自己拡大の傲慢さが突き進んだ道は忌むべきあの世界大戦への思想を補完していったことに注意を払っておかなければならない。

 戦後の新憲法で思想・信条の自由が保証され教育の機会均等が謳われて、宗教は晴れて自由になった。しかし欧州の近代化に至る課程の中で人権宣言などと並ぶもっとも重要な事項の一つとして近代的自我の形成に伴う宗教に対する人々の態度の変化がどれほど中等教育のなかで取り扱われたのだろう。むしろ戦犯の公職追放にともなって教育界のシェアを伸ばした「進歩的」知識人や「進歩的」教職員によって教育に宗教を持ち込むことは忌み嫌われたといってよい。ゆえに中等教育の題材としての欧州の近代的自我の形成については、その原動力ともなった宗教的問題が迷信の否定というテーゼで形だけ取り込まれ、その本質的議論や論争がすっぽり抜け落ちたのは、階級闘争という言語習慣に則した思考の習慣的はらたきしか持ち得ず、労働者階級という自我を拡大して他者のことばに耳を傾けない「進歩的」な人々が教育界を牛耳ったことも大きいと言えなくもない。

 しかしその大元は明治維新のチャンスに外国である他者から真摯に学んで自己の変革を成し遂げることを怠たり、批判されされるべき土着的アミニズムを温存したまま、万世一系の国粋主義を補完していった仏教界にあることを仏教者は自覚的に捉えその責任を引き受けていかなくてはならない。明治期の仏教者もその多勢において欧州の近代的自我の形成については、その原動力ともなった宗教的問題を自らの問題としてなんら本質的に捉えようとしなかったのではないか。明治から昭和初期にかけて西田幾多郎和辻哲郎のような思想家が欧州へのアンチテーゼとして自己拡大した論理を東洋思想として体系的に構築したとしてもそれは迷信と片づけられる領域のみを排除して、批判されされるべき土着的アミニズムの思想構造に無自覚なまま手を組んで国粋主義を補完してしまったのである。西田の場所の哲学と和辻の天皇を頂点とした間柄の哲学とを基底で支える思想は時間軸を飛び出した「場所」や空間的「間柄」なのであるが、それこそ原始的宗教に於いて人間の認識の領域を超えた自然現象、すなわちこの場合認識の領域を超えるという意味において超自然現象であるが、自己と他者の連続する時間を自己拡大とともに言語習慣に則した思考の習慣的はらたきによって時間の外へ追い出して万物の基体と見なして固定していく土着的アミニズムの賜と言うべきほかはない。その思想が天皇絶対の国粋主義軍国主義を支える宗教として、階級闘争という言語習慣に則した思考の習慣的はらたきしか持ち得えないマルクスエピゴーネンたちによって深くその本質を批判されることもなくただ忌み嫌われた結果が、教育に宗教を持ち込むことを嫌うことになったのだとしたらこの国の学識や民度の低さや教養の無さは笑うべき他はない。

教育の不在

 以上述べたようなことがらのうち、欧州における宗教への態度の変化と論争や明治維新期の仏教者の態度、そして明治からの時間的推移が日本の近代化とともに体系化される西田や和辻の思想などは仏教学や宗教学を扱う大学に限定されればより範囲を広げより厳密に講義されていることは間違いがなかろうと思われるが、ここに取り上げた程度の内容なら仏教や宗教を目指さない方もせめて教養としてくらいは知っておいて頂きたい。むろんそれが果たされていないことは一方で権利の主張ばかりして未だに他者のことばを自己の問題として真摯に耳を傾けようとしないこの国の民度の低さに求められるものの、また一方では学校教育における宗教教育の不在にもあると思われる。たとえ学者ではないにせよ、インターネットで他者を批判しようとするなら市民と雖も発言内容の周辺知識くらいは時間の変遷とともに知っておかなければならないのは発言者として当然の教養程度には思うのではあるが、こと宗教に関しては教育の欠如、もしくは正当に教育カリキュラムに取り入れられるような宗教の側の啓蒙の不足にも注意は払われるべきであろう。勿論発言する市民の側もなんでもネットに資料があるがごときの妄想と錯覚は直ちに捨て去るべきで、理解できないこと、知らないことがあれば書店や図書館に走るべきは言うまでもないが、より専門的な事柄であればいくつかの大学付属図書館に問い合わせるくらいのことはしていただきたいと思う。

 閑話休題(それはさておき)、宗教教育の重要さに話を戻せば他者のことばに耳を傾けることへの大切さはたとえ将来の専門的選択が理科系であろうと法学であろうと経営・経済学であろうとその能力を開発するには極めて重要な要素を含んでいるに違いない。かつてカール・ポパーは真の科学的態度として反証実験の重要さを説いたがそれを立花希一は「ポパーの批判的方法は、真理所有の正当化の道具ではなく、真理探究の道具であり、偽を発見し、それを排除することによって真理に接近しようとするものである。(立花希一「ポパーの批判的方法について」)」と解説している。そうした反証のテクストほど自己の論理より他者のことばにより多く見いだされるものだが、そうした態度を要請する初等教育が重要なのであってそれは宗教と言うよりもいささか道徳的ことがらから始まるのかもしない。とは言えたかだか自分一人で10数年間程度、あるいは30年でもいっこうに差し支えないが、自己流の思考を積み重ねたところで、しかもそれが少しばかりの自我に固執することで自我の正当化を試みる思考の積み重ねなど単なる自我拡大による自己の心の拡大に過ぎない。失礼ながら「宗教と歴史について長年考えた末の私の価値観」がその程度のものであることは欧州での論争をなぞってみれば明らかなことであって、だとすればそれは単に日本国憲法で保障された自分勝手に過ぎないわけで、とてもじゃないが他者に対して投げかけるようなことばではないのである。こんなところにも憲法で保障される権利ばかりを声たかだかに取り上げた戦後民主主義教育の教養のなさの所産が見え隠れするわけであるが、最低の教養とそれに取り組む態度はとりあえず道徳としてでも初等教育から行われ無ければならないことを痛感する。

 むろん道徳は上から下へ、高きから低きへドッロプダウンするものゆえ自我意識の成長・拡大とともにそのオトシマエをつけていくのが「自分とは誰か」という宗教的思考なのであるが、少なくとも民主主義の発祥と進歩を教育する過程に於いて近代的自我の形成に伴う宗教に対する人々の態度の変化は、初等教育においての道徳的教育に引き続いて中等教育においては少しばかりその内容にまで立ち入って教育されなければならないであろう。我々が外国である西洋という他者から学ぶことが出来るのが過去を過去に押しとどめることなく時間とともに歩み自然科学と近代的自我形成の調和を試み育んできた汎批判的合理主義なのである。言うまでもないが人権と民主主義の発展は人々の近代的自我の形成なしにはあり得ず、それは宗教を学識的、あるいは科学的に検討して受容していくことで発展したのである。日本の民主主義教育は人権ばかり強調されてその内なる渇望と葛藤についての他者である先人達の時間をなぞる作業が致命的に欠如しているように思われる。人類が2500年かけて形成してきた近代自我を赤ん坊は生まれてから僅か20年で追いつこうとするのである。せめてそれくらいが宗教に対する態度の基本として知れ渡っていれば「宗教というのは、超自然的な概念を用いた世界認識の方法」などという時代錯誤な、あるいは時代錯誤なというその時間的意識すら持ち得ないことによる「自我拡大の限界内の無宗教」に陥いることもないし、むしろカルト教団などの接近にも自己としての取るべき態度を保つことが出来るのではないかと思う。「単なる自我の拡大内の無宗教」の人ほどまたすっぽりカルトに取り込まれてしまったケースを僕は枚挙に暇がないほどに沢山見てしまっているから。そして他者を想像できない傲慢さこそ我々が絶えず振り返り自己批判して行かなければならない宗教的課題であるからである。

 以上青龍氏との止まってしまった議論について補足させていただいた。むろん批判は歓迎されるに違いないが反論については常にあらゆる概念について時間を意識して頂きたいと思う。このエントリも青龍氏への反論や批判というものではなく、いまだにどこかに霊魂や頼り切るのみのメシアを恥じることなく温存する日本の多くの宗教者の怠慢と、戦争への非難ばかりに気を取られて自らを省みることへの教育の不在に因って止められてしまった時間そのものである宗教を、その錆付いたゼンマイを巻いて油を差しもう一度本来の時間として動き出すようにした僕自身の時間のささやかな試みなのかも知れない。これをベルクソン流に言えば悟性とともに言語習慣に則した思考の習慣的はらたきによって時間の外へ追い出された「宗教」が一足飛びの直感に支えられて、生きた宗教そのものすら言葉とともにあっさり葬り去られてしまっていたものを(なぜなら自我や悟性が働きかけるのは時間や持続そのものではなく空間化された時間や持続の亡霊に対してであるから)、言語習慣に則した思考の習慣的はらたきの逆転(否定)を通して、再び無常で非我なる時間の中へ引き戻すささやかな試みということになる。

あとがき

 今回のこのテキストで述べた宗教と無宗教についての概説はもとより僕のオリジナルな研究成果に基づいて展開されたものではない。碩学諸家のご成果を僕の理解が及ぶ限界内において咀嚼し今一度自分なりに一度並べ替えてみて近代的合理主義が未だ宗教を超えることが出来ずにいることを踏まえ、現代に生きる我々の人生の合理性は決して宗教を否定するところにあるのではないということ述べてみたに過ぎない。下におおよその参考文献を挙げたが特に欧州の近代宗教学の推移や歴史などは袴谷憲昭教授の著作によるところが多く、明治以降近代日本については末木文美士教授の著作に負うところが多い。なかにはそのまま借用したような部分もあるかもしれないので改めてここで明言するとともにおことわりしご容赦願いたいと思う。まさしくこの現代でも言葉を掲げたり言葉を声に出して唱えることはその言葉の内容を実現するチカラを持つと信じられている。例えば朝日新聞の記者たちには記事を捏造しても言葉のチカラによってそれは本当のことにすることが出来ると信じられているようだし、近代的合理主義の最先端を行く企業の工場には「安全第一」という言葉が掲げられ、営業部門のオフィスには営業目標が言葉で掲げられている。企業の朝礼ではそうした言葉が声を出して唱えられその言葉のチカラの実現が託される。もっとも知性を売り物にすべき大学もそうだ。「セクハラを撲滅しよう」と張り紙された言葉にはうちの大学ではセクハラをいつか撲滅することができるという心のどこかにある言葉のチカラへの信頼が託されている。こうしたことはなにも日本だけに見られる現象ではない。アメリカでだって欧州でだって日常なんの疑問も持たれずに推奨されるべきこととして行われている。その論理と思想構造は自然現象になにがしかの霊魂がやどりその怒りを静めるために声高らかに唱えられる古代人の呪文の言葉と寸分のかわりもないし、豊作を願って生け贄を差し出し言葉で豊作を請う呪文を唱える古代インドのバラモンの言葉に託す論理や思想とも変わらない。だからといって誤解しないで戴きたいのは現代人が古代人程度の論理と思想構造しか持っていないと揶揄しているのではなく、むしろ古代人のアミニズムは既に現代でも通用する言葉に対する論理と思想を持っていたと考えるべきであると思う点だ。その論理と思想は古代から一貫して自我のすなわちエゴの完結のために使われて続けているのである。結局、無宗教であると胸をはる近代的合理主義に浸った人々は霊魂こそ迷信であると否定しさったものの、言葉への信仰はいまだに捨てることが出来ず、神や仏ではなくかわりにブランドや科学の可能性を信仰しているに過ぎないのだ。ゴータマ・ブッダ亡き後の仏教がやがてふたたびヒンドゥー化を辿る中で諸法実相や真如などの概念を生み出し言葉の呪縛から決別しようと試みたことは意義のあることだったと言わなければならない。やがてその思想は中国で花開くことになった禅にも受け継がれていく。

【参考文献】

時間と自由 (岩波文庫)

時間と自由 (岩波文庫)

思想と動くもの (岩波文庫)

思想と動くもの (岩波文庫)

日本の思想 (岩波新書)

日本の思想 (岩波新書)

仏教入門

仏教入門

ブッダが考えたこと―これが最初の仏教だ

ブッダが考えたこと―これが最初の仏教だ

日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)

日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)

近代日本と仏教 (近代日本の思想・再考)

近代日本と仏教 (近代日本の思想・再考)

明治思想家論 (近代日本の思想・再考)

明治思想家論 (近代日本の思想・再考)

比較宗教思想論〈1〉インド

比較宗教思想論〈1〉インド

元記事(ngp-mac.com/kumarin)へのコメント

一般法則論者一般法則論者 2006/8/12 20:36

真摯な議論に敬意を表します。


 私は無神論者た゜、と大真面目で言われる方がよくいます。

 しかし、何か特定の宗教宗派の信者では無いことはありえても、原理的には誰も無神論者ではありえません。


 もし、私たち全ての存在と私たちが生きているこの世界を創造した、創造主である神が実在しているのならば、その神は、私たちと私たちが住む世界に先立って、それ自体で存在していることに論理必然的になります。

 この場合、この神の実在は、それを、認めないとかいらないとか理解できないとか誰かが言っても、なお、その人のためにも神は実在していることに、論理必然的になります。


 では、このような意味の創造主である神は、実在しているのでしょうか・・・・・。

 このことを証明することができるのでしょうか(いわゆる神の存在証明の問題)。


 創造主である神の実在は、いわゆる悟りの体験をすることで、一義的に明確に確定的に知ることが出来ます。


 問題は、昔から行われてきて神の存在証明のように、理性的に、理屈だけで神の存在証明が出るか、ということです。

 このことに関しては、これまで全て失敗してきたと言っても良いでしょう。

 しかし、ここに新しい方法があります。

 それは、自然科学で言う物理法則や化学法則の性質を自覚的な知識にして、これを手がかりにして、創造主である神の存在証明をすることです。

 この方法によると、自動的かつ必然的に、宗教と哲学と科学・学問とをひとつにする

世界観が得られることです。

 詳しいことは、次のブログをご覧ください。

  http://blog.goo.ne.jp/i-will-get-you/

一般法則論者

kumarinkumarin 2006/8/14 8:21

ようこそ、一般法則論者さん。

 僕自身は「仏教ではない」と批判されつつも自然に、社会に、常に働く大いなる力を感じアミニズムや道教や禅、あるいはヒンドゥに共感してしまうヘタレです。


 しかし神の存在を論証しようと試みることは同時に神の非存在の可能性をも論証してしまう諸刃の剣であろうかと思います。人間を人間たらしめるものは知性であり理性であると思いますがそれを積み重ね突き詰めればそこに進化論的に言うなら動物時代から引き継ぐ欲求や情を挟み込む余地はありません。宮元啓一博士の言葉を借りればそ信仰茶や思いを突き抜ける非人情の論理が哲学であり、ならば常に反証の可能性を排除することによってのみ真理に到達しようとする科学的態度(ポパー)をもってすれば神の存在を論証したいとする情意は「自動的かつ必然的に」対立する概念となると思うのです。いやはや、ましてやどうして底に統一した世界観など得ることが出来ましょうか?


 テニス肘が痛くってたまらないので簡単すぎて失礼な文章かもしれません、がしかし、神の存在の論証、頑張ってくださいとしか申し上げようがございません。


********

では、お幸せでありますように。

わめわめ 2006/8/16 3:42

くまりんさん、おはようございます。^^

お久しぶりのわめです。


くまりんさんがテニス肘が痛くってたまらないからか、私の単にボケ突っ込み(汗)になるか、眠いので後者の可能性は低くないですが、後者の場合は私の恥を誤魔化すためにも、どうか「ボケ!」と突っ込んでください。笑


> 常に反証の可能性を排除することによってのみ真理に到達しようとする科学的態度(ポパー


この「常に反証の可能性を排除」は、「(現在まで)常に反証・反駁に耐(えてる)える」との表現のほうがいいように思うのです。

「常に反証の可能性を排除」では、「反証可能性がない」言明(仮説=わめは神様ですよ~みたいな)が理想的な「真理に到達しようとする科学的態度」となってしまいそうに感じますので。


「ボケ!」と突っ込まれている夢を見そうですが、そろそろ寝ますね。

それではまた。(。^_^。)/

kumarinkumarin 2006/8/21 6:51

わめさん、レスが大変遅れてすみません。


>>この「常に反証の可能性を排除」は、「(現在まで)常に反証・反駁に耐(えてる)える」との表現のほうがいいように思うのです。


素直に仰ることを認めます。お元気そうでなによりで。

ではまた、お幸せでありますように。