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政治的言語

「干からびたチーズ」という政治的言語

 8月は終戦月間でブログ界隈は靖国やら広島・長崎と小泉首相郵政解散と絡み合わせた議論が盛り上がっている模様。その殆どの議論が毎度の繰り返しで見るべきものも感じられないし、暑さも手伝って関わることはパスしたい。高橋哲哉の「靖国」も議論の俎上にあがっているいるようだけれどもその殆どがリベラルな人たちの高橋絶賛かナショナリストによる高橋批判だがどちらも高橋のアカデミズムの現場での一貫した主張を全く踏まえておらず自己中心的な主張に終始しているのは笑止千万、ブログでの議論の質の低さを感じてこれまた暑さとともに辟易する。高橋「靖国」については改めてエントリを起こしたいと考えているが数ある戯論を押しのけて次の二つのブログはいつものように光を放って感心することしきり。

圏外からのひとこと「干からびたチーズ」という政治的言語

何が問題か?What is on mind,now?

 

森さんは、たまたま手元にあったチーズを使って、「小泉さんは本気だよ」というメッセージを出したのです。手元にある材料をうまく使って、言うべきことを言えるのが政治家としての才能です。そういう意味では、森喜朗という人を見直しました。森さんが不機嫌だったのは演技ではないと思いますが、チーズと同様、森さんにとっては自分自身の不機嫌も政治的言語のボキャブラリーです。

   -- 中略 --

だから、あのチーズがミモレットという高級品だったというのは(ウンチクとしては面白いけど)ナンセンス。政治的言語としては、あれは「干からびたチーズ」で正解です。

圏外からのひとこと「干からびたチーズ」という政治的言語

 essaさんは政治的言語に対する鈍感さを「正確さとして自らを正当化している」と批判しています。批判されているのは加藤紘一氏のみでなく不毛な戯論を繰り返す政治に絡んだブログとそこに毎度繰り返しのように付けられるコメント群も含まれると僕は思います。以前に僕も essa さんと絡んだエントリの中で「政治は自らを正当化し存続させるためには混乱と矛盾を何食わぬ顔で呑了しその場に応じたアピールをしていく。そのアピールが効果的に人々や他国に浸透していくようにのらりくらりと情報を弄くり回しながら目標を達成していく。」と述べたことがありましたが、政治に対するスタンスとしてその政治からのメッセージである政治的言語には政治のステージに立って政治的言語をもって対峙するか、観衆となって政治の目標に掲げられる大義を構成する形而上学的構築物をことばに因って解体し、政治そのものを批判していくか、前者と後者の選択をしなければなりませんが、市民としてこの国で生きていくということはその双方の関わりに自分自身でオトシマエをつけていくしかないのです。それが選挙での投票と言うことになるのでしょうが、それでも後者の立場に立とうすれば白紙投票をするということになるのでしょうか?僕は 911 の選挙は白紙投票でいこうかと思います。

 

長崎は坂の多い町である。かつてわたしが住んだ諏訪町もそうだったが、グラバー邸や活水高女に上る坂の両脇に並ぶ家庭から、このキョウチクトウの花が咲き零れて美しく咲くと長崎の真夏である。この花が咲くのを見ると、長崎の人は「ああ、また原爆の日が来た」と感じるのだという。

 明治以来、長崎は海軍と切ってっも切れない関係を結んだ。主として三菱系の造船会社や船内インテリアを担当する企業である。「大和」の姉妹艦「武蔵」も長崎生まれである。対岸から「盗み見」されないように、大量のシュロのすだれを被せて、同艦を造ったという。しかし、対岸のグラバー邸から見れば「一目瞭然」であったろう。

 ジョン・グラバーはイギリスの武器商人として有名だが、日本政府は彼から戦費を調達した資金源でもあった。上海のバンドや香港の商業埠頭に林立するクレーンに、「ジャーディン・マセソン」という会社名が記されているをよく見かけるが、グラバーはその「ジャーディン・マセソン」のエージェントであった。

 露国に警戒心を抱いていたイギリス政府が、日露戦に戦費を出したのもこの「商社」を通じてであった。日露戦争の戦費を負担したのはアメリカであるとする説が多いが、イギリスはアメリカのように「日本国債」を買うような見え透いた手段ではなく、商社を通じて融資という形で戦費を出しのである。

何が問題か?What is on mind,now?☆キョウチクトウの赤い花

 あともう一つの田口汎さんの何が問題か?What is on mind,now?の一連の記事。引用させて頂いたのはそのなかの一つ「キョウチクトウの赤い花」の一部。このかた仏教研究者のみでなく出版の大御所でもあるが、この暑い時にもテキストに人を惹き付ける妙術をお持ちだと思う。終戦記念日だってバカみたいに反戦反戦とはやらない。ちゃんと足で稼がれた取材と歴史的事実を再構成されていてそのテキストに知性を感じさせる。サラリとしたテキストの中に様々な問題を俎上に上げて読み手を飽きさせないのは流石だと思っちゃうんだよね。