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法華経に見える哲学的凡庸さとご都合主義

恋する女性がウンコもしない解釈では面白くない

 このテキストは荏原仲信のブログ の荏原さんが『書簡からみた 日蓮』という本にふれた「 日蓮と短歌 」というエントリを投稿され「ネットでくまりんさんと出会わなければ決して読まない分野だ」と「終わりまで読み進めるのか、それとも途中で投げ出すのか分からないが」と言われつつ「法華経を噛む」というエントリで法華経へと進まれたのでそのコメント蘭で法華経ファンの研究者のテキストに触れると陥りやすい法華経の伝統的解釈に反対意見を表明したものです。

 内容は仮説というより出鱈目話かもしれません。何故ならそうであった可能性はあっても第三者によって検証可能じゃないからです。もっと資料が出てこないとなんとも確定なんて出来ない。だから検証することは永遠に不可能かも知れません。しかし従来の法華経が仏塔を中心とする独自のグループによって成立させられたという説だって検証可能じゃないんです。従来の恋する女性がうんこもオナラもしないというアプローチで法華経を解釈してもつまらない。ショペン教授を始めとする碑文や遺跡の研究や律文献の研究でおぼろげながら当時のインドの僧院生活が見えてきました。だから従来説よりは少しは優位かもしれません。だけど学問的にはどうだとは言えないけれど僕は実は自分の中では確信しているんです、法華経説一切有部教団のような伝統的仏教教団で作られたと。

荏原さんの『法華経を噛む』へのコメント

こんにちは。

 荏原さんが僕との出会いによって日蓮法華経へと関心を広げてくださったことをとても嬉しく思います。まず東洋的時間とのことですが時間に東洋も西洋もないと思います。ただ西洋は東洋よりも膨大な自我体系を作り上げてしまったが故にベルグソンのような人が人間の時間を空間から再び持続としての時間へ取り戻す為に難解なテキストを記述せざるを得なかったのだと思いますが、そのベルグソンの時間とてブッダの時間としての縁起と多くの共通点を持っています。時間はひょいとその連続性から飛び出して空間的に把握されると一瞬にして時間的不可逆を無視した因果同時の相互依存関係を認めることになり耳障りのよい万物、宇宙に自己が充満する場所的一元論の奈落の底へ転落し権威主義が花開くことになってしまう。だからこそベルクソンの「自由と時間」の果たした功績は大きいものだと言えるのでしょう。

 さて法華経ですが世に言われるように、あるいは日本の多くの仏教学者が言うように在家の大乗グループによって成立せられたという説には僕は非常に疑問を持っています。まず法華経の特徴として末法思想がありますがこの思想の基底にはブッダの教えが「正統に名実共に行われている」「形だけになっている」「忘れられてしまった」を500年ごとの時間的単位で規定しています。しかしブッダの教えが例えば法華経成立のころとされている時代には「形だけになっている」のですがこれは既に批判対象を想定したテキストになっています。批判対象がなければ「形だけになっている」という論理は成り立たずインドの文献を概観すればわかることですが批判的テキストは常に批判対象があるからです。たとえば法華経よりはやや古いと思われるナーガルジュナの『中論』も批判対象として説一切有部の五位七十五法のアビダルマ体系がありアビダルマを想定して読み進めれば実に分かりやすい論理に貫かれたテキストになっています。これを『中論』だけを絶対的主張と見なして解釈しようとすると「空が空を空ずる」などという禅者のヨタ話が如く何を言っているのか分からなくなります。話を戻せば末法思想の提唱者にはブッダの教えが「形だけになっている」ように見える対象がいたはずです。それが伝統的教団のアビダルマのことを指すならばあるていどアビダルマのことを知らなければ言えないはずであり、そうであるならば伝統教団の構成員でなければならず、末法思想に限って言えば在家の思想家からは提唱のされようがありません。

 もう一つ法華経の特徴として多く登場する俗的には在家信者が中心になって執り行ったとされる仏塔信仰の描写があります。特に大乗仏教の成立が当時の通インド的習慣によって伝統的教団の結構内にある仏塔に一切智者であるマジカルで霊能者であるヒンドゥの最高神の化身である仏がおわしますと信じられて、その仏を供養することによってその功徳が出家せずとも仏教の専門家である比丘に回向の儀式さえして貰えば金持ちの信者達にも振り向けられると信じられたからこそ、在家者に成り代わってその儀式をとりおこなう比丘がいたことも相まって成立していったと考えることは根本説一切有部律に残された在家信者のための比丘の行動規定をみても自然です。法華経で薦められる仏塔信仰は俗に言われるように在家信者が中心になって出家教団とは別に行われたという説は最近の考古学的成果によれば前述のようにその仏塔は説一切有部を含む伝統的教団の結構内に存在していたことが明らかにされ、伝統的教団の比丘が在家信者の布施によって執り行っていたことも明らかになってきています。このように法華経にはその推定される成立年代までに花開いた伝統的仏教教団、特に説一切有部の有りようが如実に示されている箇所がたくさんあります。

 勿論、説一切有部の論師と言われた哲学的学僧が仏塔内に仏がおわしますなどと考えていたわけではないでしょうが、アショカの法勅を受け入れなかった説一切有部としては三蔵に反しない限りはブッダの残されたことばから明瞭であるものとそうでないものを峻別し五位七十五法のアビダルマ体系を構築していくうえで、『アングッタラ・ニカーヤ』に残されたようなブッダの三つの討論に関することがら踏まえて議論を重ねていったことは想像するに難くないので、中には生きとし生けるもの対するブッダの慈悲溢れることばを選択し哲学的学僧の主張を難解だと感じて批判的態度をとりつつブッダの教えを在家の大衆に開放しようと考える比丘が現れるのも自然な流れではないでしょうか。むしろこうした考え方が先に述べた末法思想の成立に大きく影響を与えたと考えられるのです。そこには教団を維持するための経済的要求もあったであろうし、通インド的には議論に重きを置くよりも山林で遊行する禅師と呼ばれる苦行者のほうが尊敬されたことは宗教が神秘的であればあるほど論理的であるより尊敬される一般的な風潮と相まってそうした比丘が説一切有部の教団内にも存在したことが想定できます。そうした比丘への食事や生活必需品寝具の供給に対する規定や、在家信者からの功徳の回向儀式の要請をそうした苦行者たる比丘への取り次ぎの規定、死者供養から僧院に戻った時の仏塔への礼拝等がが今残された根本説一切有部律に見られるからです。

 苦行者を教団の一員として処遇していたということは、法華経に見られるようなデーヴァ・ダッタに対する成仏の瑕疵(提婆達多品)は法華経信仰のグループがデーヴァ・ダッタの教団の残党と交流があったことを示すものではないかという田村芳郎博士のご提起を待つまでもなく、有部がブッダよりも苦行と頭蛇行を重視したデーヴァ・ダッタの教団の残党を教団の一員として受け入れていたと考えれば自然ですがそれはまたカニシカ王の庇護以降、有部も四方僧伽・全教団という概念を受け入れ自らこそその正当な継承者、すなわち根本説一切有部であると主張したこととも関係があるのではと思います。そしてそうであるからこそ地沸の菩薩も「根本」にはブッダのことばの明瞭さを体系化した正当なる教団である説一切有部のなかから生まれてくる。よそから来た菩薩は必要ないのですと哲学的学僧よりもむしろブッダの教えを在家の大衆に開放しようと考える思想的には凡庸であるが行動力によって在家信者に影響力のある比丘が「四方サンガ・全教団の説一切有部」として主張するストーリーは現代の人間関係をふりかえってみてもあり得る話だと思うのです。

 ブッダは「信仰を捨てよ」と言い神々の存在すら認めませんでした。だから『山川草木悉有仏性(又は悉皆成仏)』などブッダの知ったことではありません。アビダルマ構築のために議論と実践を進める思考力のある学僧にはそれは当然の論理です。がそれでは知性と思考力のないひとはブッダの教えによれば一生苦を脱することも出来ず救われることもありません。まさしく仏教とは知性と分別で形而上学的構築物を脱構築して無常にも縁起する自らの危機的で孤独な時間を犀の角のようにただ一人歩む道を切り開くメシアなきメシアニズムなのです。しかし無常にも縁起する自らの時間に押しつぶされてしまうような人、すなわち哲学的素養は凡庸だけどもブッダのことばを信じブッダの再来を待ち続ける文学的な比丘もいたに違い有りません。例えばナーガルジュナのような不世出の大碩学も、また碩学で有りながらも文学的才に恵まれたアシュバゴーシャのような人も説一切有部から生まれているのですから。哲学的には凡庸で文学的才のある人、まるで石原慎太郎のようなひとですが、そういう人たちが仏塔におわしますマジカルな仏、おおくの人々があこがれるその仏を、人々の希求や熱気、あるいは自分たちすら待ちきれぬ仏の再来とブッダへの憧れをとうとうブッダの教えに対する掟破りを犯してまで法華経の上に永遠なる仏を誕生させてしまったのかも知れません。当然のように教団の哲学者達には非難されただろうし、あるいは法華経を講ずる法師たちの在家信者への訴求力に伴って教団に集まる巨額の布施はヒンドゥのバラモン達から疎まれ石を投げつけられたかも知れません。それでも法華経提唱の文学的で行動力のある法師たちは非難する人々にさえ「あなたは将来ブッダになるひとだから」と合掌礼拝を続けます(常不軽菩薩品)。

 そんな哲学的素養は凡庸だけども文学的才のある人たちが在家信者やもっと凡庸なただの出家に過ぎない平凡な比丘に語る『正しい教えの白い蓮華』の説話は彼らに喝采を以て受け入れられたことでしょう。しかし永遠のブッダを描いてしまった以上三蔵に対する掟破りには違いありません。そこで彼らは考えました。いままで言われてきた二乗作仏、すなわちアビダルマの実践で得られる有部で言う世第一法すなわち法華経でいう阿羅漢果も森林で遊行する苦行者(すなわちデーヴァ・ダッタの後継者たち)の悟りもブッダの喩え話であって、実はこの大乗の法華経が説くこの一乗の菩薩乗に止揚されてみんな仏になることが出来るのだと。法華経で語られる「シャーリープトラよ、おまえたちは私を信じ心服するがよい。というのもシャーリープトラよ、如来たちには虚言というものがないからである。シャーリープトラよ、この乗は一つであってそれが仏乗である。(方便品第二)」という重要なブッダのことばはマハービバーサの「もし仏がこの世に出現しなかったら、わたくしシャリープトラは盲(めしい)だ無知のままで生涯をおわらなければならなかったであろう」と見事に対応しています。こうして教団を分裂させる意志がないことを表明しておき、教団の行事にキチンと参加をし、大乗の菩薩である金持ちから受け取る布施としての金品を「四方僧伽・全教団」として受け取り教団の資金として提供していればいくら学僧から哲学的に批判されようとも教団の比丘として待遇されたのです。

 そしてついにはブッダのこの世への出現もニルバーナという仏陀の死も実はすべてブッダの迷える衆生たちが仏教へ目覚め救われるためにブッダに会いたいとの心を起こさせるための方便であった。ブッダは常に此処にいて永遠であるのだ(如来寿量品第十六)とクライマックスを迎えます。その文学的美しさは比類を見ません。くりかえしになりますがまさしく仏教とは知性と分別で形而上学的構築物を脱構築して無常にも縁起する自らの危機的で孤独な時間を犀の角のようにただ一人歩む道を切り開くメシアなきメシアニズムです。しかし無常にも縁起する自らの時間に押しつぶされてしまうような人、すなわち哲学的素養は凡庸だけどもブッダのことばを信じブッダの再来を待ち続ける比丘や在家信者にとって永遠のブッダは待望されていたと考えることが出来ます。今現代でもどんなに優秀であろうとコロッとメシアニズムに靡く人がいることを思えばアビダルマの実践者の中にすら永遠のブッダを受け入れてしまう比丘がいても不思議はありません。

 というわけで法華経に描かれていることは別に断章取義をせずとも当時の説一切有部教団の有りようと一致してしまうのです。しかしどんなに美しい物語でも所詮は文学、仏教を壮大に美しく飾り、人々のブッダへの思いを描いたとしても論理学が至上とされるインドでは主流になることは有りませんでした。しかし法華経に示された一乗の菩薩乗はその後ヒンドゥ的な宇宙と自己が一つになる梵我一如思想と手を組み如来蔵思想に影響を与えたに違いありませんし、永遠なる仏の思想も如来蔵思想と手を組み密教成立の礎になったであろうことは容易に想像することが出来ます。そして遠い天竺に思いを馳せる中国や日本では独立した経典として紹介されクマラジーヴァの名訳にも助けられて小乗仏教に対して優位に立つ大乗経典として信仰が大いに行われまた良く読まれもして天台宗の論拠としての地位を獲得します。しかし有部の五位七十五法は法華経より少し前にナーガルジュナによって大いに批判もされたもののその後も仏教の主流として研究され大乗の哲学者達はそれを唯識思想として体系化されインド仏教思想の本流で有り続けます。

 法華経を囓られるならどんな解説書よりも原典にあたられることをお勧めします。鎌田博士や田村芳郎博士の解説書なら仏教史の中での法華経の位置づけを知るには良いでしょうがそのオペラのような壮大さと美しさを味わうならやはり原典でしょう。いくら多くの教団が所為の経典としているから、あるいは日本の仏教の中心的存在であるからといっても正当な仏教の相続の流れの中ではいささか異流であるしヒンドゥ的通俗さを大いに取り入れて仏教の世俗化に貢献した法華経は所詮それ以下でもそれ以上でもありません。むしろ法華経への賛美と大乗教団成立説は在家主義を取る我が国の明治以降の法華系教団の自己正当化と信者達の自己満足を助長したに過ぎず最近の仏教学はその伝統的教団とは別に大乗教団が存在したことすら疑問視する傾向になって来ています。勿論この程度のスケッチのような概要テキストで法華経が在家仏教グループから成立したという議論を完全に否定し去る論拠にはなり得ないのですが、伝統教団内で成立したという仮説的推測も十分に可能であるわけで法華経と仏教の関係や距離を測るヒントにでもなれば嬉しく思います。

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- 生きとし生けるものが幸せでありますように -

付録 A・スマナサーラ長老の法華経

 買ってあったのになかなか読んでいなかった玄侑宗久氏と A.スマナサーラ長老の対談本『なぜ、悩む!―幸せになるこころのしくみ(サンガ ; ISBN: 4901679139 ; 2005/06)』があったんですがペラペラとめくってみたら長老の法華経観が出ていました。法華経作者には哲学的思考がないって長老が仰ってるんですね。なんか僕と着想が一緒なので嬉しくなりました。その部分を引用しておきます。

スマナサーラ 他のも読んでみたんですけど、論理的に崩れているところっていうのは明確なんですね。先生もご存じでしょう。例えば『法華経』がありますね。あれはインド人だったら恥じるべき作品なんですよ。暗記しているものは何でも歴史的順番も全部気にしないでぐちゃぐちゃに入れちゃって、これからすごいことを言ってやるぞって始まるでしょ。

玄侑 うん、そうですね。

スマナサーラ 結局、それだけで終わるんです。

玄侑 あれは異質ですねよね。だけど私なんか、あれは小説みたいな気分で構想されてる気がしますね。とにかくそれまで出た仏教各派の考え方が。網羅的に入ってますでしょ。お互いに矛盾するような話も入れてる。まあ読みようによっては、あれは矛盾をも包容してしまう全体性の物語とも受け取れますけどねぇ。

スマナサーラ ちょっとした頭がある人はあんな作品は書きません。このすごいことは何なのかと言って欲しいんです。それは経典を書いた本人も気づいたんですよ。作品ですから、ただ自分が暗記しているエピソード、物語を作って作って繋げたんだけど、自分には仏教的なことを表現したいという哲学的な思考はないということを、本人が発見したんです。それで思考の替わりに脅し文句を入れるんですよ、この経典を馬鹿にすると頭が七つに割れるんだと。そんなこと仏教ではもう違反ですよ、脅すことは。

『なぜ、悩む!―幸せになるこころのしくみ』p75 より

 長老にかかると文学としても美しく無いみたいですね。これは僕の想像ですけれど風景や状況を形容するセットフレーズが例えば律蔵の因縁譚などで当たり前になっていて法華経独自のものとは見なさないんでしょうね、インドやスリランカの方は。そこが律蔵が導入されなかった日本仏教との明らかな見方の相違になってるんじゃないかと思いました。本自体はとても面白い本(といっても日本の大乗仏教の信望者には腹立つかも知れませんが -- 笑 -- )で値段も手頃ですから是非お読みになってみてください。

【参考文献】

時間と自由 (岩波文庫)

時間と自由 (岩波文庫)

インド仏教変移論―なぜ仏教は多様化したのか

インド仏教変移論―なぜ仏教は多様化したのか

仏教教団史論

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