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寄生虫より人間のほうがよっぽど汚いでしょうに!

寄生虫気持ち悪いって言ってる人へブッダからのメッセージ

 最近とみに投稿頻度が落ちておりまして、それにともなってアクセスも減ってまいりました。それでも単一IPでまだまだ6~700ありますんでまだまだ多すぎる!と思っているんです、実は。いちおう仏教系サイトということで一日100~150くらいのなんとなく見てくださる方がサイレントマジョリティーの範囲には入らないようなくらいが理想なんです。にもかかわらずまもなくいちおう仏教系サイトとしてはあんまり名誉とは思えない100万アクセスが目の前に迫ってきてしまいました。ところで韓国と中国の寄生虫卵入りキムチのおはなし。たしかに両国政府のやりあいは笑ってしまうし、そういう環境は日本が植民地支配したからだなんて方向に話が進んで、中韓の要求通りに戦後賠償をしなかった日本政府が悪い!それでも靖国参拝を続ける小泉首相がわるい!というキムチや焼き肉以上に香ばしい話題を作ってしまう方々もあらわれそうな今日このごろ、なんとなく歩は中国の方にありそうな気配にもなってまいりましたが、みなさま元気に毎日を過ごしていらっしゃるでしょうか。一週間のご無沙汰でした。

 で、寄生虫卵入りキムチのおはなしに戻るんですがどうも現代の人々は寄生虫に対して嫌悪感を抱きすぎと言ったら叱られてしまうでしょうか?我がナーランダ大学(ナーランダー大学ではありません、悪しからず)では IT とメディアリテラシーをご専門にされる木走教授が寄生虫も言いモンだよと大発見をされて講義を休講されたようですが、これは寄生虫に対して嫌悪感を抱く現代人には良い警告です。もう人間なんて自分勝手に寄生虫は汚い、気持ち悪いってレッテルを貼り付けて忌み嫌っているんだからホントに勝手なものです。仏教から見たら笑っちゃいます。じぶんだって充分汚いでしょうに!充分気持ち悪いでしょうに!自分がうんこしている姿を想像してごらんなさいよ!愛だとか言っちゃって裸になってアヘアヘ交尾している姿を想像してごらんなさいよ!頭からはフケがでるし、鼻水はズルズル、目からは涙を流すし、寝てればヨダレは垂らすし、脇の下からはくっさい汗かくし、うんこもおならも、おしっこして挙げ句の果てに、その恥ずかしいところをグジュグジュぬらして興奮しちゃうんだから。そんなん自分だけ綺麗だと思っているだけで、寄生虫から見たら人間のほうが全然気持ちわりーっ!なんだから\(^O^)/

 だいたい自然破壊しながら大して必要もないものをどんどん作っちゃって、それをまた押し売りしてるんですから。それが上手くいかなくなれば互いに非難しあってあげくの果てに爆弾落として殺し合っちゃうんだから。人間以外の生物からみたらこんなに迷惑で汚くて気持ち悪い存在はないですよ。犬にしたって犬の糞に寄生虫の卵がとかなんとか言って悪者にされているけれど、そんなこと言ったって自分の飼っている犬だったら「うちの子」とか言ってぺろぺろ顔なめさせてるんだから、こんなときだけだけ犬は汚いなんて言わないでくれて思ってますよきっと。お上品なフランス料理と一緒にいただくワインだって汚いんだぞー。高級ワインは発酵槽に水着だけ身につけて入って全身で撹拌するんだから。恥ずかしところはちゃんとワインの中に浸っているんだから。一生懸命やりすぎて脇の下だってワインに浸かっちゃうんだよ。それも山男みたいな体毛モジャモジャの人がやってるんだよ。それでもロマネコンティーだジャック・セイスだって喜んで飲んでる人はいるんだよ、「神の仕事だっ!」とか絶賛しちゃって。僕はそんなのブルゴーニュで見てきたから全然平気だし、そこで今年の最高だよなんてまだ酸っぱいのを樽から少しだして貰ってありがたくいただいて来たけれど、それでも飲みますか?寄生虫の悪口言ってるひとは。

 先日のエントリで引用した初期の仏典(*1)には人間の遺骸は死んでしまえば唯の物質だから川に捨てようが山に埋めようが火葬にしようがどうでもよいけど、その遺骸にまだ生きている虫がいないかどうかちゃんと調べなさいとブッダがウパーリに諭したことが出て来るけどそういうもんでしょ!地球の生態系は。この世の真理がわからないひとのためにもう一度掲載。

 あるとき世尊はシューラヴァスティーのジェータ林にあるアナータピンダダの園林に滞在していらっしゃった。シューラヴァスティーにはある長者の居士が居たが彼は同種の家系の妻を娶ると昼夜に渡って楽しみやがて男の子が生まれた。彼は逞しく成長すると家系に相応しい名前を付けられたが、正しく説かれた法と律のもとに出家したが、やがて四大が不調になり病気になってしまった。彼は根と茎と花と実で造られた薬で看護されたがまもなく死んでしまった。同僚の比丘たちはどうしてよいかわからず、遺体と衣、鉢を道端に捨ててしまった。やがて向こうからバラモンと居士たちがやってきてそれが出家したかの長者の息子であることに気づいた。


「みなさん、シャキャムニの弟子の比丘が死んでいるぞ。シャキャムニのもとで出家などしなかったら親族たちによって手厚く葬られてこんな目に遭わずにすんだろうに!」


 市民たちは非情な取りあつかいに腹を立て、教団を非難した。比丘たちがそのことを世尊に報告すると世尊は比丘たちに向かいこのように言われた。「比丘たちよ、それならば許可するので死んだ比丘の供養をなすがよい。」


 しかし比丘たちはどのように供養してよいか分からなかったので世尊は「火葬にしなさい。」とお告げになられた。すると同志ウパーリが世尊に(死体に生き残った虫の心配をして)申し上げた。


「尊い方よ、世尊はこの身体には八万四千匹の虫の類がいると仰られた。それらの虫はどうなるのでしょうか。」

「ウパーリよ、人が生まれるや否やそれらも生まれ、死んだときにはそれらも死んでしまうけれども、(念のために)傷口のところで(生存している虫がいないか)調べてから火葬になさい。」


 そして世尊は「火葬のさいに柴が得られなければ、河の中に棄てなさい。もし河がなければ、地中に生めなさい。その際には地中の生き物を殺してしまわないように充分に注意を払いなさい。遺骸を供養するさいには、読経の得意な比丘に『三啓無常経』を読諦させるべきである。あわせてgaathaa(偈頌)をを唱えて、故人のために呪願させるべきである。葬儀が終了すれば、……僧院に戻れ。」と仰り、けっきょく森の奥まった場所に埋めることになってそのようにして比丘たちが僧院に去るとバラモンと居士たちは「シャキャムニの弟子の沙門たちは死体を運んで沐浴もせずに行ってしまった。お清めがないぞ。」と非難したので比丘たちはそのことを世尊に申し上げた。


「そのように去るべきではなく沐浴をするべきである。遺体に触れた者は身体と衣類を洗わねばならない。触れなければ、手足を洗うだけでよい。僧院に戻ったならば、チャイティアに礼拝するべきである。」と告げられた。

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- 生きとし生けるものが幸せでありますように -

*1: Gregory Chopen, "On Avoiding Ghosts and Social Censure: Monastic Funerrals in the M?la Sarv?stiv?da - vinaya", Bones, Stones, and Buddhist Monks: Collected Papers on the Archeology, Epigraphy, and Texts of Monastic Buddhism in India, University of Hawai'i Press, Honolulu, 1997