KumarinX Kaneko Ryogen Jean Michel Kaneko Photography MacOSX
読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

韓国料理に見る天皇家の譜系

仏教 歴史散策

元気回復のために韓国料理を食べに行く

f:id:lovelovebear:20080106145729g:image風邪が長引いてどうも食欲もわかないので前から気になっていた青鶴洞(Cheonghak-dong)という店に韓国料理を食べに行ってきました。ajita さまに「病いの苦しみを観察することで、ますます智慧が開発されますように。」と励ましのお言葉を頂戴したけれども、この言葉は実に良く理に適っていて、普段健康の時は食欲という根本的生存欲など意識されることも見ることもないが、残念ながら智慧ではなく風邪に因ってではあるけれども nirodha (制御) された食欲をはっきりと認識することが出来るのですね。その生成の過程をしっかり刻み込んでおき、次は日々意志で nirodha (制御) 出来るようになれば是は智慧の醸成ということになります。ブッダ論理学は、ご飯にも勝てるかも知れませんよ、マニカナエムさま。ajita さまの思わぬ智慧の後押しに合掌しながら行ってきました青鶴洞。

f:id:lovelovebear:20080106145834g:image写真は左から入り口の看板。そして削りだした金属容器に並べられた付け出し (Amuse - gueule) 。この食器は庶民の李王朝へのあこがれを示すものでしょうか?そもそも青鶴洞とは慶尚南道ハドン郡に実在する集落で20世帯が人里を離れて移り住み、李王朝時代の風俗をそのまま維持して生活しているそうです。彼らは白い韓服に長い髪を結い上げ、日々儒教の経典を読む生活を送りなが彼らの理想とする世の中になると信じ、約束の未来を待ち続けているのだそうです。そのまま右へキムチ餃子、海鮮味噌チゲ、海鮮ネギチヂミ。どれもそれなりに辛く食欲をそそるお料理ですが、日本的な焼き肉屋さんとの違いはどの料理も持つ旨味と酸味。これらが辛みと朝鮮土着の三位一体になって人空地の三気一体を融通無碍を媒介とした事事無碍法界の現前とでも言うんでしょうか。マッコリと一緒に堪能しました。

f:id:lovelovebear:20080111143324j:image:w120 f:id:lovelovebear:20080111143323j:image:w120 f:id:lovelovebear:20080111143322j:image:w120 f:id:lovelovebear:20080111143321j:image:w120 f:id:lovelovebear:20080111143314j:image:w120



ハングル語の大蔵経

f:id:lovelovebear:20080106145724g:image最後の2枚はこのお店の壁紙です。お店の人に聞いたところ韓国の古くから伝わる儒教の教科書と教えていただきましたが、よく見ると大乗仏典の様です。肝心な言葉は漢字で表されその右下に小さなハングル文字でふりがなが振ってあります。涅槃、菩薩、妙法蓮華経などの文字が目立ちます。青鶴洞は現在、各地に広がる「儒教式しつけ塾」の代表的な地域として名をはせているそうですが、その儒教新羅の元暁大師が説いた華厳の事事無碍法界を基礎に仏教、老荘儒教を一心に帰する「和諍」の思想なのでしょう。そもそも青鶴洞の人たちが約束の未来を待ち続けているというのは朝鮮仏教が弥勒を中心にした下世の信仰であったことを彷彿とさせるのですが、これらの思想はそのまま大和朝廷が自らを支えていく根本思想でもありましたから青鶴洞の人たちこそ日本の天皇家そのものの譜系なのかも知れません。韓国もつまらない言いがかりはやめて日本の天皇家の源流こそ朝鮮半島にあると国際的にどんどん宣伝すればいいのになぁ。阿部も小泉も反論出来ないでしょうに(笑)。

f:id:lovelovebear:20080111143404j:image:w300 f:id:lovelovebear:20080111143403j:image:w300

関連するテーマを扱ったエントリ



元記事(ngp-mac.com/kumarin)へのコメント

鮎川龍人鮎川龍人 2006/1/14 18:29

マッコリとキムチの乳酸菌&唐辛子のカプサイシン&ニンニクのアリシンパワーで復活!ですね。

私もチゲ鍋は大好きです。

身体中から、悪いものが出て行くみたいですね。

次の日、身体が軽く感じます。

ビタミン、ミネラルも豊富ですし。


関連エントリも読み返したり、とても楽しいです。

天皇家との関連性も、概ね同感です。

恐らく、縄文文化が徐々に衰退したのは、いわゆる弥生文化成立時に、半島や中国東部から、大量の移民が文化や技術と共に流入して、文化変容・文化交代があったためだろうと思っています。

石剣を始めとする縄文後晩期の金属器を模倣した石器の存在は、この文化変容段階のなごりでしょう。

当然、弥生時代初頭以後の西日本における人口爆発が、これら渡来系氏族の流入によるものであることは論を待たないでしょう。

また大和国家の成立に際しては九州王朝(かなり半島・大陸的)と半島、大陸の混成集団が近畿地方に流れていったと思われます。

近畿における銅鐸文化の急激な衰退は、その結果だと思います。

惜しむらくは半島における文献資料の少なさですが、扶余と呼ばれる集団は大和国家の成立に相当の影響を与えただろうと推測され、もちろん天皇家の成立にも一役かっているでしょう。

古墳から発見される遺物もそれを証明しています。

そして大和言葉の成立に関しても、かなりのレベルで、これら帰化系の集団が関与していると思われます。

これらの文化受容のあり方は、おそらくユーラシアの西の端、イギリスで起こったことと良く似ているのではないでしょうか?

これも推測ではありますが、キリスト者にして靖国公式参拝者だった大平さんが「歴史のことは後世が判断するでしょう」と言ったのは、誠に賢明というべきで、当時流行していた騎馬民族説などからの感想だったのかも知れませんね。

もちろん小泉・安倍・麻生をはじめ、諸氏も反論はできないでしょう。

そうそう、くまりん様のご専門ですが、漢訳大蔵経の研究には、半島の資料がかかせませんね。


ではまた、お元気で。

kumarinkumarin 2006/1/16 11:00

鮎川さま。

 コメント有り難うございます。おかげさまで大分社会復帰しつつあります


>>漢訳大蔵経の研究には、半島の資料がかかせませんね。

 鎌倉新仏教が興ったとき、それは天台の密教化や本覚思想による堕落への反省という観点から興ったものですが、それはあくまで庶民・民衆を構想した仏教の易行化による新勢力の拡大が意図されて興ったものと言えるでしょう。しかし唯一武士勢力の勃興とともに、それまでの朝廷文化への憧れとして花開いた仏教がありました。いうまでもなくそれは臨済禅ですが一時は国教とも見なしうるまでに勢力を国家権力機構の中へ築きました。いままで多くの研究者はこれを中国の知識人のニーズに応えた臨済禅の日本移入と捉えてきましたが、わたしはそれだけに留まるものではないと考えています。


 ポイントは「武士勢力の朝廷文化への憧れ」というところにありますが、臨済禅は武士のみでなく花園上皇をはじめとして朝廷内にも支持者、庇護者を確実に組織しています。そして決して易行とは言えず、学識と教養が修行体系に要請される臨済禅の成仏思想、すなわち頓悟による安心を、公案という頓悟を補佐する「ことば」の解体の積み重ねすなわち平行する漸悟体系の後押しによる頓悟の機の成熟によって、因果に眩まされずに実現しながら日々殺生に明け暮れる武士の贖罪も同時に実現してしまう形而上学は、明らかに朝廷に深く根付いた朝鮮華厳の事事無碍法界を基礎に仏教、老荘儒教を一心に帰する三気一体「和諍」の思想の上に展開されたことに注意を払っておかなければなりません。臨済禅の朝廷と武士への浸透を考えるとき半島からの帰化人による朝鮮仏教の移入と定着が臨済禅が花開く前提になっていることを見落としてはなりません。これは朝廷と貴族に独占されていた学識と教養が次世代の支配階級たる武士へ解放される契機が中華思想ではなく朝鮮半島の思想であったことを意味します。やがて武士階級と利害をともにする商人や芸術家へもその学識と教養は解放されていきます。


 それが花開くのは徳川時代を待たねばなりませんが、その学識と教養の本家の臨済禅は葬式仏教の一つとして、あるいは行政機関として幕府に組織されてしまいますが、派生した文化、芸術、あるいは武士道などはより日本化されて洗練されてまいります。とは言え常に背後に「三位一体」が見え隠れする大和魂と後代称される我が国の武人の思想的根拠の基体は朝鮮半島にあるのです。茶道も華道も、あるいは心は通身のどこにでも自由に顕れるとした宮本武蔵の『五輪の書』もその源流は本家中国華厳宗へすら影響を与えた新羅の元暁大師にあるといっても過言ではないでしょう。


>>小泉・安倍・麻生をはじめ、諸氏も反論はできないでしょう。

 しかしこんなことを韓国は国際宣伝には使えませんね。日本の朝鮮併合を侵略だと批判する根拠が無くなってしまいます。半島人が縄文人を支配したのちに半島に帰ってきたわけだから。そしてその朝廷・天皇家はいかなる日本の政権よりも国際的に尊敬されている。わたしはこのように国粋主義者やデモクラートがいやがることを言うのがホントに大好きです(笑)


では。

お幸せでありますように。

マニカナ・エムマニカナ・エム 2006/1/17 22:22

くまりんさま

韓国料理でご快復されたご様子、お喜び申し上げます。


>ブッダ論理学は、ご飯にも勝てるかも知れませんよ、

マニカナエムさま。


じっと見つめて熟慮いたしましたが、この一文、どう読んでも、

「食べてばかりいないでさっさと研究してくださいっ!」

という意味にしかとれないような気がします …


やっぱり、そういう意味ですね(笑)。

はい!勉強させていただきます。


ところで、お料理とともにハングル語の大蔵経も興味深く

拝見しました。

青鶴洞のことはじめて知りました。おもしろいですね。

やすゆきやすゆき 2006/1/18 18:18

天皇家の源流が韓半島ってのはどうなんでしょうか。

人類のアフリカ単一起源説が非常に有力なことを考えると、源流はアフリカで半島は通り道のような。

歴史的に考えると、天智天皇以前はおおきみであって天皇は近江朝で生まれたと考えるのが常識的です。

韓半島が源流と考えるのは、そこ(時代も含めて)からの万世一系を間接的に支持しているようで王朝交代説と対立してしまいます。な説ではありませんが

kumarinkumarin 2006/1/18 23:52

マニカナ・エム さま。

 コメント有り難うございます。


>>「食べてばかりいないでさっさと研究してくださいっ!」

という意味にしかとれないような気がします …


 まいったなぁ (^^;。せかすつもりは毛頭ございません。僕もまったくのマイペースですからどうかお気になさらずに m(__)m


>>ハングル語の大蔵経


 日本への仏教伝来は所謂三国ではなく中国と日本の間に朝鮮が入らないのはおかしいと思います。「日本書記」で大和朝廷の日本列島紀元を主張した朝廷はそれ以降意識的に朝鮮半島を無視し、否定した結果が朝鮮というタブーを仏教者に自然に根付かせ、凝然の「三国仏法伝通縁起」になったのかと思います。しかし大和朝廷を支えた日本三論宗の形成に積極的に関与したのは元暁の新羅華厳宗の思想を引く高句麗僧・慧慈、慧灌らに負うところは大きいし、十七条憲法の和の思想はまさしく元暁の三気一体の和諍思想です。


 ところで ajita さん絶賛の「ブッダは輪廻を説かなかったか 仏教と輪廻」の後編、『春秋』2006年1月号を入手しそびれたので、お忙しいとは存じますが是非お早めにマニカナホームページのエッセイコーナーにアップしていただけると嬉しく思います。最近は漸くブッダの説いた自己は無我説ではなく非我説であったという生活感覚を拝中律を守って議論を積み重ねるブッダの意図の背後には世界外存在であり時間軸の先頭に立つ認識主体としての暗黙の了解の自己が正当に論じられるようになって非常にまともなことなのですが素晴らしいことです。輪廻否定の無我説を主張する観念的学者とはまだまだ闘って行かなければなりませんが(笑)。それにしてもそういう学者の影響の元、ブッダは輪廻を否定し、無我説を主張、その縁起とは相互依存の関係性であったなどと阿含経典を読みもしないような輩が、中村博士がスッタニパータを「ブッダのことば」と題したのはトンでも説だなどとネットで発言をしているのは笑止千万です。「批判仏教」も基本を知らない人々へは有害ですらありますよ、ホントに。

 それはともかく非我説を前提にしますとヴァスバンドゥが、無我である故に主張された典拠主義である説一切有部の三世実有を否定して、推論主義の教量部に準じて現在の法だけを肯定しながら実は明らかに暗黙の自己を想定した唯識説へと進んでいったのは無我説に対する暗黙の批判であって、ブッダの非我説への回帰であったのではないかと思ったりもします。


では。

お幸せでありますように。


やすゆきさま。

 わたしも鮎川先生も支配者とその支配思想として高きから低きに流れて習慣化していく思想や文化について、考古学的にあるいは文献学的に大和朝廷朝鮮源流説を対話しながら楽しんでいるのであって、なんにも血脈相続については語っておりません。批判は歓迎されるに違いありませんがエントリ最後に掲示した関連エントリも含めてテクストをちゃんとお読みいただき、文脈に沿ったご批判を頂ければ嬉しく思います。主張していないことをあたかも主張したかのように書かれてもお応えのしようがありません。あしからず。


では。

お幸せでありますように。

マニカナ・エムマニカナ・エム 2006/2/1 10:51

くまりんさま

たいへん遅くなりましたが、「仏教と輪廻(下) ブッダは輪廻を説かなかったか」をアップしましたので、ご覧くださいませ。

「縁起」も「輪廻」も、本当にむずかしい!

どうやったら、わかりやすくなるんだろうと、七転八倒しましたが、七転八倒しただけでした(涙)。

kumarinkumarin 2006/2/4 5:54

マニカナ・エムさま

 お知らせ下さり有り難うございました。3回拝読しました。やはり輪廻を語るのには大縁経でしょうか。今回はそこに更に『サンユッタ・ニカーヤ』・「アチェーラ」を引用されて常住論と断滅論を斥けたところがポイントですね。


 木村泰賢博士は茶啼(Sati)比丘が輪廻の主体を意識であると主張して、ブッダに咎責せられたことをもって大縁経が説く托胎を以て母体に入る識は『無意識的意志、すなわち、生命の異名に外ならぬもので、意識そのものを指すのでは決してない』と輪廻の主体として「識」の異名としての空間的規定を受けない種としての『生命』を想定されており、わたしには今までこれが一番しっくり来ていた(明治期に流行した四次元空間云々は別として)のですが、ブッダの中道を以てすれば「識」は主語として立てるべきではなく世代から世代へ伝達される述語としてのみ語られうるものと解釈するべきでしょうか?

 ここで既に研究者はヴィヴァクシャー、ラクシャナーを峻別しながらブッダの意図を探る作業に直面してしまうわけですが文脈、語根からの判断に偏らず「閉じた論理学」としてのブッダの哲学思想を据えた上での、生活感覚で語られたブッダのことばをヒンドゥ的であると排除せずに解釈されているセンスの良さに脱帽です。ここでマニカナ・エムさまに賛意を表するばかりでなく暗に恩師を批判しているわたしがいる(笑)。


 先生の輪廻説と相まって、宮元先生がたしかヤージュニャヴァルキヤの自己について「わたしが牛に生まれ変わったとしてさぁ僕は草を食べようと思ったときの『僕』は自己であり自己は常住である」と、『意志本位説の立場からすれば、記憶のごときは、人格の同一に対して第二、第三の価値を占めるに過ぎない』と木村博士がショーペンハウエルを引いて『仏陀にしたがえば、生命の本質は知識ではなく、意志であるから、知識に伴う記憶が更生と共に滅すべきものである』と主張されたのと同様の視点から、述べておられたと思うのですが、そうした視点から見るとき後代単純化されてしまった感がぬぐえない仏教=正 vs バラモン教=邪という論争のポイントがとても気になります。


 示唆に富んだテキストどうもありがとうございました。


********

では、お幸せでありますように

マニカナ・エムマニカナ・エム 2006/2/4 10:49

くまりんさま

三度も!ありがとうございます。

自分自身としては、ブッダの輪廻転生と縁起の説明は、了解できたように思いました。それを、何とかわかりやすくみなさまにお話しするのが、これが至難のワザで、まだまだ「未熟ものぉ~」でございます。


>「識」は主語として立てるべきではなく世代から世代へ伝達される述語としてのみ語られうるものと解釈するべきでしょうか?


「識」は、生じ滅する要素ですので、主語として、「識があるとき名色ある」とか「識は、将来再生が起こるための縁(paccaya)である」とか、たてて頂いて大丈夫です。

遺伝子生物学で説明する、生殖と遺伝の話がわかればブッダの輪廻もごく自然とわかると、自分で思いました。因果関係の論理形式には違いはあるけれど、その点を無視すれば、DNAの代わりに「意識(識)」と置くだけで、すべて説明できます。DNAも永遠の存在ではなく、デオキシリボ核酸という物質です。それに遺伝情報がのっているのです。伝えられるのは、遺伝情報であり、物質としてのDNAは塩基配列を伝えたあとは、どっかにいっちゃう(いい加減でごめんなさい)。現代科学は、物質にしか興味がないので、こういう身体の遺伝を扱いますが、仏教は、心の遺伝を扱うと思えば、とても良くわかるかと思います。


「意識」は、心の遺伝情報(?)を伝えたあと、どっか行っちゃうか滅しちゃう。でも、大丈夫。DNAにより身体が、意識により心が、育ってくるのです。

なんだか、勝手に現代科学も仏教に組み込んじゃいました。もっといい加減ですみません。


この説明のどこにも「誰が生まれた」とか「意識するのは誰?」とか、出てきません。因果関係を語るときそのような形式では説明できないのです。つまり、それについては「考えない」ということで、むりやり考えてしまうと、理論が破壊されてしまいます。


それで、ブッダは「自己(アッタン)」については不答と答えたと思います。「意思本位説」も「因果関係(縁起)説」とは、まったく別の文脈で語るならそれはそれで意味があるとは思いますが(どうしてもわたしたちは「わたしは…」と考えてしまうから)、縁起説の中で語ろうとすると、ねじれてしまうように思います。現代科学の「中で」、「脳が考える」と説くのがナンセンスなのと同じでように思います。


こんなに長くコメント書いてすみませんでした。