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東大が講義ビデオを iTunes Music Store を通じて無料で配信

一般向けの公開講座などを追加していく予定だとさ

 スタンフォード大学Apple と提携して、大学での全講義・講演などのファイルをiTunesで配信するというニュースがあったけれど東京大学小柴昌俊・特別栄誉教授や佐藤勝彦大学院教授らの講義の録画映像を iTunes Music Store を通じて無料で配信するサービスをスタートしたそうだ。アカデミズムは何時の世も時の権力のニーズに応じて発達してきた。すなわち国家にとって優先性のない分野には予算が投入されない。それを補うべくスタートしたはずの私学も産学協同という名目のもと結局は学校経営が順当に回転しなければ存続すら危うい。それが国立大学の独立行政法人化に伴って東大を始めとする国立大学も私学と共通する問題に直面してしまったわけだ。

 経営学の専門教授が学校経営に関与したくらいで経営が順調になるくらいなら消費される知性などと揶揄されることも無くなるんでしょうが現実はそんなに学者や学問の味方をしてくれるわけではなく、資本の論理と人情的な正義感の調和の賜であるアメリカ型民主主義が世界をリードして我が国のトップがそれに追随しているかぎり特定のクラスやグループの利益に結びつくことがない真の意味での教養への教育は放置されざるを得ない。だからこそ國學院大學宮元啓一教授が警笛を鳴らすように『知性を涵養するものは教養である。教養は、特定の利益に結びつくことがないものであるから、人格を全体的に知的に磨き上げるのに資する。ところが、大学で教鞭を執っている人ならばよくわかるであろうが、欧米につづいて、今やわが国でも、大学における教養教育は崩壊の危機に瀕している』のである。はたして東京大学の今回の決断はこうした教養教育が瀕している危機の突破口になるのだろうか?

 少なくとも東大がスタートしたことは産業界や国家のニーズを満たしていくための人材養成機関として消費される知を生産し続ける大学と、誰にでも開放される消費される知ではない選択される教養としての知の生産という二足の草鞋を大学が積極的に歩み出したことを意味している。ネットを筆頭にする IT インフラに支えられながらとは言え大学を取り巻く危機意識がこうした新しいチャレンジを生み出す。葬式や駐車場で末寺が稼いだ上納金が○○宗助成金などと名前を変えたってその恩恵で自らを取り巻く危機意識も欠如して、そのくせに葬式仏教の批判をしながら仏教の危機を叫び続けるような学者がタムロするような仏教系大学には是非見習って貰いたいと思う。布施を強調したのは大乗仏教だ、ブッダの教えでは無いなどとどんなに吠えたって君たちの研究や生活は葬式をだす信者の布施で成り立っているのだ、あっ、はっは。えっ?何か?