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己の立場を弁まえぬ、馬鹿で思い上がった僕

己の立場を弁まえぬ、馬鹿で思い上がった僕

 幻想は深き混沌の海に>落想記録さんというかたに「単なる自我拡大の限界内の無宗教」が己の立場を弁えぬ、「馬鹿で思い上がった人」と言われてしまった。しかし落想記録さんはなかなか良い点を突いていると思う。何故ならこのテキストは宗教は超自然現象を解決するものだというある種の「思い上がった」主張に向けて書かれた、「思い上がりに」に対して皮肉をこめたテキストあるからだ。そんなわけで僕はともかく「己の立場を弁まえぬ、馬鹿で思い上がった」と形容するのはこのかたが議論の基底に置こうとされているかに見える「論理」にいかにも反しているように思う。

  1. 宗教学と近代
  2. 島薗進・宗教学とその周辺
  3. 現代日本の宗教事情に思うこと
  4. 合理主義の台頭とキリスト教
  5. 情報考学 Passion For The Future: Comment
  6. 単なる自我拡大の限界内の無宗教

また、

  1. 東洋と西洋

矢張り己の立場を弁えぬ、「馬鹿で思い上った人」が多々いる様である。興味を持った。

落想記録—平成十八年七月

 そんなわけでこの人のテキストをいくつか読んでみたけどご自分で仰る割には論理性は認められなかった。この方が言われる「『A=B』『B=C』よって『A=C』」と云うものであるが、これでは何故『A=B』であるのか解らない。」のは当たり前のことであると思われる。何故なら論理は真偽の領域を問題にしているのであって「何故」を問題にしているのではない。論理の扱う領域を勘違いされているんじゃないだろうか?というわけで議論のための議論は一切するつもりはないが僕はこのかたとは逆にこの方にまったく興味がわかなかった(笑)別にこの方に「近寄りたくない」とは思わないが近寄る必要性も感じないので頑張ってください!と声援でも送っておこうと思う。