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秋晴れ、気持ちいいねっ!

掌に掬う水に揺れる青山の月

 この写真の風景は見る人がみればどこだか直ぐ分かってしまうから正直に書くけど僕はいろんなところから報酬をいただくので一応法人としての仕事ということにして12月が決算なので毎年この時期は国税局に相談に行く。今日は秋晴れの中とても気持ちが良かった(税金の話は別として)。別に嫌なところへ行くときでも余り好きでないひとと会わなきゃならないときでも、その時だけきちんと受け止めて自分の拘る気分なんかポイッとその場で捨ててしまえばよいと思えるたちなので(とさらっと仏教者らしきことを言ってみる)行き帰りの道が気持ちよければそれは目的とは何の関係もなく気持ちがよいのだ。

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  1. 空とススキと。ススキだって天に向かって一直線。
  2. 温かい日が続くせいかススキの葉が瑞々しい 。
  3. 今年はまだ紅葉が始まったばかり 。
  4. 未だ色づき切っていない小枝が天に向かって伸びる 。

 今日(ほんとは8日の水曜日でした)はとりわけ気持ちが良かったよ。年に数回見慣れた風景なのにことさら新鮮に感じた。こころのどこかで山花草木悉有仏性という考え方に憧れているんだと思う。足下に広がる石畳、ほんとはインターロッキングなんだけどそう言う言い回しは浪漫がないからここは敢えて石畳と呼んでおくけど、この石畳も様々なひとの思いがこもった足音をしっかり受け止めて来たんだろうと思ってしまう。大切な人を失って重い足取りの足音から嬉しくって仕方が無くって軽い足取りの足音も、仕事に急ぐ足音も、自信に満ちたしっかり踏みしめるような足音もみーんな飲み込んできたんだね、石畳くん。どんなに濁った川の水も大海はあっという間に清浄にしてしまうように本来本法性、天然自性心(ほんらいほんぽっしょう、てんねんじしょうしん)。

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  1. ある大学前のオブジェ。これも間の取り方は空か(笑)
  2. こういう空を見て秋だなぁと思う。
  3. 無数の人々の足音を知っている石畳 。
  4. ぽつんと庭先の黄色。こころなき身で見れば黄色のすごい迫力、写真じゃ伝わらないが(^^;。

 だけどそれじゃあまりに自己否定が伴わない本覚思想に転落してしまう。悉く仏性があるのではなく、悉有が仏性なのだとはそうした本覚思想に安直に同意していくことに対する道元さんの警戒心だったのだろうけれど、何にもとらわれることなく、自らの生き方そのままに天に向かってすぅっと伸びるススキや紅葉をみるとああ、やっぱり素敵だなぁと思う自分がいる。こういう感傷的な自然との関係をインド人は見なかったのだと思う今日この頃。僕らは自らを自然世界に投影しようとするけどインドの人は経験的事実だけを論理的に俎上にあげようとしたんだとインド学者は言う。だけどホントにそうか?僕らが美しい秋晴れを見て愛しい人も同じ空の下にいるのだと考えるように、この自然の中に尊きお方、真理に目覚めた人、我らの師、沙門ゴータマが呼吸をしているとブッダから譲り受けたなにがしかのものを大切にしながら生きたブッダと同時代の人もいたと下田正弘博士は言う。

 道元さんの悉有が仏性なのだという転読はその原型を天台大師に求めることが出来るけれど、自らの想いを自然に投影して、そこに自性として存在することが出来ない縁あって仮の集合としての存在、すなわち唯名論にたってあらゆる存在を空と観察することが出来ればススキを見て己と識り紅葉を見て己と識る。道元さんにとっては転読とは倫理無き危うさに対する批判でもあったということも出来るのかな。天台大師の三転読による一念三千はこの秋の日のススキにも紅葉にも見事に生き生きと具現されているではないの。まさしく本覚思想は自己否定という仏教的倫理と手を結ぶことによってのみ人々の心の清浄と成仏への強い憧れを大きく支えて遠く天竺から震旦、朝鮮、日本と膨れながらやってきたんだなぁと秋の空を見ながら思う。そしてその気持ちの良い秋の一日も、次の場に移ればポイッと捨ててしまおう。えぇ、気にしない、気にしない(笑)。

聞くままに また心なき身にしあれば 己なりけり軒の玉水 --- 道元禅師