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生きとし生けるものが幸せでありますよ~に

Blog 仏教

他人にしてあげることではなく自戒を込めた出発点たれ

 旧「くまりんが見てた part II」の記事を MySql サーバーから引き出してこちらのはてなに保存している作業をしていてハタとミスに気がついた。はてなには自動トラックバックという機能がついているので今回のような古い記事を移動するような作業をするときはそれをオフにしておかないと前のサーバーで言及した URI に再びトラックバックしてしまうのだ。木走日記さんの昔のエントリに随分とトラックバックを送ってしまったみたいで誠に申し訳なく思っている。すいませんこの場でお詫びします<m(__)m>。その 木走日記 さんからトラバを見てこちらの足跡を残してくださる方がいらっしゃるが、そのエントリを逆にたどって拝見すると当時の僕は随分積極的に長文のコメントを残しているのに我ながら驚く(^^;。それから考えると今はまったくの日和見主義だが、僕のコメントの中に僕自身がコメントやエントリの結びに使う「生きとし生けるものが幸せでありますよ~に」という言葉を解説しているものがあった。仏教を人様に伝える、あるいは自分自身が少しでも仏教的生活態度を維持するというようなことをつらつら対話形式で綴ったものだが内容的には今の自分も当時のまままったく解決を見ていない同じ思いもあるから自分の進歩のなさに情けなくなってしまう。

 f:id:kumarin:20070422165831j:image:w128 f:id:kumarin:20070421171051j:image:w128 f:id:kumarin:20070421165310j:image:w128 f:id:kumarin:20070422163233j:image:w128

 「生きとし生けるものが幸せでありますよ~に」というのはただ額面通りに他人事のように唱えれば良いというものではない。出典は記憶が飛んでしまっているのだがテーラーワーダー仏教協会のスマナサーラ長老の的確なご説明によれば

私の嫌いな人々、私を嫌っている人々も幸せでありますように

私の嫌いな人々、私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように

私の嫌いな人々、私を嫌っている人々の願い事が叶えられますように

私の嫌いな人々、私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように

 ということなのだ。これはもはや他人の為にお願いをするというような生やさしいものではなくて他者への絶対歓待を示す決意表明ですらある。この句は『ルカ伝』に言う

敵を愛し、あなたを憎む者に親切にしなさい。あなたをののしる者を祝福し、侮辱する者のために祈りなさい。上着を奪われたら、下着を与えることを拒んではならない。求める者には誰にでも与えなさい。誰かがあなたのものを奪っても、取り返そうとしてはならない

 と慈悲や愛という面においての東西の普遍宗教の双璧を為すがごとくに論じられもするが、実際のところは徹頭徹尾自我意識否定の上に立って無意識に擡げてくる習慣的自意識を叩きのめしておく自戒以外の何ものでもなく、実は無常で変わり続ける依り何処のない宙ぶらりんで危機的な自己を自覚的に見つめていくために、自らの無意識な習慣を論理的思考で打ち破ることへの意識的な自覚的な出発点をあらわしている。他人にしてあげることではなく自戒を込めた出発点たれというわけだ。

 f:id:kumarin:20070421165732j:image:w128:right仏教という宗教は自らの環境を一切合切受け入れ自らの経験的世界として承認してその自らが認識しうる一切世界の中で自己解放を目指すもので、一切は苦であると観察し頷きその論理よって一切の苦を滅して自らは幸せであると承認する極めて合理的な宗教である。否、むしろ哲学と言って良い。しかしこのことは単に文献学や考古学の成果からのみ論証出来るようなことではない。が、多くの研究者や仏教者にとって依拠する学説や解釈の相違による議論の応酬はあるにしてもブッダの提唱した論理的思考方法が自己の経験的一切世界の中で完結する極めて合理的な思想、あるいは哲学であるということについてはおおむね同意出来ることだろう(思想は人情に依拠するから哲学と同列に扱うなと言うようなチャチャは今日のところは入れないでください)。だからと言って文献学の方法論から純粋に論理だけを抽出する態度だけが仏教を明らかにするとは当然思えない。論理だけを展開すればブッダの教説を理解する知性のないひとは救われないということになってしまい、仏教は仏教エリートだけのものなってしまう。たしかに仏教の歴史を見ればブッダより後はと言えば学問的エリートが思想を担ってきたのは事実だと思われる。しかしその思想に照射されながら時代・地域に対応しつつ拡大、発展を遂げこんにちまで連綿と続いた仏教教団と寺院、そして法が存在することに注意を払っておかなければならない。

f:id:kumarin:20070421170710j:image:w128:right ブッダが「アーナンダよ、怠ることなく励みなさい」と弟子に遺した論理的な思考法は学問的エリート達によって分析され注釈が加えられ、つまりその時代時代にに知りうる資料を精査する今現在の仏教学と同様の方法論によって宇宙大にまで膨れあがった。さらにそこには教団を維持するという必要性からブッダと巡り会うことによって衝撃的に人生の一大転機を経験した人々とその伝承により成立していく伝説的なブッダの物語も加えられていく。つまりこういうことなのだ。仏教に接する人々にとっては単に研究されて俎上に挙げられ注釈された論理だけではなく、その論理を相手に合わせて自由自在に駆使して教えを説くゴータマ・シッタールダと言う人の存在と巡り会うことによって、その「ことば」が当時のインドの天災地変を支配していると考えられた神々よりも大きな力として作用し衝撃的に人生のコペルニクス的転換を経験し、ブッダへの賛嘆と共感を伴って語り伝えられた。だからブッダは人々にとって永遠でなければならない。そうでなければヒンドゥーの神々や仏教の転出先のもちろん神の子たるイエス・キリストも含む神々と対抗できないではないか。

f:id:kumarin:20070421170222j:image:w128:right その永遠なるブッダがその教え=法とともに仏教教団と寺院に存在すると考えられてきたことと、先に述べた一切世界の中で完結する極めて合理的論理であるブッダの哲学とを仏教者は重層的に複合的に了解して行く必要がある。よって聖母マリア様に対抗して観世音菩薩・アヴァローキテーシュヴァラを聖母に仕立てあげてしまった仏教徒の熱烈な想いもここでは承認されなければならない。仏教の論理だけを問題にする研究者からはヒンドゥーの影響が入り込んだ伝承として斥けられてしまうが大般涅槃経*1)には「アーナンダよ。ナーディカで死んだ五百人以上の在俗信者たちは、三つの束縛を滅ぼしつくしたから、<聖者の流れに踏み入った人>であり、悪いところに堕することの無いきまりであって、必ずさとりを達成するはずである。」というブッダの言葉がある。これによれば、死んだ弟子のお坊さんだけでなく、死んだ在家信者のうち50人近くがニルヴァーナに至り(不還)90人以上は一来(一度だけ帰る人)500人以上は預流(聖者の流れに踏み入った人)だとブッダが長く侍者を勤めた十大弟子のひとりアーナンダに答えた事になっている。たった1つの村の在家信者のうち、50人もの人が死後、ニルヴァーナに至ったと伝承されているのだ。これなどは学も無く、教養もないけれどもブッダと出会うことによって衝撃的に人生を転換し得た人々が多数いたことを充分に示唆していると思う。寺院があるいは仏教者が取り組むべきポイントはここにある。

他者との対話、あるいは議論

f:id:kumarin:20070422165207j:image:w128:right 例えば研究者として仏教に関わり研究に没頭し論理だけを抽出するという作業をしているだけでは宗教者として現実逃避をしていると言われても仕方がないかも知れない。僕自身としてはなるべくそういうことのないように学習や研究成果としての仏教的論理思考が常に習慣を照射しつつ現実の世間と対峙していくことを心がけるようにしてるつもりだ。だが逃げたくなるようなときはしょっ中でなんとか自分を言い聞かせ奮い立たせているのが現実ではあるが(^^; 例えば訪問先のブログのコメント欄や自サイト(旧『くまりんが見てた Part II』)のコメント欄では議論の相手によっては論理を以て批判させていただくようなこともあり、言論に責任を負え!というようなこともあるが、ある方のご指摘のように噛み合わないケースが出てしまうのは「自我」とか「科学」という概念をみるパラダイムが違うんじゃないかなと思うときがある。だから噛み合わないケースの場合はいろいろ考えさせられる。

f:id:kumarin:20070421170932j:image:w128:right 田舎のお寺さんを廻ると「毎朝お念仏を欠かさなかったおかげで孫が大学に合格した」とか「お題目を欠かさず挙げたら息子の癌が治って退院できた」と笑顔、あるいは涙を浮かべるお爺ちゃんやお婆ちゃんに「それは仏教ではありません」なんて絶対に口が裂けても言わない。僕の考え方としてはそれは勿論仏教ではないが間髪入れずに頷き「それはお婆ちゃん(お爺ちゃん)の願いが仏さまに通じたのでしょう、よかったですね。」と合掌することにしている。しかしこのお爺ちゃんやお婆ちゃんにその二度目が無かったらどうだろうか?と考える時がある。熱心なら熱心な方ほど二度目を考えてしまったりする。達観されたお年寄りなら二度目が無くても前々平気、人生そんなもんさで済んでしまうだろう。でもこんな筈じゃと思ってしまいそうな方にはやっぱり「それは仏教ではありません」と言うべきかなと考えることもある。習慣的な思考ルーティンに流されてしまって、対話する相手に「ことば」で負債を作らぬように結構悩んだりするものなのだ。まぁ悩みとしてはたいしたことではないが・・・しかし負債を作ったらその負債を取り除く責任を負うように努めることは非常に大切だと思う。原始経典をみるとブッダという人は一切そうした対話の相手が執着してしまうような負債を相手に対して作っていない。そこが昨今の仏教研究者とブッダの大いなる違いか。そう考えると悩みとしてはたいしたことではないなんて開き直っている場合じゃないかもしれない。

 ブッダはその論理を相手に合わせて自由自在に駆使した。良く言われる対機説法である。まずたとえ話をする。それを真であると相手に納得させた上で故に○○であると結論へ導く。原始経典には殆どその成功例しか記述されていないが本当は恐らく失敗例もあった違いない。ブッダが悟りを得て間もない頃かつての仲間に会いに行く道中で一人のバラモンの青年と出会うがその青年との対話は成功したとは言い難い。とは言っても殆どが対機説法の成功例ばかりなのでやがてそれは大乗経典に至って神のような対話術と賞賛されるようになりさらに法華経ではその40年の説法人生すら方便だったということにしてしまった(*2)。つまり仏が人々に真実を伝えるために人間の姿であらわれ人間の姿で死んでしまった。それは方便で本当はラージャグリハの霊鷲山(りょうじゅせん)に今もまします永遠の存在だと言うわけだ。僕はこの物語の発祥は初期仏教教団の代表とされる説一切有部のチャイティヤ信仰からのものだと考えているが本来のブッダの論理的思考からは大いに逸脱しているのは間違いがない。しかしインドの論理学的には真として成立しているのが愉快だ。論理学は論理式を問題にするのであって現実を問題にするのではないからだ。実際のところ僕としては、そうはいかないことを百も二百も承知しながらも霊鷲山にブッダがましましてくれたらどんなに楽だろうという願いと、出来ることなら霊鷲山にブッダがおわしますとアニミスティックに信じてしまいたい気持ちもあることはこの際正直に告白をしておこう(笑)。

 その対機説法だが相手にの機根に合わせて対話をするという定義付けがいつの間にか相手のレベルに応じて話をするという意味に使われるようになった。そこに他人にしてあげることではなく自戒を込めた出発点たれという自覚が無ければレベルの低い人に高いレベルのことを教えてあげるという傲慢さを内包することになる。民間企業の社員教育ならそれでも良いのかも知れないがこと仏教者がそのような態度ではいけない。「生きとし生けるものが幸せでありますよ~に」という自戒が必要になってくる。しかし真に仏教論理的に思考を積み重ねるならば対機説法は傲慢さに繋がらないのである。なぜなら存在論を異にする同士では議論は平行線のまま収束しないからブッダは存在論を認識論に置き換えて論理的に対話をしたのである。これが実は対機説法の本質なのだとマニカナエムさんこと石飛道子氏が指摘しておられる(*3)がこれは卓見だと思う。存在論を異にするということはレベルの上下の差異を意味しない。ただ存在論を異にする人と対話の方法を探り、認識論で論理的に有無を言わせずに議論の収束を計るのである。論理のみでものを言う意識にレベルの上下や他者を見下す意識は見いだせないからそこには他者を絶対歓待する理念があるというのも真として成立する。

仏教の内側と外側では「苦」の存在論を異にする

 僕たちの人生には望まぬ別れもトラブルもある。風俗通いのかたがおネェちゃんに振られて辛い想いをするくらいは自業自得で苦しみには入らないけどね。 会社の倒産やらリストラやら。あるいは戦争で生き延びても戦死した友に想いを馳せて苦しみ、災害でも人災でも同じことでまぁ結局死ぬんだけどね。死ぬという万人に与えらる平等さはひとまず置くとして個々の問題として起きる苦しみの要因のうち社会の制度やシステムで起こり得ることもパラダイムを変えれば批判されるべき要素は至るところに林立しているし今は民主主義だから議論されて変わるべきは変わるべきだと思う、制度としても、システムとしても。仏教の外側にいる人は自らの苦しみの外的要因を取り除こうとするが、仏教の内側にいる人はまず内的自己と自己の経験的世界に向かう。何故ならシステムが変わって外在的要因が批判され、あるいは弾劾されても当事者としての自己の想いと現実の軋轢のなかに起きるストレスや苦しみ、不幸はそれでは解決しないから。

 だからリベラル派の人達とは議論がなかなか噛み合わない。彼らにとって悪は制度でありシステムだからまずそこから手を付けようとする。前にJANJANやっていて思ったのは市民運動とか反戦運動とか、あるいは南京事件でもよいのだけれどもこっちは形而上学的な構築物をぶち壊してさしあげようと思って揺さぶりをかけるのだが、まず左側から揺さぶってみる、高橋和己のように。ところがその年代はそういうの知らないし、まず左を左から批判されるという概念が無い。だから市民運動とか反戦運動とかを批判するヤツは右翼だと勝手に決めてかかって妄想してしまう。仏教で言うサンスカーラ(=想)、根本的生存欲から生まれる自己実現がどろどろと擡げて意識を形成しているのが手に取るように分かる。だからそんなものは妄想なのだからと取り除く認識論に議論を持ち込んでいく。それでも「くまりんさんの愛国心に敬意を表して」なんてとんでもなくズレたことを言ってくる。「オレの何処に愛国心なんかあるんだよ!」なんて内心思うが対話の試み方はとても難しい。前に木走さんや masashi さんとお会いしたときに僕が相手を論破して叩きのめしているという評価を戴いたが、実際自分でも存在論を認識論に置き換えて有無を言わせないというのは強烈に意識している。別に論争に勝つことに執着しているわけではない。淡々と論理で迫るのみ。出来うる限りブッダのように。だからコメントの最後を自戒の念を込めて「お幸せでありますように」や「生きとし生けるものが幸せでありますよ~に」で締めくくるようにしているのだ。

 仏教はその苦しみのもとである根本的生存欲から生まれる自己実現という仏教的認識論ではありえないものと定義するものをその根本的生存欲のコントロールで滅しようとする。でも矛盾するようだが結局苦しいものなのだと思う、真面目に取り組めば取り組むほど。そう頷いて自らの人生を歩むめば畢竟「よーするに幸福も不幸も単純化できなくなります。」になってしまう。だから苦がないひと、あるいは実感しない人には宗教はいらない(笑)瀬戸内寂聴さんの小説(*4)でブッダが亡くなる前に「この世は美しいものだ。人生は楽しいものだ。」と弟子のアーナンダに回顧する場面(先の大般涅槃経が出典)がある。大般涅槃経の原典では「この世は美しいものだ。人生は甘美なものだ。」というような意味の語が並ぶのだが、実はこのフレーズは北西インドで活躍したした説一切有部などのブッダの弟子達の伝えるサンスクリットヴァージョンにのみ付加されたものだ。(瀬戸内さんはよく勉強してますよ)実は人生は苦しい、苦の連続である、しかしいよいよ自分の人生を終えようと言うときに「人生は甘美なものだ。」と頷くように弟子達が付加したものだろうと推測している。ブッダの言うとおり歩んでみたけど苦しかった、でも甘美だったと。結局人生はそういうものだろう。そう頷いて死を迎えられれば幸福である。

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*1中村元訳『ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)』asin 4003332512 岩波書店 1980/01

*2法華経だけではない。宮元啓一 博士は『ブッダが考えたこと―これが最初の仏教だ』春秋社 ASIN/ ISBN: 4393135202 2004-11 で「無明という根本的な生存欲にはじまり、老死という、輪廻的生存の本質である苦に終わる因果関係を、徹底的に観察、考察し、その真理が揺るぎないものとして自覚され、骨の髄まで浸透して完全な智慧が生じて論理を完成させて目覚めた人、ブッダになったのであるから一部の仏教学者がヒューマニズムに陥って言うように成道後も変わっていったなどあり得ず、成道後の人生は法を説くための方便であった- 要約筆者」と述べている。

*3:石飛道子『ブッダ論理学五つの難問 (講談社選書メチエ)asin:4062583356 講談社 2005/07

*4瀬戸内寂聴釈迦 (新潮文庫)』新潮社 ASIN/ ISBN: 4101144389 2005-10