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ライカとポルシェと仏像と

友人とは嗜好と価値観が違うからこそ面白い

 6月16日の『友人たちと火鍋を食べてきました』にそのメンバーのおひとり赤い三角木馬さんから丁寧なコメントを戴きました。返信のつもりで書いていたら木馬さんのコメントに負けず劣らず長くなってしまったのでエントリにしてしまいました。当のエントリと言いもうほとんど内輪の私小説的ブログになってしまいましたが悪しからず。

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だからボクにとって、憧れのライカはあくまでもフィルムカメラであってデジタルではないんですね。ボクの「やっぱりコンデジ」という発言にはそんな意味があります。

お気を悪くされませんように。言葉足らずで済みません。『友人たちと火鍋を食べてきました』への赤い三角木馬さんからのコメント

 却ってお気遣いを強要してしまったようで申し訳ありません。仰るように「カメラ」というものを通して見ているものが少しずつ違うからこそ面白いんです。だから新しい発見がありお付き合いさせていただく価値が生まれるんですね。カメラやクルマの好き嫌いは嗜好の問題であり勝手なことを言い合って結論が出るようなものではなくむしろその勝手ななかに違う価値観を尊重しながらともに進歩していく楽しさがある。なんであれ他人の意見はとても良いものです。

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 僕自身は本業である建築や学問の世界でも他人の批判はとても良いものだと思っています。いろいろ理屈をこねますがそれは決して他人を言い負かすためのものでも自分の意見に賛同してもらおうという意図でもなくて、常に自分よりより勝れた意見を持つ人が現れて僕の誤りに気づかせてくださることを期待し願いながら意見を述べています。なぜなら人は誤りを犯す可能性が多々あるしその可能性はきちんと論理的に議論を積み重ねるならば一人より二人、二人より三人の方が低くなると考えるからです。ましてや趣味、嗜好の世界、木馬さんの考え方を伺って楽しくはあるにせよ気分を害するなんてことはまったく有りませんからどうぞお気遣い無くお好きなことを自由に仰ってください。ぼくは何処ぞの英語の先生とはちがいますよ(笑)

 ポルシェの喩えとっても良くわかりました。そして僕との嗜好の違いも。僕はポルシェよりフェラーリが好きですが今でも免許があってそれなりの収入があれば躊躇うことなく買ってしまうでしょう。それが正統なフェラーリでなくディーノ系の中古3X8・なんちゃってフェラーリでも。そしてそんなことが実現すればみんなになんちゃってフェラーリを買ったぞーと自慢するんでしょうがそこで木馬さんに写真で見るとかっこいいけどやっぱりディーノ系だねと言われる(笑)それぞれの思いがあるから躊躇うことなく素直に感想も言い合える、粋なモンです。

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 お互いに共通しているのはそのこだわった製品を作り続けて表だって見えないところで支え続ける技術者=人間に対する尊敬がある。それが頂点のものであれ、なんちゃって要素を取り入れて価格を民主化されたものであれ支える想いと技術は素晴らしいものです。余談ですが僕が仏像を好きなのも同じような理由に寄ります。まぁ身近にあって眺めれば眺めるほど良さが、あるいは美しさが伝わってくるってのもあるんでしょうがそれまでのゴータマ・ブッダの全身像は作らないという暗黙の了解を破ってガンダーラやマトゥラーで仏像を最初に作った人々には宗教とか神懸かりというような紀元後に主流になっていくゴータマ・ブッダ観とは一線を画するゴータマ・ブッダと出会うことによってその論理的な考え方を知り論理によって不安や恐怖に打ち勝っていく、言わば人生をコペルニクス的に転回し得た人々の伝え続けた尊敬され祝福されるべき人としてのゴータマ・ブッダへの強烈な憧れがあったと思うんです。仏像にはそうした人々の情熱と想いが込められているんです。

 僕がライカに入っていこうと思うのはMマウントのレンズでスナップを撮ってみたいから。叔父のライカ写真はスペインの町並みと生活を撮ってしかもわざと少しだけピントがずれているような、コントラストが強めの底抜けに明るいモノクロ写真でした。それをカラーでやるときっとペンタのFAレンズの色合いにとても近いと勝手に思っていますが、あの Leica D-LUX2 の DC Vario-Elmarit 28-105mm の底抜けに明るくしかも透明感のあるグリーンとブルーがとても美しいイメージは非常に限られた条件下ではあるけれども僕の主観的経験的世界の中ではFA★レンズを凌ぐ時があります。

 ならばこれはやっぱり自分の写真生活にMマウントを導入する価値はあるんじゃないかと思ったのです。とりあえずいきなりM型には走らずにライカ気合いの Summilux 28-90mm F2.0 を奢って操作系をアヒム・ハイネ教授に委託し電子系は松下との共同開発で2/3インチの CCD を持つ DIGILUX 2 を買ってみようと思います。ところがいろいろ見てまわっているんですがかなり実用的カメラとして使われていて付属品が全部そろったよいタマにめぐりあえません・・・触ってみた印象ですが絞りリングのクリック感とピントリングのトルク感スムースさはなかなか良いですよ。そしてデジカメなら普通モード切替ダイヤルの位置につくダイヤルはシャッタースピード切り替えダイヤルと操作系はまるで銀塩マニュアルカメラです(笑)

 写真とは僕にとっては自分の経験的主観的な世界を切り取って表現する絵のようなものですから、道具であるカメラはアドビカラー空間を備え、その描画技術をベースに据えた Mac OS X とカラーマッチングではアドビの最良のパートナー、アップルシネマディスプレイを使ってデジタルで料理できた方が身近です。「くま」撮影もクマの行動や表情を通しておなじ自然をシェアする生き物としてクマと人間が折り合いをつけていくことを表現できるような写真を撮ってみたいと思っています。こちらはライカの世界ではありませんね。超望遠FA★600mm は是非用意しなくちゃ。またまたここまで読んでくれたかたにはもう大感謝です。

では、お幸せでありますように。