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雨の佃島

こんにちの佃は既に家康の心の中にあったのかも知れない

f:id:kumarin:20071112195210j:image:w600

Il pleut sur la Tsukuda : M6 + SUMMICRON 35mm F2.0 f/5.6 1/8sec Kodak BW400CN

  • 暗い雨の中の佃島はとても幻想的に見えた。隅田川水上を滑走するように上流に向かう水上バスの後部デッキからあわててシャッターを切った。この暗さに何を思ったかパンフォーカスが欲しくて f/5.6 まで絞りシャッター速度は1/8でトライ。うーん、まぁまぁか。一眼レフなら完全にぶれていると思うが RF はなんとか画像をモノに出来る。ミクシの日記「休日ぶらり」にある同じような構図のカラー写真は D-LUX2 で撮ったものです。

 佃島の発祥は埋め立て地に漁業を興し江戸の産業を育成する為だった。明智光秀の軍勢が本能寺の信長を夜襲したとき都から逃亡した家康は逢阪佃島の漁師達に助けられたという。匿われ逃げ道を案内されたばかりでなく当面の食料として佃煮の提供まで受けたと言う伝説がある。秀吉に江戸を与えられた家康は海と川に囲まれ一大湿原地帯だった江戸をその水利を活かし将来の国盗りと国家の建設という壮大なプランの基礎に据えた。江戸湾に突き出した築地の鼻先の干潟を埋め立て江戸漁業の本拠とし恩人である逢阪佃島の漁師達を招いて優遇した。同時に住吉神社も分霊を勧請して創建している。佃島は佃煮発祥の地でもある。

 国を制した歴史上の多くの権力者達が自らの生存中にその権力を誇示する都市の完成を目指す中、家康は壮大な未来へのプランに着手した。世界都市東京への壮大なプランは既に家康の心の中に存在したのではないか。水を制する者は国を制する。そして彼は民の心をも巧みに制した。いま環状7号線の地下に建設された東京の水害防止のための地下水路も元はといえば家康の発想を引き継いだ徳川幕府が着手し東京都が完成させた治水事業である。日本近代化の基礎の多くは徳川時代に作られているのだ。佃島は漁業の本拠地から保存食・佃煮の生産、やがて造船の本拠地となり未来都市へと変貌してきた。自らのプランの完成を見ることなく家康は逝く。否、家康のプランに完成という単語はなかったかも知れない。都市は変化を続けながら発展するもの。天国の家康もこの風景を見て「してやったり」とニンマリしているんじゃないか。そして家康から見れば福田も小沢もきっとまだ青い。