KumarinX Kaneko Ryogen Jean Michel Kaneko Photography MacOSX
読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

夫を譲れと妻をメッタ刺しした18歳美少女タレント愛欲の果て

<死刑執行>氏名を公表…で蘇る事件の記憶

f:id:kumarin:20071208002852j:image:w600

  • 本文と写真はなんの関係もありません。銀塩モノクロを意識してすべてマニュアルで撮影した一枚。全然暗かったので自分的にはボツの1枚だったが改めて見直していると、おっ、結構良いじゃないかと思った。フォトショップでモノクロにした後女性の髪に当たる光の部分を覆い焼きして明るめにし、背景のデッキは逆に焼き込んでトーンを落としている。モノクロのプリント時にはよくやる手法だ。

 法務省が7日、東京、大阪両拘置所で計3人の死刑を執行し、執行された死刑囚の氏名や犯罪事実を公表した。そのうちの一人・藤間静波は「藤沢母娘他5人殺害事件」の実行犯である。犯行当時は藤間は未成年だった。惚れた女性にストーカーの様に付きまといフラれた腹いせに殺してしまうという事件だったが、リンク先のこの事件の概要を読んでいて僕の記憶にはっきりと蘇ったのが今日のタイトルにしたコピーである。

夫を譲れと妻をメッタ刺しした18歳美少女タレント愛欲の果て

 この強烈なコピーは実は週刊新潮の中吊り広告のものだ。あまりに強烈すぎて脳裏にこびり付いていたのだ。ところがこれが何時の頃のことかさっぱり解らない。乗っていた電車に記憶があるので多分まだ大学生の頃だったと思う。藤間は死刑が確定したがこの不倫相手の妻をメッタ刺しにした犯行当時未成年だった少女はどうなったのだろうかと気になってちょっと調べてみた。そしてようやく見つけたのが少年犯罪データベースの以下の記述である。

昭和49年(1974).11.19〔18歳テレビタレントの女が不倫相手の妻惨殺〕

 東京都板橋区のマンション自室で、主婦(29)がテレビタレントの女(18)に殺害された。夫のバンドマン(24)と半年前から交際しており、家にやって来て妻に離婚するように迫って拒絶されたり、またバンドマンからも冷たくされて追い詰められ、包丁を持って押し掛け自殺しようとしたが、とめようとする妻と揉み合いとなって妻のほうに包丁が刺さった。「人殺し」と言われて逆上し、全身を40回もめった刺しにしたもの。しかし、部屋を荒らして強盗を装うなど計画的な面があるので、最初から殺すつもりだったと見られている。少年犯罪データベース 18歳の犯罪

 少女にその後どういう量刑が科されたかはわからない。成人男性と未成年女子の不倫恋愛であるから人道的責任を成人男性に求め情状酌量がなされたことは推測できる。学校の図書館にも行ってみたが当時の週刊新潮は残念ながら置いていなかった。ところで不倫が原因となる殺人事件で話題となったものに「日野OL不倫放火殺人事件」がある。この事件について地裁、高裁、最高裁のいずれも、被害者の側に立った不倫相手の男性が実行犯の女性を性欲の発散の対象としか考えず、彼女の尊厳を侵害し、彼女に対する思いやりが無く、彼女を虚言で騙し、彼女の心と体をもてあそび、結果として彼女の心と体を傷つけたことを認定した。しかし男性を人道・道徳・倫理の観点から非難はしたが、法的な観点から男性の責任を問う事はなかった。これは犯人の女性が社会人である以上殺人という犯した罪は免れようがないという行為の結果に対する評価の立場に立っている。

 裁判所が人道・道徳・倫理の観点から非難したことは ---- 「不倫相手の男性が実行犯の女性を性欲の発散の対象としか考えず、彼女の尊厳を侵害し、彼女に対する思いやりが無く、彼女を虚言で騙し、彼女の心と体をもてあそび、結果として彼女の心と体を傷つけた」ということは実は不倫一般の根底に横たわる事象の本質そのままだ。裁判所は一般論を展開したに過ぎない。何故なら相手の尊厳を侵害せず、かつ思いやりがある人間なら、不倫を続けることは社会人としての想像力と思考を持つ法治国家日本の国民として不可能だからだ。故に相手ばかりだけでなく自分すらごまかさなきゃ人格の存立基盤すら危うい。「18歳テレビタレントの女が不倫相手の妻惨殺事件」では社会人である相手の男性がこの不倫の本質を未成年である犯人に教え諭すことが期待されるが社会人同士の「日野OL不倫放火殺人事件」では双方ともが想像力を働かせて理解していることが期待される。

 実際殺人事件の原因は男女の恋愛のもつれか、金の貸し借りによるものが殆どである。なんという想像力の欠如だろうか。なにも裁判所に法治国家日本国の社会人などと期待されなくても冷静に考えれば分かりそうなものである。いやいや分かっていても人格の存立基盤すら危うい精神状態には、人間としての倫理的要請に基づく論理よりも粘膜接触の快感のほうが勝るということか。しかし突きつけられているのは、どんなに調子良く、美しい言葉と態度だけの優しさで、実現出来ないことを先延ばししたり無責任な人格の存立基盤すら危うい弱さを見せて関心を買っても、そう歴然と存在しているものは取り返すことの出来ない時間を消費しているに過ぎないという形には見えにくい事実だけなのだ。自分すら誤魔化しているのだからふとしたところから嘘と無責任を覆い隠すオブラートに綻びが見えるとそれは一挙に加速する。

 やがて芽生える懐疑心が浪費してしまった時間の経過に比例して憎しみに膨れあがる。それが宇宙大にまで膨らんだときにきっと殺意が生まれるのだろう。今日取り上げたのはたまたま二人の女性だったがその逆に男が女を葬り去る事件も多々ある。過去の事件を振り返ってみればその始まりが、ささやかでなんでもない日常の綻びから始まっていることがよく分かるじゃないか。まさしく日常に潜む悪魔、ほうっておけばガン細胞のように肥大する。死刑執行された死刑囚の氏名や犯罪事実を公表 --- 死刑廃止・賛成、公表反対・賛成、人ごとであれば何とでも言える。むしろそうした材料を我がことに使おう。法務省の公表をきっかけに蘇る殺人事件の記憶。僕らがふと日常を振り返るのに良いヒントを与えてくれるものではないか。

参考サイト

 ■事件史探求 藤沢母娘他5人殺害事件

 ■少年犯罪データベース 18歳の犯罪

 ■Wikipedia 日野OL不倫放火殺人事件

 ■無限回廊 日野OL不倫放火殺人事件

 ■事件史探求 日野OL不倫放火殺人事件


♪BGM while writing