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音楽より映像が優先される韓国文化

Music Culture

彼我の違いを認め合うことからスタートしたい

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 僕は気まぐれでこのサイトに乗せているレビューもどきのテキストをミクシの自分のレビューにも転載している。だいぶ前のエントリだがアメリカのサイトで韓国の歌姫 BoA について触れているサイトがあったので一部翻訳してこちらに書いたことがある。

■彼女の美はパーフェクト! BoA アメリカで絶賛!? 

 ここで話題になっているのは声量があって歌もうまいのに彼女が lip-sync(口パク)をするということだった。このサイトでは彼女がアメリカのアーティストのように自分の為に曲を書かない→つまりミュージシャンではないというような酷評もあったと思う。僕はそれは問題ではないと思う。自分で曲を書かないけれども人の心を揺さぶるヴォーカリストは歴史上だって沢山いるし、サラボーンやエディット・ピアフが曲を作らなかったとしても彼女たちは歴史に残るミュージシャンである。だいいち僕は BoA の歌に気に入っている歌だってある。なんでいまさらこんなことを書いているかというとミクシのレビューに転載した BoA のレビューに BoA ファンの yoshix さんと言う方からお便りをいただいたからである。

はじめまして。BOAのレビューつながりできました、いやー私は普通のBOAファンなのですがBOAがちょいちょい口パクをやるのが気になっているんですよね。MITツアーDVDのアンコール2曲でも口パクやっているような・・・。

ヘビーなBOAファン情報だと韓国ではダンスミュージック系の人はよくやっているからいいんだ!みたいな意見まであるのですが、俺は、エーッ!みたいな。

上のDVDなんかは23曲もはいっていて、そりゃ23曲も歌えば口パクもするわ!みたいな気もしますし、セールスのためにはしょうがないのかなと。でもイマドキ、口パクしてる人なんています?

問題にならない程度にしてもらいたいなー。くまりんさんの意見をお聞かせください。では、また。

 久しぶりに BoA を聴きながらこのテキストを書いている。別に僕はヘビーな BoA ファンではないがなかなか良いものである(笑)。 yoshix さんが言われるように「韓国ではダンスミュージック系の人はよくやっているからいいんだ!みたいな意見まであるのですが、俺は、エーッ!みたいな。」という文脈の「俺は、エーッ!みたいな。」のは共感できる部分である。たしかに韓国ではその通りで、BoA ばかりでなく、お笑いからドラマで活躍し、オードリー・ヘップバーン顔負けにアフリカの貧しい子供達に愛情を注ぐ韓国きってのトップスター イ・ヒョリなどはステージでは全編 lip-sync であるが、これ不思議と韓国では問題にもならない。

 日本でもテレビが台頭しラジオを追いやった時代があって、映像優先で音楽が片隅に追いやられた映像全盛時代の70年代のテレビでは天地真理浅田美代子も、あるいは篠山紀信大先生の奥様・南沙織ですら口パクだったように記憶する。まぁ可愛いければいいやみたいな。しかし日本ではFM放送の台頭に伴いアーティストとしてのミュージシャンが再評価されるにつれ桑田佳祐ユーミンなど音楽家・ミュージシャンがテレビに進出するようになって口パクは駆逐された。だからと言ってここで韓国は遅れていると悪口を書くつもりはまったくない。韓国にとっては音楽の素晴らしさより視覚の感動のほうが優先されるのではないかとふと思ったからだ。きっと「セールスのため」でも「イマドキ」でもないのじゃなかろうかと。そもそも BoA にしてもイ・ヒョリにしても、失礼だがその存在感は天地真理浅田美代子の可愛ければ良い程度の存在感どころではないでしょう。

 奇しくも『彼女の美はパーフェクト! BoA アメリカで絶賛!?』へのコメントにトリルさんが「口パクではライブでのオーディエンス側の一体感に水を差すというのは舞台裏を知ればその通りですが、私なんかはこれは作られた片思いなのだから上手に美しく騙される・騙して欲しいという感じでしょうか。」と書かれているのは yoshix さんと同じ発想だろうと思う。僕も同感のなのだが、それは僕らがひょっとしたらミュージシャンがアーティストとして映像よりも優先されて評価される日本文化の中にいるからで、韓国ではきっとダンスが乱れるくらいなら歌は録音されたモノを使ってもらってもダンスが感動的な方がオーディエンス側の一体感を損なわないのではないかと思うのだ。

 これはひょっとすると韓国の歴史の中で果たしてきた踊り=ダンスと歌=音楽の役割や機能が日本や欧米とは違うからではないだろうか?と僕は思い始めた。勿論こうしたことはちゃんと調べてみないとなんとも言えるものではないのだろうが、実際に韓国の映像を見てみれば BoA だって、イ・ヒョリだって、ステージでのダンスはわがニッポンの安室奈美恵ですら唄いながら踊るのは不可能じゃないかと思われるほどの運動量である。そしてそのダンスのすごさにオーディエンスは熱狂し酔う。これはこれで立派な文化じゃないか。

 文化の違いはそれを認め合うことから始めなければならない。文化に高等も低廉もないのである。彼我の違いを認め合うことから相互の文化理解はスタートする。そう考えると日本デビューの様子を微塵も見せないイ・ヒョリはともかく BoA はちょっと気の毒である。彼女の日本のステージでは日本のファンが期待する安室奈美恵をも凌ぐダンスを披露しながら歌を唄わなければならないのだから。ミクシの僕の日記は友だちにのみ公開にしているし、なんとなくメールで個人的な話にしてしまうよりオープンにしておきたかった内容なので、とまぁ yoshix さんへの返事をこちらに書いてみました。

PS:(2008/1/11 1:05 追記) どうやら我がニッポンでもいわゆるテレビタレントにおいて口パクは依然、駆逐されたどころか蔓延っているらしい。普段テレビを見ない僕はまったく気がつかなかったがなにしろ僕にはその素生を一応存じ上げている radioya さんが仰るのだから間違いはあるまい。ならばせめてトリルさんが言われるように「作られた片思いなのだから上手に美しく騙して欲しい」ものだと思う。

♪BGM while writing

DO THE MOTION

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