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悲しそうな君の顔はもう見たくないんだ

君の気配にはっとするとき

Terrace

Twilight Terrace : M6 + ELMARIT 28mm F2.8 (2nd) 1/60sec f/2.8 ILFORD XP2 Super400

  • 暗くなっていくテラスに外灯が点る。明かりに見え隠れする人の気配の暖かさにほっとする。今日の気分にはピッタリ。

 昨日、一昨日までの戦争のような忙しさが終わり今日はポッカリ穴が開いたようにぼんやりと過ごす。昨年末の大掃除に片付けきれなかったゴミを分別して段ボールに詰めながら壁を見上げるとそこに君が描いた「禁煙」のポスタァが微笑んでいる。

 そもそも君のためにこの部屋は禁煙にしたのだ。だから僕ともう一人のこの部屋の住人であったS君は講義のない日の10時過ぎと3時過ぎに面倒でも5分歩いて屋外の生協横の喫煙所までタバコを吸いにいった。しかも帰りには必ず生協でシングルマザーではあるけれど僕の部屋のお姫様・君のためにお茶菓子を買って帰ったものだ。

 10時半と3時半は僕たちの茶礼の時間だった。そしてほぼ毎週月曜の茶菓子だけは生協のものでなく君手作りのケーキやクッキーだった。君は休みの日にかならずと言って良いほどまだ小さな娘のためにお菓子を作っているのだっねた。そのおこぼれが僕とSクンにも良くまわって来たよね。

 10時半と3時半の茶礼の時間はそれぞれのテーマの疑問点や新しい発見をぶつけ合う時間でもあったね。そうして時間を決めておかない君たち二人は時を選ばず僕に議論をふっかけてくる。それでは僕が仕事にならなっかたから苦肉の策でもあったけどね。

 あの去年の賑やかさから比べると今は本当に静かなものだ。僕自身の希望で君たちが巣立っていった去年の4月からは一人でじっくりやりたくて常駐の職員をおいていない。音楽を聴きながら好きな時にお茶を飲む。ひとり静粛に自分のテーマに取り組みたかった。

 だけどこの部屋は禁煙のままだ。たばこを吸わないこの部屋で黄ばんでしまうこともなかった白いコピー用紙のキャンパスに尻上がりのガールズ文字で書かれた「喫煙は喫煙所で!」のまわりにやたらに星とハートのマークが散りばめられた君のポスタァはまだ健在だ。「なんで君はいちいちこんなものにまでハートを書くんだ?」と笑いながら文句を言う僕に頬を膨らませて拗ねて見せる顔。

 僕は今でもタバコが吸いたくなると去年までと同じように、Sクンとの会話を反芻するように振り返りながら生協横の喫煙所まで出かける。まるでSクンと二人でポツポツと歩いているかのように。出がけにそっと会釈すると例のポスタァが君の拗ねた横顔に見えるから不思議だ。そして生協に寄ると君の好きだったえびせんやコンソメパンチ、キットカットについ目をやってしまう。

 たったひとりで、大掃除の積み残しを分別しながらひとりの気楽さと引き換えに失った君たちとの賑やかな3年間を思い起こすとちょっとセンチメンタルな気分になる。少しばかりの寂しさにふっとため息をつく。それでも、家族や仲間、多くの人に支えられながらも闘いとはやはり一人でするものだと改めて思う。このポスタァももういいかと手をかける。

 いや、このポスタァは残しておくことにしよう。この間、久しぶりに訪ねてくれた君が流し台の前に貼ってあったやはり君の作品であるハートと星がちりばめられた「手洗いとうがいの励行」と書いたポスタァが無くなっているのを見てとても悲しそうに寂しそうにしたっけ。そしてその後の拗ねた顔をまたまた思い出してしまったんだ。あれは捨てたんじゃないさ。水が掛かって汚くなってしまったからはがしてしまっただけさ。それにもう僕は悲しそうな君の顔を見たくないんだ。

♪BGM while writing

来生たかお シングルコレクション I  1976-1984

来生たかお シングルコレクション I 1976-1984