KumarinX Kaneko Ryogen Jean Michel Kaneko Photography MacOSX
読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

洗足池 灯籠流し

お盆の仕舞いの美しい送り火

f:id:KumarinX:20160428002616j:plain

洗足池 灯籠流し : K10D + smc PENTAX FA☆85mm F1.4 ED f/1.4 1/13sec. ISO 800

 洗足池の灯籠流しに行ってきました。ここの灯籠流しは長崎の鐘楼流しと並んで歴史が長いものですね。どちらも日蓮宗身延山日蓮宗であって日蓮正宗創価学会とは一切関係はありません)のお盆の行事です。ああ、久しぶりに仏教のお話しですね。もうご存じの方は多いと思いますがお釈迦様に発する古来のインド仏教では先祖の霊を問題にすることは有りませんでした。でも今日はそんな野暮なことを議論しようというのでありません。お盆の行事は日本では古来より夏のこの時期をお正月に対応する先祖の霊が家に帰ってくる時期(*1)とした民俗信仰があってそれが中国成立の盂蘭盆経(*2)に出て来るお釈迦様のお弟子のモッガラーナ尊者の亡き母孝行の説話と結びついたとされています。

洗足池 灯籠流し I

洗足池 灯籠流し : K10D + smc PENTAX FA☆85mm F1.4 ED f/1.4 1/13sec. ISO 800

 実際夏の7月13日から7月16日の間に先に逝ってしまった家族や恋人がこの世界に帰ってくるって素敵な話ですね。その間、その人たちと一緒に過ごす。ちょっとした物音や風の悪戯が今は無きお父さんだったりお母さんだったり、あるいは伴侶だったり兄弟だったり。昔は今よりもずっと戦争や不治の病も多く親、兄弟、恋人と死に別れのケースも多かったはず。そして勿論今現代だってその当事者になってみればいとおしい気持ちに変わりがありようはありません。そんな人たちと僅かな3日間を過ごす。彼らが帰ってくるのに、あるいは再び黄泉の世界へ旅立つのに道に迷っちゃいけない。だから少しでも見えるように火を焚くんです。

洗足池 灯籠流し II

洗足池 灯籠流し : K10D + smc PENTAX FA☆85mm F1.4 ED f/1.4 1/13sec. ISO 800

 そんなの迷信だ!バカバカしい!それで生きていける方に強制しようとはこれっぽっちも思いません。迷信ですよ、あり得ませんよ。でも亡き人達と再び逢いたい!語り合ってみたい!それは実現不能かもしれませんが、やっぱり人の願いです。願いを形にして他人と共有できるところが人間の素晴らしさだと思いませんか。灯籠流しはその祖先達を再び黄泉の国へ道に迷わないように送り出す人間の側の儀式。黄泉の大海へ旅立つ今は亡き霊が宿ることを込めて水面に放たれる灯籠。送り火としての灯籠。灯籠が手を離れて水面を滑り出すとき、元気でね、また来年ね、ありがとうと美しい人間の願いが込められています。仏教がこうして人々の願いを掬い上げながら適者生存の道を歩み日本をはじめとする東洋の地で一大文化を築き上げたことは論を待ちません。

洗足池 灯籠流し IV

洗足池 灯籠流し : K10D + smc PENTAX FA☆85mm F1.4 ED f/1.4 1/13sec. ISO 800

 天気予報は21時頃の雨を予測していたのでは撮影機材はデジカメ。自転車で出かけるので割り切って K10D に smc PENTAX FA☆85mm F1.4 ED 一本 で行くことにします。これでもライカよりちょっと重いのが難点ですね。まさしく晴れたらライカ、雨ならデジカメです。ライカだったら TELE-ELMARIT 90mm F2.8 に FUJICOLOR NATURA 1600 で行くところです。今回はモノクロの侘びしさより、灯籠の蝋燭の炎の色の暖かさが撮りたかった。それをデジカメに翻訳したのが今日の機材の組み合わせです。ISOが800に固定してあるのは FA☆85mm が TELE-ELMARIT 90mm より一段明るいレンズだからですね。

洗足池 灯籠流しIII

洗足池 灯籠流し : K10D + smc PENTAX FA☆85mm F1.4 ED f/1.8 1/100sec. ISO 800

 だからなるべく灯籠の色を再現できるように露出を調整してみました。これライカだと一旦デジカメで灯籠で測光してから露出固定で行くんですけどね。K10Dは絞り優先(AV)モードにして前後のダイヤルを旨く使えばシャッター速度やISO感度をプログラム優先にはなるけれど自由に駆れるので便利ですね。ただデジカメはどうしても撮る枚数が増えがちであとの整理が面倒ですけど。それでまぁ、気に入ったのをアップしてみました。絞りが開放(f/1.4)のものと 1.8 のものがありますがこれは意図的ではなくなんかの拍子にダイヤルを回してしまったもの、シャッター速度が違うのは意図的です。

 読経のバックにマーラーの第九 IV.Adagio が流れていたのは副住職の趣味かな。読経前の太鼓のリズムをラップみたいだと言っていた人がいたのには笑えました。このちょっとスローなダイナミックな太鼓のリズムは古来より日蓮宗独特のものです。ラップよりずっと前からニッポンに存在します。あっ!勘違いしないで下さい。なんか慌ただしく急いているような速いペースの日蓮正宗創価学会のなにかに取り憑かれたような太鼓とはまったく別モノですから(笑)

 ■一日一チベットリンク → 「中国五輪」開幕前夜:/3 人権政策批判とIOC

♪BGM while writing

 

*1盂蘭盆会は,<盆会><歓喜会(かんぎえ)><魂祭(たままつり)>ともいう.7月15日に精霊(しょうりょう)棚を作り,先祖の霊を招いて僧に読経してもらう.その際,僧にご馳走の接待をして功徳(くどく)を積み,先祖に廻向(えこう)する.年一度の盆会に先祖が少しでも長逗留してほしいとの気持から,期日は拡大され,多くは7月13日より16日までとするが,7月全体を盆月とみなすこともある.農村部では農作業の関係から月遅れの8月,または旧暦で行うことが多い.旧暦の7月は秋であるから,盂蘭盆会は元来秋の仏事であった.盂蘭盆会は中国では538年(大同4),日本では606年(推古14)に行われた記録が古い.日本で7月15日に行う論義を<盂蘭盆講>,盆会月に行う地蔵講を<地蔵盆>ということなど,盂蘭盆の影響力の一端をうかがわせるものである.なお,日本での盂蘭盆会盛行は,この前後を正月に対応する祖霊来訪の時期とした民俗信仰との習合(しゅうごう)によるものともされている. ←出典:岩波仏教辞典 第二版

*2竺法護(じくほうご)の訳とされているが,疑問視されている.サンスクリット原典やチベット語訳はない.布施(ふせ)の功徳(くどく)を先祖供養に結びつけて説くため,孝を重んずる中国や日本で重視された.経によれば,目連(もくれん)尊者は死んだ母親が餓鬼(がき)世界に堕ち苦しんでいるのを発見し,仏の教えに従って安居(あんご)を終える7月15日,僧たちが自恣(じし)をするに当たり食物などの布施をしたところ,その功徳で母親は救われたという.<盂蘭盆会(え)>はこの経典に基づく法要.注釈書は宗密(しゅうみつ)の『盂蘭盆経疏』(2巻)が有名.
 なお目連救母説話は中国で幾種類もの変文(へんぶん)を生み,日本でも平安時代以来説教材として盛行し,説話文学に頻出するほか,室町物語『目連の草子』,説経浄瑠璃『目連記』を生み出すなど,文学に及ぼした影響も広範多彩である. ←出典:岩波仏教辞典 第二版