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天麩羅煮麺

老いた母と質素な夕食

天麩羅煮麺

天麩羅煮麺: K10D + smc PENTAX-FA 31mmF1.8 Limited

 母親と二人きりだったので冷蔵庫や食品棚の整理がてら天麩羅煮麺を作る。冷蔵庫の茄子と人参、ドジョウ隠元、長ネギで茄子の天麩羅と野菜のかき揚げをあげる。麺は封の開いたひやむぎがちょうど二人前あったので茹でる。出汁はまったくの即席だ。どんぶりで二杯分の水を計りその1/3を捨てて三倍濃縮の麺つゆを六倍になるように規定の半量だけ入れる。残りは薄口醤油で塩分を調え、リケンの無添加昆布だしでコクを調整する。なんでこんなことをするかというと市販の麺つゆは蕎麦にはカツオ出汁が足りないし、うどんやそうめんには昆布出汁が足りずカツオがきつすぎると僕は思っているから。インスタントもちょっとした工夫で美味しくいただけるわけです。

 ひやむぎはコシが残る程度に茹だったら一度ザルにあけ冷水で良く洗う。こうしておかないと汁に余計なとろみが付くし味が濁る。こうして洗ったひやむぎを煮立つ直前の汁に入れ再度火を通す。あとはどんぶりに盛って天麩羅を飾り、アサツキと生姜の糸切りをあしらう。老いた母は美味しい美味しいと食べてくれた。父が亡くなってから僕ら家族は寺を出てマンション住まいをしている。仏教の仕事はしているけれど寺に住職する道を僕は選ばなかった。母としては住み慣れた庵を出るのはつらかったに違いない。そのせめてもの償いに僕たち夫婦は極力駅から近いマンションを選んだ。母と二人で天麩羅煮麺をすすりながら親子の会話の途中に母がぽつりと言った。

 わたしがこうして元気で遊び歩けるのもあなたが家を駅の近くにしてくれたから。年取るとね、コーラスの人も手話の人もバスに乗って駅まででなきゃいけないような人はだんだん足が遠ざかってしまうのよ。だけどわたしはね、駅が近いおかげで買い物も楽だし、出かけようという気持ちになれるのよ。それにねまえのうちだと出かけるためにはぐるっとまわって戸締まりしなくちゃいけないし、雨戸を閉めて廻るのも大変。そのてんマンションは玄関一つ閉めればいいから良いわよね。身体が動かなくなってきて最近しみじみ思うわ。あなたには感謝しているのよ・・・・

 なんかホロッときた。申し訳無い気持ちと嬉しさとが同時に込み上げてきたような。母は父の生前に住んでいたお寺の近くの同年代の人たちとコーラスをやり、ほぼ同じメンバーで太極拳にも通っている。そして市内の聾者の方々から手話を学びながらボランティアにも精を出す。もうすぐ齢八十に届こうというのに精力的に動き回っている。別に僕が無理に薦めたわけではなく如何に健康に老後を生きるかと自分で選択した日常だ。僕から見れば遊び回っているわけだがそれを忙しい忙しいと言うからたまにカチンと来るときもある(笑)

 勿論血の繋がった親子だし、同居していれば嫌な面も目立つ。それはおそらく自分の裏返しを見ているような部分があるからだろう。ところが最近老いた母を見るにつけ寛大な気持ちと僕の我が儘をだまって見ていてくれたことに感謝の気持ちが強くなってきた。いやぁ、僕のほうこそ親の思う方向に進まなくって勝手をしているのに、何一つ文句を言わなかった両親には感謝してますよ。これからも好きなように動き回って下さないよ。忙しいくらいじゃないと呆けちゃいますよ(笑)母子二人の質素な夕飯、たまにはよいものである。

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