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名称未設定エントリ 今日の雑感

マーラーベートーヴェン五味康祐さんと黒田恭一さんと僕とバックハウス

初春の街並み - 足利

初春の街並み :
 M6 + SUMMICRON M35mm F2.0 露光時間 1/1000sec. f/11.0 + 1/2 Kodak ULTRA COLOR 400UC

  • 昨日もこの写真の様にピーカンだった。ピーカンの青空こそ死者との別れに相応しいと思うようになった。今年は自転車でこの町に訪れることが出来たが来年はどうだろうか?写真もまた自己の世界の投影だ。

 昨日叔父の遺体と対面してきたことを書いたが、遺体との対面の時に思い浮かぶ音楽にはベートーベンのピアノソナタ 第32番 ハ短調 作品111の第二楽章の他にマーラー交響曲 第9番第四楽章・Adagio がある。前者が個人的な対面に相応しい曲ならば後者は出棺の際の観音経と会葬者の嗚咽とオーバーラップしていく圧倒的なスケールがあるように思う。もともとこのアダージョ、僕的にはベームウィーンフィルが好きなのだが遺体との対面というシーンではもう少し緻密なカラヤンベルリンフィルが合うように思う。最近では新鋭のクゥルト・マズラー、ニューヨークフィルの重厚な中に悲しさを投影したような演奏がとても気に入っている。

初参りの出店

初参りの出店 : M6 + SUMMICRON M35mm F2.0 露光時間 1/500sec. f/8.0 Kodak ULTRA COLOR 400UC

 ここ数年、本当に身近な人たちが良く逝ってしまう。筑紫さんは別に身近な方ではないのだが「病を得て」という遺稿の言葉に急に身近に感じたのは法華経の「我仏を得てより(自我得佛来)」に因るところも大きいかも知れない。法華経も又マーラー交響曲のような壮大な叙事詩である。ところで昨日も触れたベートーベンのピアノソナタ 第32番 ハ短調は今は亡き五味康祐さんの最愛のピアノソナタでもあった。オーディオ誌『ステレオサウンド』のオーナー原田勲氏によればその五味さんが最後に聴いたレコードがバックハウスのベートーベンの32番 ハ短調だったそうだ。

倉のある家 - 足利

倉のある家 : M6 + SUMMICRON M35mm F2.0 露光時間 1/500sec. f/8.0 Kodak ULTRA COLOR 400UC

 バックハウスの32番、僕もこの上なく好きな演奏だったが持っていたのは晩年ステレオ再録のLP版で残念ながらCDは持っていない。この演奏、Amazon のレビューでも賛否が分かれ興味深いが音楽を聴くと言うことは極めて個人的な行為だからそれぞれの解釈とのめりこみ方があっても良い。五味さんなどはタンノイ派だったろうけれども黒田恭一と菅野沖彦の対談を読みながらクラシック音楽に夢中になった僕などはJBL派だからこれとて同じ演奏家の同じレコードでもまるで正反対の音を作る。若い頃は自分の流儀で他人を言い負かして面白かったが齢を重ねるにつれ自分の流儀を他者に表現することを慎むようになた。慎むと同時にそういうことをする人を批判的に見るようになり嫌悪することすらあったものの、それがまた歳をとって絶賛もケチョンケチョンにこき下ろすのも、たとえ自分と正反対の感じ方でも許容するどころか楽しめるようになってきたから不思議なものだ。

 32番ハ短調は大好きでその後も機会があるごとに手に入れようと思うのだが好きなピアニストが28番までは録音してくれるものの続きがなかなかでない。そうしたらさ、iTunes Store に イエネ・ヤンドー (JANDO, JENO)というハンガリー出身のピアニストの作品が第1楽章と第2楽章それぞれ違うアルバムで出ていた。思わず買っちゃいましたたよ、ポチッと。ハンガリーのリスト音楽院の教授を務める学究肌の人で風評は幅広くいろんなジャンルをこなすけれども個性があまりないと言われる。アシュケナージに似ていると2ちゃんねるに書かれていたが聞いてみてフムフムなるほど。だけど個性が無いのは他人の演奏に左右されず譜面から読み取れる情報を忠実に再現しようと試みている証なのかも知れない。

 バックハウスの様にベートーヴェンの内面に入り込んでいくのも一つのスタイル。だけど譜面以外の情報を遮断して演奏するのも一つのスタイル。第二楽章の美しさは人が変わっても依然として数あるピアノ曲の中ので一二を争う美しさであることには変わりがない、少なくとも僕にとって。バックハウスは最後の演奏会でベートーヴェンピアノソナタを途中でやめてしまいシューマンシューベルトの小品をいくつか弾いた後救急車で病院に運ばれて死んでしまう。そのレコードのライナーノートをバックハウスの32番をこよなく愛した五味さんが書いている。そして五味さんもベートーベンと同じように耳に障害をお持ちで、その時のバックハウスの体調は最悪だった。そんなキーワードを繋げながらのめり込んでいける音楽とは極めて個人的な自己確認行為だ。

 そうして聞き手の世界に構成される美しいメロディーは、しかしまた違う世界に切り替えてもまた違う楽しみかたが存在することを、あるいは音楽を聴くという行為が極めて多様で個人的なものであることを イエネ・ヤンドー の32番は聴かせてくれるのである。音だけの世界が創りだしてくれる自己を包容する映像。音楽の醍醐味。

♪BGM while writing

  iTunes Store(Japan)Jeno Jando~~
 Piano Sonata No. 32 In C Minor, Op. 111 - 2. 
 Classic@comics Vol. 2: Classical Masterpieces In Comics