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封印していた仏教をちょっと書いてみました

仏教

iPhone で撮影し iPhone で投稿した iPhone なエントリ、名付けて曰く iBuddhism←アホか!オレ

id:antonian さんのところから頭によぎったこと

f:id:kumarin:20090203131406j:image:w500

今日 iPhone で撮った写真:

  • 自己を知ろうとするとき自己はスルリと背後に廻りこんでしまっている。カメラがカメラ自身を撮影でき無いように。ならば神の背後に回りこんでみるかってんで...

 昼食でもご一緒にという申し出を固辞して訪問先を一旦あとにすると、1時間後の約束までどうして時間を潰そうかと思案しながら駅から上がってきた坂道を下り始めた。どこまでも抜けるような青空と西のほうから幾重にも織り成してその青を覆ってしまうかのような白と灰の雲。その動きはあたかも一寸顔を出した春にまだ早いぞと冬が牽制しているかのように頬を刺すような冷たい風を吹き降ろす。

 何も商う様子の見られない住宅街の坂を下る途中に僕は朽ち欠けた看板と真っ暗な店内が覗きながらも軋んだ扉のガラス窓に「営業中」の札をかけた中華屋を見つけてとりあえずここで昼を取ってしまおうと暖簾をくぐった。別にこんなところでの食事に何を期待するわけではなくただ空腹を満たせれば良いと考えたものの、茶を運ぶ老婆の笑顔だけが救いでカウンター越しに見える老婆の伝える僕の注文を幾度と無く聞き返す調理を担当するであろう腰の曲がった老主人のあまりに汚れた白衣と前掛けに僕は失望した。

 暫くして出てきたサンマー麺の麺は日中でも暗い照明のせいか異様に青く、汁も濁ってぬるく、餃子はよくある端正に並び焼き目に溶け出た米汁の焼けた薄皮がつながるものではなく大きな三日月型が無造作に山盛りされたものであった。僕はいささか今日の昼食を呪う気持ちにさえなったが、思えば今日ここへ出かけてきたのも本来あまり気乗りがしたものではないのに、かといって「あなたが行くのが一番ふさわしいし適任だ」という多勢にむぜいに敢えて積極的に反論するでもなく押し切られてやってきた僕自身の責任に帰すると諦めれば気が楽だった。

 それでも今本時娑婆世界、ここで身体の異変も無く食事が出来るということにこの1年の身体の不調に苦しんだ時に比べれば感謝の気持ちさえ出てくる。あと必要なことはこの目の前のものを残さず平らげるための気の利いたガラムマッサラ、つまりスパイスだった。そこで僕はポケットから iPhone を取り出して はてな touch でお気に入りのはてなダイアリーを読むことにした。

 ブックマークの先頭は id:antonian さんの「あんとにあん備忘録」だった。そして彼女のエントリにそのまま引き込まれることになる。「はてなには宗教語るヤツがいない」と題していくつかの他のはてなのエントリをリレーしながら彼女が「シューキョーを一般人に判るように書」かない理由が述べられている。それがいかにも「シューキョー」の中にいる方の「シューキョー」を黄色い目で見られてしまうか否かの境界線に遊ぶ、しかもその遊ぶは「Play」ではなく「普く法界に遊ぶ」の遊ぶの心持が伝わってきて妙に面白かったのだ。

 さて彼女のリレーエントリもついつい興味深く楽しませてもらった。id:touryuuuan さんの「仏教史の基礎知識は、なぜ広まらないのか」に中山正和氏が『法華経』を釈尊の死後「初期にまとめられたもの」と信じ込んでいた。という id:ajita さんの引用のくだりがあった。中山正和氏ほどの知識人が信じられないという論旨なのだが、これは僕と彼らの世代の違いだろうか。僕にはあまり不思議なことには思われない。むしろこんな時代まで天台の教相判釈が生きている!という想いが募る。法華経に依拠する新興宗教教団が俄然多い日本ではまだまだ生きている認識ではなかろうか。

 そしてもう一方、id:ragaraja さんのエントリには ajita さんとの大乗経典の位置づけをめぐっての論争まで登場する。ajita さん、相変わらずなところがあるが、かといって彼には宇宙大に膨れ上がってきた大乗の仏教文化にシンパシーを感じてくださるるところもある。なにしろ彼は先日書いた祖父の寺の灯篭流しに喜捨と回向をしてくださるようなところもあるのだ。あれほどまでに大乗を否定的に書かれるのはテーラワーダの広告塔としてのお立場とご自身への訓告なのではなかろうか。内部でどいうお話をされているかは分からないがスマナサーラ長老は外部へ向けてはあれほど大乗に敵意をむき出さないので(お話の節々には皮肉めいておっしゃるところはあるけれども)おふたり合わせてよいバランスだと思う。そもそもいにしえの旧来から分派していった仏教教団はいわゆる大乗、小乗を問わず論敵を仮設した文献を残しているのだから。

 さて部派→大乗という流れだが僕自身はこれが仏教という流れに収まるものではないと思っている。いわゆる大乗の特徴とされ、大衆部が発端とされる先祖回向や仏塔信仰、遺骨信仰も今では説一切有部、法蔵部などにもみられたことが発掘文献から明らかになっているし唯識は教量部をその発端とする。そして大乗と、あえて言うなら小乗の対立点を浮き彫りにさせるとき、そのバックグラウンドに黄金色の大地に深く根を下ろしたヒンドゥをみなければならないと思うのだ。ヒンドゥの古層に無意識に意識されるもの、太陽、夜明けの日輪、上昇する日輪の軽さと上昇しない砂漠と岩と、緑が点在する大地と褐色の水を湛えるガンジスの重さ、それらが幾重ににも織り成す黄金の羅紗のような風景。信仰と道徳とが人々の意識に美を創造し、そこで意識された美が言葉を尽くして詠唱や経典を荘厳する。

 いまでもベルナスの街は無数の人々に溢れ、日の出とともに人々はその日輪の輝きをわが身に取り込むように希求して腕を伸ばし、やがてひれ伏して祈る。その雑踏には昨日からの死者の葬りの炎が醸し出す肉の焼け爛れた匂いが残る。夕べを思い返せば赤、白の死装束に包まれた屍が焼けながらもんどり打つように重ねた薪の塔から崩れ落ちるとき、焼け残った頭蓋を竹ざおを持って焼き場を徘徊する隠亡師が突き砕く。やがていささか人間の形を残した真っ黒な屍は次の屍に焼き場を譲るべく蹴り込まれてガンジスのみずもに浮遊する。そのガンジスの水は聖水として翌朝には真鍮の水器に取られ礼拝する人々の額に塗られる極彩色の宝泥を溶くのに使われる。

 ここには生と死がいかにも連続し共存している。転生する主体はすでに屍には存在せず日輪とともに宙に浮遊して次の生存の肉体の受胎を待っている。四大は分離していずれのところにか去る。雑踏と叫びと喜びと悲しみとが幾重にも重なって時間を形成し、それはあたかも永遠不滅に繰り返される神の営みのようだ。そしてヴィシュヌ神も魚、亀、猪、人獅子、矮人、斧を持つラーマ、ラーマ、闇、ゴータマ・ブッダ、時間と変化しつつ人々に手を差し伸べる。これらの織り成す意識の古層の美意識が仏教にもひたひたと入り込み形容と荘厳に使われ、これらの織り成す無意識の習慣が仏教にも再び取り込まれた。

 ただひとつ、ヒンドゥと一線を画し仏教が仏教たり得たのはいかなる詠唱にも、律にも、経典にもその話し手としての人、ゴータマ・ブッダ、釈尊、お釈迦様が想定されていることだ。話し手としてのブッダが想定されればそこには話し手の意図が想定されてしかるべきで、説一切有部からダルマ・キルティまで一貫して意識されたアーガマの了義・未了義による選択・峻別の思想は初期仏教から大乗までに連続した思想として見いだすことが出来るだろう(*1)。有る時期仏教とは「仏の説いた教え」と「仏になる教え」の対立軸が議論された時期があった。しかし僕は仏教とは「仏が説いた仏になる教え」だと思う。そしてゴータマ・ブッダと出会ってコペルニクス的に人生を転回し得た人の語るあまりにも美しく感動的なブッダの人間像。

 だからこそ仏教はブッダの言うように人生を転回し得た人も、ひたすらブッダへの憧憬を描き続ける人も巻き込みながら連綿と続き肥大発展してきたのだ。初期経典の話し手としてのブッダの意図が人々も自分と同じように仏になる教えにあることは明らかだろう。ブッダは仏になる方法を懇切丁寧に説いている。しかしそれでも資質が、くいぶちが、環境がとそれぞれの理由は様々であろうが、都市化と貨幣経済が推し進められたヒンドゥの時代を背景に、自ら仏を得ることを許されない人々は出家、在家を問わず沢山いたことだろう。それが回向の思想へと連なっていくのだ。人は自分の力で目標が達成できないとき、祈るのだ。たとえ自分には無理でも僧侶に代わりに修行してもらい喜捨してみずからも仏を得て生老病死も怒りも執着も悲しみもない平穏な心を持ちたいと願う。その痛切な願いとブッダへの憧憬とヒンドゥの意識の古層の美が結びついて大乗経典は成立している。大乗の菩薩は話し手であるブッダの意図として法の人格化の方便であるというのは僕としてはこれで納得できるのである。

 テーラワーダがアショカ時代に西インドへ逃れた教団以外の仏弟子たちよってまとめられた経典群の派生として南方分別説部の流れにあることは touryuuuan ragaraja (*2)さんの指摘の通りであろう。つまりテーラーワーダはその流れの中に前述のような大乗の萌芽を持たず、かなりの年月を経てから宇宙大に膨れあがりおのおの土地で適者生存しながら変貌した大乗とエンカウントしたんじゃないかと思う。特に ajita さんの意識の中では。そりゃあ、やっきになって否定するんじゃないですかね。

 実際のところたとい鎌倉仏教の教団に属していたとしても廻りに死者以外に仏様はいない。教団そのものが仏であるということを過去の先達の偉業に押しやってしまっている。恐れ多くも賢くも自分を仏だという方はいらっしゃらないんじゃないだろうか。過去の先達の偉業はベルクソンじゃないが単に先達の偉業として自己を押しつぶさない純粋持続の無意識に押し込まれて自己に襲い掛かってくることはない。禅宗が一度、宋や唐の時代に仏を量産したけれどその禅宗とて今現在、仏であることは先達の偉業になってしまっているように見える。ところがスマナサーラ長老は教団の中でまさしく仏様なのではないだろうか。これは揶揄ではなくテーラワーダの伝統と教えでは当然そうなのじゃないかと思うのだ。故に ajita さんと僕の大乗に対する温度差は大きくて当たりまえだと感じている次第。

 とまぁ、お昼休みに拝見させていただいた あんとにあん・備忘録 とリレーエントリで思い巡らした個人的な感想。もちろん一般人に仏教を分かりやすく説くような内容にはなっていない(自爆)

PS:訪問先での結果を職場に報告して、薦められるままに酒まで飲んで帰宅しました。ragaraja さんと ajita さんから素早くコメントを戴いてちょっと驚いています。とりあえず iPhone からの不自由な投稿で直せなかった文脈を直し脚注を加えました。こまかなことはお二人へのコメントで…

♪BGM while writing

*1: この辺のところはもう大分前になるけれど石飛道子氏と対話しながら書いたようなエントリがあるので興味を持たれた方はご参照下さい。→くまりんが見てた!Part III

*2:ragaraja さんにコメントを戴いてちゃんと見直してみたらこのように述べられているのは touryuuuan さんでは無くて ragaraja さんでした。大変失礼いたしました、お詫び申し上げます。んで昼間 iPhone で書いたときは ragaraja さんが述べられるままに「上座部スリランカ部派」と書いたんですけどうちに帰ってから佐々木閑博士のご指摘、説一切有部からのフィードバック(ミリンダ王の問いのナーガセーナは説一切有部の僧である)を加味すれば南方分別説部と呼ぶ方が好ましいと数年前からこの手のテキストで 使っている南方分別説部に書き換えました。