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flickrのスライドショー共有機能

julian さんの不幸と引き替えに知ったよ、この機能

Trek 7.6 FX

 コメント欄見たらもうクラクラ目眩がしそう(笑)んでちょと話題変えて、たまたま julian さんの ツレヅレ DiGiPhoto blog Ver.2RSS 配信のトップに来ていて、理由は更新されたわけではなく先日 julian さんがもうホトホト困っていたスパムコメントが更新順位を押し上げていていたわけ。相変わらず『裏ビデオ好きのマニアックなプレイも此処なら選び放題。』なんてコメントでそんなのがビシバシ来たら嫌気がさしますね、ご心労お察しします。その点うちらはてな村はそういうのからは保護されていて楽っていやぁ楽。その julian さんのエントリは昨年12月のもので flickrのスライドショー共有機能 のお話し。へぇ、こんあ機能知らなかった。julian さんの不幸がこちらのラッキーに繋がって皮肉って言えば皮肉。

 ところがわがはてな村SPAMコメントやらからはしっかりガードされているけどその代わりに<script><object><embed>タグが使えない。だから julian さんのところのようにサイトのページ内でのスライドショーの再生は出来ない。まぁだけどスライドショーへの導入方法としては訴求力がありそうなので形だけマネしてみた(笑)それでまずは Trekクロスバイク 76FX の写真集。なぜかというとうちの flickr の写真の中でダントツの人気はイヒョリでもにちょけんでも草川祐馬でもなくこの自転車の写真。こっちがカメラを趣味にして少しでもゲージュツ的な写真を撮ろうと頑張った手オーディエンスの望むものは自分が欲しいと思うチャリンコのスナップ写真。こんな現実にガッカリするほど僕は若くないのでここは素直に見やすいようにスライドショーのアルバムにまとめて見た次第。

 自転車のグレードとしても、勿論品質だって性能だって今のメインに使っているおなじ TREK の Elite 9.9 SSL 通称 ERIKO のほうがよっぽど良いのにオーディエンスは ERIKO にはあんまり関心が行かないみたいでもう一台の Bianchi Camaleonte のほうが人気があるから不思議。まぁこのサイト、仏教はこの数年封印していたせいかアクセスのキーワードでトップは自転車、その次ぎにカメラだからそれはせっかく訪れて下さる方の為にまずは自転車を記事も写真も充実させるか。その自転車のおかげで僕は脳梗塞をなんとか乗り越えた。だからといって三度の食事も就眠時間もしっかりコントロールしないと身体は直ぐ不調になる。けれど自転車のおかげで体脂肪も減って脳内動脈の血管脂肪も摂れてきて、肉はもう基本的には食べないけれども魚くらいはなんとか食べられるようになった。煙草も酒も飲まじ喰わじ。

 そのおかげか強烈なのは体臭がすっかりなくなって靴下なんて洗濯しなくても3日履いても臭くならないし、血圧はすっかり下がって高校生のころ並になって体重も同様なんと26kgも減って中学3年生に逆戻り。これも自転車サマサマで寺にいるときよりもよっぽど坊さんらしい禁欲的な生活。昨年の夏頃だったか家にいるときは暑いので薄手の作務衣で過ごすのだけれどそれをみた女房殿は「パパは貧乏な禅僧みたいになったわね」だと。だけどその「貧乏な禅僧」というのは僕にとってはほとんど褒め言葉だった。だって禅僧なんだものね、一応。だから個人的な思いとしては「ムー、ムー」と切り込んでいってなーんにも執着しない、まるで川の上流から紅葉が一枚流れてきて美しいなと思っても、流れ去るあとは追わじ追わじ。紅葉が無くなったきらりとゆらめく水面をみてまた美しいと思うのが好き。

コメント欄見たらもうクラクラ目眩が…(笑)

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アフガニスタン内戦後のハッダ出土の壷形土器と壷の肩部に水平2行に記され墨書寄進文

  • こちらの翻訳はワシントン大学サロモン教授と富山大学小谷教授の共同作業。ハッダ出土の土器は4点ありそのうちの一つは化地部の名前が記されておりもう二つには「この水壷は四方僧伽において、説一切有部(Sarvastivadins)の諸師の所領として寄進」と墨書されていた。(*1)写真[大英図書館収蔵]も同論文からの転用)廻向概念はインド仏教の輪廻説にもとづく業報因果の宗教観と矛盾するところがあるので廻向儀礼は大乗仏教の興隆とともに新たに発達してきたものと考えられてきたがこれらの発掘品の推定年代、そして根本説一切有部律などと照らし合わせると既に部派教団の利他行として執り行われていたことを示唆する。これが少しは ajita さんの援護射撃になるか?(笑)

 で冒頭のコメント欄の話に戻るのだが、大乗の人がどんなに仏教を解釈してもそれは自由だし結構なのだけど、そのアンチテーゼにありもしないことを小乗に仮設するの見て「やめろよ!」と id:ajita さんが怒るのはとても理解できる。タイやビルマスリランカ、あるいはネパールなどの人に文化と習慣で僧侶に合掌しているんでしょ?なんて言ったら、相手が仏教だからたぶん笑われてすむけれど仮にイスラム教だったら殺されるかも知れん。id:ragaraja さんももう少し冷静な方だと思ったが…

 たしかにジャータカが大乗に与えている思想的影響はおしゃる通りだと思う、だけど大乗は古いジャータカから苦行によって清浄なる魂を得るようなインド古来のヒンドゥ的な如来蔵に連なる思想ばかり持っていって一切智者としてのお釈迦様のお話しはあんまり持って行ってない。そしてジャータカが大流行したジャータカーマーラーへ発展していきその思想が大乗経典にまぁまるで禅の器から器へ移されるように流れていくのはその通りだとしても両者の間に介在する部派の律文献とアヴァダーナの役割にまるで関心が払われていない。律とアバダーナには大乗経典の形容句の用法や反復などこれをパクたっとしか言いようのない文脈に溢れているのだ。そもそもジャータカブームは部派の法師たちが商人や王族に提唱、吟詠したアヴァダーナの影響は無視できませんよ。

 部派の僧侶しか知らない語句がどうして大乗経典に散りばめられているんだろう。しかも当時のインドは既に都市化と貨幣経済が発展しだしている。そう言う中でどんなに民衆に求められた思想でもそれが運動として形を残していくのには誰かが経済と方法論でマネジメントしなきゃ維持できないと思いません?リレーフを彫った仏師だってタダじゃやらないし(←いや、やる意志はあっても喰えんでしょ)、リレーフやスト=パの形状は、そりゃ思想はジャータカかもしれんが細かな規定は律の通りに作ってあるじゃないですか?それを踏まえればやっぱり仏教の専門家たる教団が主導しなければ発展しえなかったと思いますよ。僕だって一禅僧とすればこんなことは認めたくはないのですが(笑)

 で ragaraja さんから4個目の長いコメントが付いたときもういちどアヴァダーナや律についてコメントでお応えしようと思って、言葉の足りなかった部分のお詫びといささかのテキストを用意したのです。そうしたら ajita さんからまたコメントがついて、 ragaraja さんからトラバ。 ragaraja さんのエントリも拝見してもう目眩でクラクラしました(笑)←決して悪い意味ではありません。言葉が足りなかったのは事実ですが僕はアヴァダーナと律の介在は当然踏まえるべきだと考えていたのでその対象に含まれる商人、仏師に触れなかったのです。バッサリ切ったつもりはなっかたのです。だからコメントは止め。仏教についてここ数年取り組んでいるのは唯識で初期大乗はすっかりご無沙汰なのですが出典と参考資料もあげた簡単なアヴァダーナと律のテキストを昨日のコメント用に用意したものに少し肉付けして近いうちにアップします。

♪BGM while writing

 

*1:→出典『富山大学人文学部紀要』第38号 小谷仲男:ガンダーラ仏教における廻向儀礼