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勘太郎の「道元」見てきました

大悲と威儀の人、道元の感動的物語

GINZA

GINZA サンスカーラ : D-LUX2 : Leica DC Vario ELMARIT 28-105mm F2.8-4.9 Arranged with PS3

  • この写真を見てなんか変な構図だなと気がついた人は観察力が豊かだ。そう普通のカメラやレンズではビルはこのようには写らず、先細りで写る。建築写真用のシフトレンズで撮るかあとでPS等のソフトウェアで修正するしかない。でも気がつかなかった人が別に劣っているというわけではない。人間の概念で言えばビルの壁は基本的には地面に垂直に立っているのだから人間はそう刷り込まれてそういうつもりで見ている。そういう風に見ることがすでに心の中に準備されているのだ。だから不自然に見せないために建築写真はシフトレンズを使って人間が「見たいような形」で撮るのだ。そのように心に刷り込んでいること、薫習することをサンスカーラと言う。漢訳仏教で「行」という字を当てているものだ。ある期待する形が準備された心で見たいように見た対象は実在する対象ではなく見る人の心、つまり識でしかありえない。そこで仏教ではサンスカーラを滅せよという。ところがちなみにサンスクリットの原語はサンスクリタでサンスカラーラの過去分詞。薫習、準備が整ったという意味だ。つまりサンスクリットとは準備が整えられた力を持つ言語という意味なのだ。

 昼間は再び自転車で梅の撮影に出かけたが、途中雨にも降られてしまたので明るいうちに帰り一風呂浴びてから銀座へ出た。気分を切り替えて、ほんとうは今週中の平日には見ようと思っていた映画「禅 ZEN」を見ることにした。行ってみると思いもかけず毎月1日はファン感謝デーだそうで1000円で見られた!ラッキー!で以下、感想。ただしあくまでブログの雑文というか日記の記事なので僕が個人的に常識だと思っていることはいちいち解説も註もつけない。それゆえカテゴリーは「仏教」ではなく「映画」

 齢を重ねて涙腺が弱っているせいか最初から泣けた。こんなに涙が溢れた映画はたぶん、ほとんど始めてだと思う。道元の母・伊子が幼い道元に言い遺す言葉。その時の幼いながらの無常感がその後の道元を決定付けたと思うとは秋月龍(王 + 民 みん)老師も良く仰っていたし道元の伝記としては不可欠な要素だとは思う。ただし伊子の「死んで極楽に行っても云々・・・」は文字として法華経法華経といわなかったけれども、修行者としてのあり方としては当時天台で理解されていた法華経思想を日蓮よりも深く理解し推し進めた法華経授持の第一人者としての道元を印象付ける挿入(←それがまた泣ける)だなと思うのだがなにしろ製作総指揮が大谷哲夫駒澤大学総長だから当ったり前と言えば当たり前なのだがポイントの抑え方は見事。映画全体を通して「法華経(娑婆即寂光土、唯仏与仏など)」「愛語」「縁起」「正伝の嫡嗣」「威儀即仏法作法是宗旨」「只管打坐」といった道元の思想はよく表現されていると思う。そしていかにもという禅臭をまったく排除したことが映画をとても爽やかに仕立てている。

 最初のうちシーンが移り変わることに輝く雨の雫がクローズアップされるので、そのたびに

聞くままに心なき身にしあれば己なりけり軒の玉水

 が勘太郎の朗読で聞かれるのを期待してしまったがそれはならず。というのも内田有紀さん扮する「おりん」に道元が「いまのままであなたは充分にきよらかだ」と言うシーンがあってその台詞の「きよらか」という言い方の愛語能く廻天の力あることを学すべきなりそのままの寂静な物腰と言葉で指し示すにあたる力強い決意(その前の形容詞「充分に」が「なにひとつ不足なく」と聞こえるくらいに)とに、威儀即仏法作法是宗旨が余すところなく一切が表現されているようで感動したから。さすが歌舞伎役者なんだがそれをも突き抜けようとする勘太郎さんの職業意識にももう一度感動してここでも涙が溢れた。そんな貫太郎さんによる「聞くままに~」を期待しちゃったわけ。

 その内田有紀さんだがもうキサーゴータミーとアンバパーリーを二役掛け持つ大役で物語の理解のしやすさのみならず道元の優しさと厳格さをさらに引きだす効果も受け持って素晴らしかった。「北の国から」からまた一皮向けて良い女優さんになったね。雨が降っているからと法界定印を掌で雨宿りさせながら坐禅する子供に(これは良寛の話じゃなかったっけか?)頷くシーンは、台詞とは裏腹に「仏さま」に近づいていく「おりん」のともすれば教条主義的に一途になりがちな心の変化を教条主義からサラリと開放し禅者の自由さをみせた演技と高橋監督のウイット。これ僕には創価学会に対する圧倒的な嫌味に見えるのだがたぶん頭の悪い創価学会の人はなんのことかわからないだろうと思うとここだけは笑いがこみ上げてきた。

 物語りの流れのなかで、逆に言えばそれ以外どういう言い回しをすればよいのか(南無阿弥陀仏の方がよっぽどマシだぁ!とおりんが叫ぶくだり)ということになってしまうけれども道元ってこんなにストレートに如来蔵思想の持ち主だったろうかと思うところもあった。まるで大慧派の和尚さんか?一休さんか?という台詞。これは洞門でも例の十二巻本発見の後論争になっているようだから旧来の解釈でも良しとされたのか?と理屈は兎も角、このシーンでもはっとわれを振り返りながら心を変化させていく「おりん」には泣かされてしまう。それと対比するように時頼を相手に善因善果、悪業悪果の縁起と「無常忽ちに到るときは国王大臣親従僕妻子珍宝たすくる無し、唯独り黄泉に趣くのみなり(こうは読まなかったけれども)」と道元の死生感を説くシーンもあってこれは臨済系の道場に参禅する高橋監督と大谷総長のストーリー作りの駆け引きが見えるようで興味深い。もしかすると先の「聞くままに~」は二度やると如来蔵思想をオーディエンスの心に薫習してサンスカーラ(冒頭の写真の解説参照)になってしまうからやめようと大谷氏が言ったとか(笑)

 映画としてのできばえは素晴らしかったと思う。僕的にはベストの部類に入る。厳格な人道元より「われらと苦楽をともにしてくださる」大悲の人「道元さま」に打たれた。ラストの座禅堂で懐弉が見せる涙に動揺する大衆(だいしゅ)。どよめく堂内を寂円が「座禅を続けましょう!」とハンベソで激励する。「わたしの葬儀にかかずらわるな!怠ることなく励みなさい!」と言い残したお釈迦様の命にもかかわらず、アーナンダばかりかマハー・カッサパまでもがかかずらわらなければお釈迦様の葬送の儀はなし得なかった。これはインドの僧伽も最後は人情を退けることが出来なかったことを意味する。いまや大乗の雄である曹洞教学の頂点大谷氏はそんな史実を想定しているのかもしれない。厳格さの中にも機敏に人情に絵通する僧伽を描いて見せられた。だから泣ける。道元の死を京都まで持っていかず(それは暗黙の了解)、なんとなく永平寺で完結させてしまったのも、この物語に貫かれる、祖師位に昇っても娑婆世界で活き活きと働く生の人間・大悲者道元の物語を完結させるためだろうか。

一日一チベットリンク

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