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大韓仏教曹渓寺

歴史散策

庶民的で敷居の低い参加型仏教?

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 すごく活気があって圧倒されました。信者参加型の寺院という意味で雰囲気としては日蓮宗本山寺院に似ています。信者たちが広く取られた須弥壇の前座でそれぞれに自分流で五体投地、合掌礼拝、瞑想と仏さまへの対し方はそれぞれですが皆さん真摯に信仰に参加しているとでもいうような印象でした。身延山久遠寺はこちらの瞑想の代わりにお題目ですが庶民的、敷居の低さという点では共通しています。そして在家の信者さんばかりでなく全国を行脚する僧の姿もとても多い。連れ立った尼僧さんのグループも多く見かけました。

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 実は曹渓寺、曹渓宗大本山でその宗旨は直指人心見性成仏、看話禅の話頭(臨済宗の公案)の参究にあります。日本でいえば臨済宗ですが雰囲気はなぜか日蓮宗に近い感じがします。これは日本の臨済宗が主に武士に支えられてきて非常に格調が高いイメージがあるのに対して韓国の曹渓宗は庶民にも支えられてきたからかもしれません。それと滞在中にずいぶん見ることになったのですがこの宗門の 鷲棲寺 無如禅師 という方の法話や座禅指導がテレビで放映されていました。仏教の側の思想を伝えようとする努力が外国人である私も伝わってきました。韓国は儒教の国でキリスト教も強いようですがリーマンショックの経済不況以降多くの人が寺院を訪れるようになったと曹渓宗は述べています。韓国ではまだ仏教は本来の苦を取り除く生きるための思想として認識されているのかも知れません。

 日本の法華信仰はある種庶民的な生きる力の思想として働いてはいると思います。が教条主義的なセクト主義になりやすい危険さと危うさを併せ持っておりそれが現に新興宗教の発展の力にもなっています。対して韓国曹渓宗への信仰はむしろ自己とはだれか?という問いと疑義から始まるので排他的なセクト主義の印象は感じられません。庶民のための禅とでもいいましょうか。これが一概に良い形とはいえないかもしれませんが日本の仏教の明日を考えるとき学ぶことはたくさんあるように思いました。余談ですが裏通りに面している大きな食堂の活気にも驚きました。お坊さんも信者さんも一緒になって配ぜんの順番を並び椀を受け取ってそれぞれが食卓について食べています。日本の臨済宗の食事とは大いに違いまるで街の食堂でみんなピーチク、パーチクやってますが。食前食後の合掌礼拝だけはそれぞれきちんとされているようでした。