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写真なんて

適当に楽しんでいればいいのだ

Recollection to 70’s I
Recollection to 70's
LX + XR RIKENON 1:2 50mm SME f/2.8 1/15sec. Kodak SUPER GOLD 400

 最晩年の木村伊兵衛はもう家路につくことのない病院のベッド上でライカフレックスのファインダーを通して窓の外をしきりに眺めていたそうである。そして晩年のブレッソンは再び鉛筆を握りデッサンへと向かう、まるで自らの手で映像を描くことで写真との別れを愛おしむように。写真が自己の実存そのままだった人たちの写真との別れはそれでも達人であり天才であるからこそ一つの諦めととともに穏やかな様相を呈している。写真はその本質を知れば知るほど撮影という行為の重圧が写真家を押しつぶそうとするのだ。そしてその重圧に押しつぶされずにはねのけむしろその重圧と共存すること楽しむことを許されるのはホンの一握りの天才だけなのである。

Recollection to 70’s II
Recollection to 70's II
LX + XR RIKENON 1:2 50mm S ME f/2.8 1/30sec. Kodak SUPER GOLD 400

 なにいってんだ!おめぇは!と思われる方は安心されるが宜しい。そういう人はまるで40になるまで女遊びなどしたことの無いような男が若い愛人に入れあげ家族を捨て破滅の道を歩むように、写真というあたかも性行為に似た快楽と希望と落胆にみちた危険な行為に嵌ってしまうことはない。なぜなら彼は自己の存在を賭けて若い娘に対峙することが無いように己の実存を賭けて余りある写真の本質を見ることがないからである。危険なのはいささかな映像表現のセンスは持つものの才能などにはほど遠いまるで僕のような写真愛好家の人々である。ほれ #teamfilm のそこの君もだw/

Recollection to 70’s III
Recollection to 70's III
LX + XR RIKENON 1:2 50mm S ME f/2.8 1/15sec. Kodak SUPER GOLD 400

 森山大道が「写真よさようなら」と言って暫く写真を撮らずそれでも復活して今あるのは彼が天才だからである。荒木経惟森山大道がお互いの初対面の印象より互いの写真集を見たことの方が強烈だというのも然り。この二人はまるでカメラなんていう道具に拘らず自由に楽しみながら写真を撮っているが、その楽しみながらが僕ら凡人とは次元が違うのである。なにしろ写真なんて時代の断片のコピーに過ぎないんだからオリジナルもクソもないんだよねと笑って言えるお二人である。うまく行かないのをカメラやレンズのせいにしてせっせと機材を溜め込む我々とは次元が違うのである。彼らから見ればあのおそれ多き我らがタナカチョートク大先生だって単なる技巧に優れたライカオタクのオッサンにしか過ぎない(笑)篠山クン、走りだすのはカメラを持ったキミではなく仏像のほうなんだよ!と土門拳も言うじゃないか「今だ!仏像が走り出す」と。

Recollection to 70’s IV
Recollection to 70's IV
LX + XR RIKENON 1:2 50mm S ME f/2.8 1/30sec. Kodak SUPER GOLD 400

 なんでこんなことを言うかというとネットで知り合ったセンス有る良い写真を撮るアマチュア写真家が写真に苦しみ仕事も手に着かなくなって flickr の全ての写真を削除し姿を眩ましてしまったからである。彼はまるで若い小娘に入れあげるように写真にのめり込み苦しみ挙げ句に放り出してしまったのである。その気持ち痛いほど実に良く解る。まさかそのうち遺体で発見されるなんてことがなければ良いと思っている。そんなに苦しむならホントに恋などしなければよいのである。小銭を払って風俗で済ませれば良いのである。ということで僕は今日遂に Leica Minilux Summarit 40mm F2.4付をポチってしまったのである。ながながとつまらぬ言い訳を最後まで読んでくれた貴女と貴男!ありがとうね~☆これは恋をせずに小銭を払って恋愛ごっこの風俗に行くのと同じようなものである。

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