子宮頸がんワクチンのメディア報道、安易な「両論併記」はやめよ

学問的手続きを踏むと言うこと

newspicks.com
僕の友人の元カノが子宮頸癌で亡くなっていて、彼がワクチンを全否定するのでその印象とメディアの両論併記に触れてワクチン禁止は妥当なものだと思っていた時期があった。たまたま2年前くらいにこの話題がメディアで持ち上がりその友人がFBでワクチン全否定の投稿をした時、見つけたのが鈴木貞夫さんの投稿だった。鈴木さんの投稿と関連リンクでワクチン否定論者は学問的手続きを踏んでいないことを知って愕然とした。学問的な手続きが当然であると思っていた医学界ですらそういうことかがあるのか!と。
僕が学生時代に経験してきた東洋哲学〜仏教学の分野ですら信仰を超えて学問的手続きをきちんとした上での通説への反証が常識となってきていたからである。
そしてさらに音楽もそうした手続きを踏まえていくとを知る。今年の春の僕の個展会場に指揮者の曽我大介マエストロが来場いただいて他の音楽関係のゲストとともにいろいろお話をする機会を得た。その時マエストロが良い作曲家と凡庸な作曲家の違い、オペラの解釈と再構成の仕方など、理路整然と先人の前例や解釈などを配しながらお話してくださったけれでも、これは明らかに学問的な手続きを踏んだ話だったのだ。
そしてこのリンク先の憲法学者・木村草太氏の憲法解釈の話。ここでも学問的な手続きをしない解釈はNGであると理路整然と語られる。集団的自衛権が合憲であるなどと言う学者はほとんどいないのにその少数に肩書きをつけて両論併記すると各論が同等の正当性を持つように語られてしまう。
鈴木さんが言われるように『エビデンスが大きく異なることに両論併記はおかしいと思います』というのは全く賛成だし、できれば一人でも多くの人が感情や好き好きに惑わされずに学問的手続きということを考えながら物事を判断してほしいと思う。その点では政治家や宗教家が一番ダメなのかもしれないけれど。

ちなみ鈴木さんは元はといえば音楽つながりの友人。名古屋市立大学の医学博士であることはたぶん後から知ったと思う (^_^;A

『【硬派認定】私も,科学でエビデンスが大きく異なることに両論併記はおかしいと思います.
対談の最後に名古屋スタディへの言及があります。
個人的な感想ですが,メディアごとの「クセ」みたいなものもあって,新聞がいちばん硬直化していると思います.論文を書き終わってから,いくつか取材を受けましたが,新聞はゼロです.』