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共産党志位和夫委員長 記者会見全文 「憲法は生前退位を禁じていない」

写真家の水谷さんのFBへ投稿から
『もっともな意見。
読んでみて納得できる考え方だと思う。
しかし天皇陛下のお気持ちをしっかりと受け止めているのが共産党って!
時代の流れは、時々不思議ものを見せてくれるなぁ~』

www.sankei.com


産経が志位さんのインタビューをこれだけきちっと載せた(生前退位には憲法改正が必要というデマゴーグを否定されたのにもかかわらず)のが不思議。

水谷さんのところでコメントしたら伸びてきてしまったのですが人のところで他の方を不快にさせてしまってもいけないので自分のところで書きます。

僕はもともと共産党を組織として信用はしていません。学生の時、革マル派と間違えられて彼らに拉致され暴行を受け救急車で病院に運ばれると同時に公安に事情聴衆も受けました。しかし自分とは違う大学に高校の時の同級生で共産党員の男がいました。そして彼の父親は法政大学の名誉教授で原水爆禁止協議会の理事も務めるバリバリの共産党員。仮にT先生と呼んでおきますが、様々な運動と深く関わり、運動の中から発言された希有な研究者でした。研究・発言領域は、調査統計論、階級構成論、社会政策・労働問題一般、労働運動論、労働運動史、原爆被爆者問題、平和・原水禁運動、・研究者・学生論など多岐にわたりました。

そして、従兄弟に筑波大学の教授をしながら慶應でも教鞭をとる哲学博士がいますがかれは教育大の学生のころから成績優秀なエリート共産党員、僕より5歳くらい上ですがまだ朝日新聞毛沢東文化大革命を絶賛している頃にすでに文革毛沢東のしかけた権力闘争に過ぎず、もてはやすようなものではないこと、終焉後の立て直しが困難であろうことを高校生の僕に語っていましたから共産党同士の情報流通があったのでしょう。

もうひとり晩年は仏教系短大の学長を務めた今は亡き叔父も日蓮宗の僧侶でありながらシリベリア抑留帰りの共産党員でした。そんなわけで組織としての共産党と支える人々とはずうっと交流がありました。

共産党は60年安保を境に暴力革命から議会制民主主義に方針を転換し日本の左翼運動のなかでは最も右寄りで左翼運動の内部で左勢力と対峙していくという構図が生まれました。その時代の指導者は宮本顕治で宮本は新左翼潰しに民青の一部を組織し(ゲバ民と言われました)中核派革マル派、あるいは社会党系の社青同解放派に対して暴力でその運動を潰そうとしながら、表向きは不破哲三に権限を禅譲し議会制民主主義による民主連合政府の樹立ということを言い出したのです。

大学生の頃の僕は戦いで最後の階級闘争へて解放を勝ち取るマルクス主義よりも戦わずに自分とは誰かを諦めるインド哲学に軸足を移動していましたが「人は自分の充足のために生きる。ならばいま何をしなければならないのか?」という人間の出発点はマルクスもヤージニャヴァルキアブッダも共有している出発点だという認識があり、教育大の従兄弟のみならず友人の父上のT先生にもよく論争を仕掛けたものです。僕が当時からマルクス主義にもつ疑問は「自分とは誰であるか自分のことを解決できない人間が徒党を組んで他者も解放しようとする運動は如何なものか?傲慢とは言えないか?」というものでしたがその基本はともかく社会論や組織論など従兄弟やT先生には到底およばない稚拙な知識でも彼らはバカにすることなく丁寧に対話をしてくださった。

日蓮は社会が安定しなければ個々の人の幸せは実現できないという考え方なので叔父が自己の基本は仏教哲学に立ちながら社会運動としてのマルクス主義を受け入れたのはとても理解ができます。しかし運動には組織論がついて回り、当時の共産党スターリン毛沢東に対してその排他主義官僚主義について批判的ではあったものの宮本顕治を筆頭とする排他主義は変わらなかった。ゲバ民を組織して新左翼社会党系に対する暴力はスターリンの粛清や毛沢東文化大革命と変わらないじゃないか?と僕はいつも彼らにぶつけていました。

その時にT先生が言われたのは共産党には日本の社会変革の主たる担い手たる自責と自覚がある。だが目指すのはプロレタリア独裁であって党独裁ではない。民主連合政府と言い出した以上、価値観の違う他者との共存を受け入れ自覚しなくてはなしえない。遠くない将来自己批判をして変革しなければならなときが来るだろうとにこやかに言われた。プロレタリア独裁は党独裁に置き換わってはならないという指摘はマルクスの出発点「人は自分の充足のために生きる。ならばいま何をしなければならないのか?」を押えていないと導き出されませんが、早い段階からマルクスが時代の要請もあってエンゲルスと組み経済学やフランス革命の運動論にその主張の論旨を移行してしまったので運動家の中には運動そのものが目的化してしまっている方がおおく見受けられるのも悲しいかな事実です。

そして多くのマルクス主義批判は借りてきたようにその運動やマルクス主義哲学を組織論として実現できなかったロシア共産党以降の共産党独裁に向けられており、本質的なマルクス批判をインド哲学仏教論理学の研究者の方の口以外から僕は残念ながら聞いたことがありません。

その後、まだまだ全党的にとは言えませんが共産党の内部から戦後共産党の運動の自己批判が見られるようになりました。
ネットで検索すれば現役の議員の方の発言もひっかかるしなにより学問的に考察されているのはペンネーム "れんだいこ氏" の数々の論文です。

志位委員長のことは個人的にはよく知っているわけではありませんが共産党の内部変革を推進してきた方でもあり、ご紹介したような共産党の頭脳の部分は他者との共存や議会制民主主義を非常に重要に考えているのでこのインタビューの文面のように誠意ある誠実な方ではないかと期待しています。共産党はいまの憲法を守るという立場ですし、今回の陛下の発言を多くの国民が理解を示していることを目の当たりにして天皇制を廃止しようとは考えないでしょう。

不破さんがまだ存命なので志位さんはその方向への配慮があって思い切った発言は控えていると思いますが天皇制に対する国民の意思を非常に大きなものとして受け止めている様子が伺えます。政治的機能を有しない天皇と彼らが掲げる民主連合政府は論理上も矛盾するものではありませんがここまで突っ込んだ発言は今までありませんでした。理屈で考えても仮に本当に仮に政権を取ったとしても天皇制を廃止するには憲法の改正が必要ですし、さらに国民投票で問わなければなりません。彼らはバカではありません。憲法を守る立場と論理的無矛盾のない天皇制を残したほうが政権運営と安定にはメリットになることくらい考えるでしょう。

しかし一部の方が指摘するように共産党創価学会と同じくまだ気味が悪いと感じている方が多いのも確かだと思います。10年前に市民新聞JANJANで僕は共産党を気味が悪いと思う人が多いのは自業自得だというような論調の論争をしました。

「どうせ共産党でしょ? - 共産党への言論弾圧についての考察」
http://kumarinx.hatenablog.jp/entry/2005/01/16/dousekyousantou

もう10年以上が経っていますがこの頃はまだ共産党にリンチにあったというトラウマがあって僕は彼らを赦していませんでした。しかしいまは赦しています。人は間違いを犯すのです。いまはまだ共産党が政権を取るのが良いのかどうかはわかりませんが健全な野党としてももう少し議席が増えても良いかと感じました。