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愛人という「不徳」を覆い隠した本間正明氏の「一身上の都合」

単純で分かり易い世界の記述はない

 阪大教授でもある政府税制調査会本間正明氏が官舎で愛人を囲っていたということで辞任した。愛人も大学教授だそうだ。えっへっへ。世間の大学教授にはちょっと悪い気がするがこの騒動にわたしは世間知らずの大学教授という典型を見せてもらった気がする。だいたい大学教授などという人種は自分だけは特別だと思っているのである。大学教授というか研究者という人種は物事を白か黒かで簡単に割り切ろうとはしない。本間先生と同じ阪大教授の菊池誠氏は少し前にブームになったマイナスイオンが体に良いか悪いかということを例に次のように語っている。消費者が問題にするのは体に良いか悪いかと言う単純な答えなはずだがイオンの研究者にそれを問うてみれば体に良いものもあれば悪いものもあるし良いものでも摂取のしすぎは体に悪いかもしれないし何でもないかもしれないそれはイオンの種類にもよるだろうと素人からみればまるで期待する答えとは違う複雑な答え方をするだろう。しかしその研究者にとっては複雑でもなんでもなくただ素直にありのままにイオンの世界を記述しているに過ぎないから彼にとってはそれが単純でわかりやすい事実なのである(以上 NHK 視点・論点まん延するニセ科学」)。数学者という人種もそうだ。世間の普通の人々は数学者というのは数字の虜になっていると思っている。公式を駆使して最後には単純な答えを数字で出すのが数学者だと思う人が多いだろう。しかし実はそうではない。彼らは数学を使って自分の見たありのままの複雑な事実を記述しているのである。その複雑さがそのまま彼らに取っては単純な事実なのである。

 本間先生にとってもそうなのである。ここで先生と敬称をつけたのは本間先生が尊敬に値する人物だと思うからではなく呼ばれもしないのに上席に自からさっさと座るのは医者と教師と坊さんだと揶揄される一般的な彼らに対する小さなやっかみと軽蔑にに由来すると理解して頂きたい(笑)。彼にとって税制調査と倫理は全く関係がないのである。彼と彼女は新聞が批判するような問題意識は全くないとわたしは断言することが出来る。彼と彼女はまじめに僕たちは愛し合っていると考えているしお互いに必要な存在であると意識しているのである。粘膜コミュニケーションの虜になっている若いカップルと同じように彼らは純粋に愛し合っている(つもりでいる)のである。世間からみれば、というか若干大げさに江戸の長屋気質風に言えば愛人などという存在はどんな場合であれ亭主を寝取った泥棒猫と相場は決まっているし、愛人を囲う男は女房家族をどういう風に扱うかによって相場は変動するものの官舎に女を囲って女房家族を顧みない中年男など日本男児の風上にも奥措けない甲斐性なし野郎である。しかし彼らはそうは考えないのだ。


 もちろんいくら本間先生だって正式に婚姻関係にない愛人が官舎に一緒に住むことがよろしくないことぐらいはおわかりなのである。だから本間先生は学者である愛人を官舎に住まわせたとは思っていないのではないか。愛人が身の回りの世話に大阪からやってきた。なんせあのお歳だしお二人の学識を思えば粘膜コミュニケーションだけがお二人のすべてであるとは思わないが環境が変われば人間というものは夜も燃えるものである。そこで一晩くらいいいじゃないかと彼女はお泊まりしてしまうのである。明くる日は一応大阪なりホテルに帰る。しばらくしてまた身の回りの世話にやって来る。そしてお泊まり。その頻度が高まる。彼女にしてみればたまたま遅くなったっから泊まったのである。世間からみればもう立派にそこで生活しているように見えるのだがご本人たちにしてみれば、セックスをして遅くなったから、お酒を飲んでしまったから、終電が無くなってしまったから、明日早いから等々その都度複雑な事実があるのである。だからそれは倫理に反するとかルール違反とか単純に白黒の色分けが出来ないのである。何しろお二人とも研究者であり学者である。自分たちの積み重ねている事実は泥棒猫だの甲斐性なしだのルール違反など単純に断定できることではないのである。そんな風に単純化するマスコミや国民はバカに見えるのである。別に倫理がどうということではなく自分たちが積み重ねた事実をそのまま記述すれば彼女が本間先生の身の回りの世話に官舎にやってきている以外の何ものでもない。彼らは自分たちの経験的事実の記述以外問題にしていないから世間の批判などどこ吹く風である。ただ世俗的な責任の取り方、つまり何の反省もせずに身を隠す、名付けて「不徳の致すところによっての辞任」を選択しただけなのだ。昔は不徳を致せば打ち首であった。ところが今では打ち首になるくらいのという形容句が隠れ蓑になって実に責任を取らない都合の良い言葉になった。しかも「一身上の都合」という言葉がその「不徳の致すところ」までも覆い隠してしまうのである。一般人を煙に巻いてしまう本間先生はさすが大研究者である。研究者の端くれであるわたしもこう考えて本間先生にエールを送ることにするのである。とはいってもこんな下らないテキストに菊地教授の論説を引いて来るのは教授に大変失礼な気持ちもあるが。じゃんじゃん。

元記事(ngp-mac.com/kumarin)へのコメント

名無し名無し 2006/12/28 17:31

こんにちは、ひさしぶりにこちらのサイトを見せてもらいましたが、あれですね、文章がずいぶんこなれてきた感じと、あと、ひとつひとつの文が短いので、前に比べてとても読みやすいです。意識して文体を変えたのだとしたらお見事です。

kumarinkumarin 2006/12/29 6:14

名無しさん、どもです。

 コメント有り難うございます。昔からの読者さんなんですね。

ご存じかもしれませんがこのサイトを始めて JANJAN に出入りしているころ、2ちゃんねるでくまりんの文章は冗長で理解しにくいとさんざんこきおろされましたし、頭の良い人の文章は凡人には理解しがたいと強烈な皮肉まで戴いたものです。だからここ数年文章を短くしながら読み手に自分の真意と主張をどう伝えていくかを考えながら文章を組み立てる努力はしてまいりましたので、昔からの読者さんにそれが伝わってとても嬉しく思います。

 では、これからも宜しくお願いします。お幸せでありますように。