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鎌倉・安国論寺 臨済禅文化の外野を固める日蓮門下の文化

Photographe 歴史散策

鎌倉散歩 日蓮門下の追体験

安国論寺山門

安国論寺山門
LX + smc PENTAX-M 1:2.8 40mm 絞り優先AE + Fuji SUPERIA PREMIUM 400 + PLフィルタ

 安国論寺はその名が立正安国論を指す如く日蓮宗の寺院です。この地は鎌倉時代の初期、北条時政の屋敷・浜御所があった所。そこに建長5年(1253)、安房から鎌倉に入った日蓮が松葉が谷に来てここで草庵を結び20年この地で過ごします。39歳の時この草庵で「立正安国論」を著して前執権・北条時頼に建白しその聖跡が寺となったものです。

安国論寺本堂

安国論寺本堂
LX + smc PENTAX 1:2.8 24mm 絞り優先AE + Fuji SUPERIA PREMIUM 400

 日蓮安房国は栴陀羅の子なりという遺文を尊重し日蓮が貧しく名もない修行僧だったという逸話は反骨者日蓮を伝えるロマンには違いありませんし、いまだに日蓮宗の宗門でも大手を奮っている日蓮伝説ですが建長寺領の鎌倉にしかも北条時政の屋敷跡に無名のどこの馬の骨とも解らぬ僧が庵など結ぶことなどありえず幕府と繋がった家柄だったのではないかという疑問は立正大学高木豊教授の指摘を待つまでもありません。

鎌倉 妙法寺のツツジ

鎌倉 妙法寺ツツジ
LX + smc PENTAX-M 1:2.8 40mm 絞り優先AE MF + Ferrania Solaris 200 + PLフィルタ

 かつては裏の山で繋がっていた妙法寺。鎌倉臨済禅文化地区のその外堀に日蓮伝説の文化と伝統が実はちゃんと棲み分けられて存在しています。その事実こそ実は日蓮が当時の鎌倉政治のバランスの一翼として幕府に実質的に保護されていた証拠と言えるのではないでしょうか。天皇を無視し、あるいはコケにした日蓮の存在は当時の鎌倉の力と日本の基層と考えられてきた天皇家が実は近代以降に作り上げられた伝説に過ぎないことを示唆しています。

安国論寺 富士見台

安国論寺 富士見台
LX + smc PENTAX-M 1:2.8 40mm 絞り優先AE + Fuji SUPERIA PREMIUM 400 + PLフィルタ

 この富士見台に上がって法華経伝承の方向を見つめた日蓮は何を思ったことでしょうか?この風景を見て故郷清澄の山から見る風景をある種の懐かしさとともに思い起こしたのではないでしょうか。そして我に帰れば慟哭のように題目を唱える日蓮が此所に大地に足を付けて立っていたに違いないと思うと感慨深いものがあります。

安国論寺 墓所

安国論寺 墓所
LX + smc PENTAX-M 1:2.8 40mm 絞り優先AE + Fuji SUPERIA PREMIUM 400 + PLフィルタ

 その師匠日蓮の軌跡をなぞるように日蓮の没後本格的に始まった後継達への弾圧と闘いながら鎌倉の聖地を守ろうと奔走した日郎の思いと無念は如何ばかりであったことだろう。左上の堂の場所で日郎は没後荼毘に付される。その日郎を守るように建立された壇越達の墓所の整列はまるで説一切有部の高僧の墓所を守るように整列されたガンダーラの墓所を彷彿させる。