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A fulfilled life - Jean Michel Kaneko Photograhie

知足是福。音楽家・演奏会の写真がメインのカメラマン、公開OKの作品は掲載中。IT企業役員、趣味で料理の YouTuber、趣味は仕事と同様大切でロードバイクと料理とワインフリーク。

強盗に襲われたレストラン

サイゼリアのとある店でランチ。

ミニベロでよく知っているサイゼへ

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そろそろ暖かくなってきたのでロードバイク再開と思いつつも今日は手始めポタリングと思いミニベロで出かけた。実装距離は15km弱、それでもロードで40kmくらい走ったかのような疲労感が残ったが、それはそれでいいのだと納得。

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ぐるりと回ってあと5〜6kmほどで家というところにサイゼリアがある。今日はここでランチときめてやってきた。土曜日のランチタイムでもありかなりの混雑。レジ脇の帳面に記名してしばらく待った。


Sさんというチャーミングな女性スタッフが窓際の4名席に案内してくれる。見上げると客船の食堂や国鉄の食堂車のようなペンダントライトが道路に面する窓際に一列に並んでいる。ああ、もう昔とは違うんだなと思う。

このサイゼは昔の職場

なんでそんなことを思うか?実は僕はこの店で働いたことがあるのだ。サイゼリアではないですよ、サイゼリアに譲渡される前のこの店で、しかも1980年を少し回った頃のこと。窓際が嬉しかったのはそこからの眺めがとても懐かしかったからだと思う。チャーミングなSさんに感謝。


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注文したのは田舎風やわらかキャベツのスープ、ガーリックトースト、白ワインのデキャンタ、そしてメインに若鶏のチーズ焼きにオプションでディアヴォラソースを付けてもらう。


このほかに赤ワインのグラス一杯とリンゴを赤ワインでコンポートしたものにアイスクリームを添えたデザートとドリンクバーでコーヒー。これで税込2000円切るのだからヘタなイタリアンやフレンチのランチ?ディジュネ?よりはるかに充実している。

思い出に浸りながら

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って今日はサイゼの料理を語るわけではない。それならブログに書かずに Retty に直行だ。キャベツのスープもとても思い出があっていまこんな形でお客の前に出るようになったけれど、この店に、というかこの店を運営してた会社にいた時に、このスープを提案したのだけどミネストローネと被ると言う理由で当時社長になったばかりのもと専務に却下された。


このスープだけではなく、たとえばサイゼのオニオングラタンスープも当時やっていたズッパ・パペーゼにそっくりだし、そんなスタイルのオニグラは他でもイタリアでも見たことがないので、僕は当時の同僚 YNT氏がいまは退職しているとしてもサイゼに在籍して商品開発に関わったのではないかとと大いに疑っている。


そうなんです、僕はフランスから米国に回り、ホテルでのキッチンマネジメントと商品開発、その後広報に携わったあと帰国して某飲食チェーンに開発職で入社。セントラルキッチンの立ち上げをしたあとこちらの会社に移籍して来たのだった。こちらは前の会社に比べたら店舗数も少なくこれからロードサイドのイタリアンを!ということで入社。


商品開発ばかりでなく、クリンリネスや原価率低減への取り組み、そして新店舗の開発とオープンなどさまざまな分野にほぼ同時に取り組む。そのために会社に慣れるために、そのサイゼに在職したのではないか?という同僚(当時先輩) YNT氏 が料理長を務めるちょうどこの店に配属。2週間ほどで YNT氏は本社付属のテストキッチンに移動ということになった。

当時の飲食店、とてつもなくブラックだったが楽しかった

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自慢じゃないが当時32%程度あったフードコストを2月で28%まで下げて見せた。もちろん、材料を落とすということはしない。売上換算在庫日数の低減といままで廃棄していた野菜や肉の食べられる部分を再検討して廃棄率を減らすというところから着手。


玉ねぎのへたはなるべく小さく取る様にし、キャベツのへたは刻んで別途煮込んでミネストローネに戻し、ハンバーグのひき肉は半解凍の状態でミキサーにかけてジューシーさを保たせながら肉汁の流失による重量ロスを防ぎ、ステーキの肩ロース、スジは取らずにテンダライザーのローラーを通し味の素ゼネラルフーズと共同で開発の酵素でさらに柔らかくする、ビーフシチューの肉は圧力鍋で調理して目減りを減らすetc、etc。調理に化学と物理学の面から取り組んだ。


そして成果を検証していくためにほぼ週に2回棚卸しをした。ずいぶん働いたなーと思う。


料理長は残業もつかず定時を超えると全てサービス残業、ただこの会社の名誉のために言っておくと一般食の社員やアルバイトにはきちんと超過分は割増分も含めて支払われていましたし、僕ら管理職の賞与は当時のサラリーマン並みに数ヶ月分は出ていたので、いま批判されている様な企業とは違っている。


考えてみれば、セントラルキッチンを持たないこの会社はハンバーグもデミソースもビーフシチューもお店単位の仕込みと提供だったのだから今から考えれば凄まじいことだ。本部に上がった YNT氏と打ち合わせながら、雪印や日露漁業、ゼンチクといったメーカーと下準備や一次加工品のOEM提供にもどんどん取り組んだ。それにはアメリカでのホテルでの経験と前職のセントラルキッチンのオープニングの経験がものすごく役に立ったと思う。


サイゼの美味しいメニューをいただきながら窓の外を眺めてそんなことを思い出していた。まどの外も大分変わった。道路の対面はなにか倉庫の様な施設だっと思うけれどいまは木曽路になっている。雪が降った日に当時バイトだった DI君 に請われてチェーンを一緒に買いにいき、インストールの仕方をお教えしたが、そのときにチェーンを買ったヤナセはいつのまにかホンダのディーラーになっている。


先にもお話しした通りこの店は二ヶ月で終わり後任に引き継いで、新店舗へと移動するのだが、今回改めて思い出すのはここで店長をされていた TJM さんである。真面目な方だしホテルでの経験もあり接客はスマートでとてもいい感じの人だった。たしか僕より5歳くらいは上で、当時、ちょうど子供が生まれて毎日がとても楽しそうだった。


しかしこのロードサイドのイタリアンの事業部へ新任の営業部長が赴任し、その部長氏と TJM 氏がぶつかるという事件が起きる。僕の目撃はレジ締め後にビールを飲んでいた TJM 氏のビールを部長氏が職場で飲むのはやめなさいとグラスを取り上げて捨ててしまったことに端を発した様に思うんだけど定かではない。この部長氏はいけ好かない男で、なんていうか新社長にべったりでおベッカ使いで小泉総理の時の安倍官房長官のような気持ち悪い人だった。


それからどれくらい経過したのか記憶がとんでわからないが、2年後くらいかなー。 TJM 氏が退職した話を聞く。ここまではどんな会社でもよくある話でべつに珍しいことはない。

なんだかなーのオチ

そして数ヶ月後、衝撃が会社に走った。今日、僕がランチをいただいているこの店で、夜中にガラスが破られて売上金が盗まれたのである。いや売上金は店には保管せず夜間金庫にいれてしまうので釣り銭かな。


100万円の売り上げが想定されるので釣り銭だけでも15万とか20万はあったのだろうと思うが、皆が衝撃を受けたのはガラスを割るというやり方でギャング団なのか?スタッフが店にいるときに来たらどうしよう?という動揺が会社に広がった。そのころにはロードサイドのイタリアンは30店舗くらいまでに成長していたのだから。


その後、どこでだったかわからないけれど、 YNT氏からだったか 部長氏からだったかあの店がまた強盗にやられ釣り銭をすっかり盗まれたという話をまた聞いた。事件は新聞にも出ました。ところが今回はガラスが破られたわけではない。強盗氏は堂々と鍵をあけて入り金を盗み出し鍵をしめて去ったというのである。そして警察関係の話では犯人は当然内部の人間、もしくは内部だった人間で前回の強盗とは別ではないか?ということだった。


やがて TJM 氏が逮捕されたというニュースを聞く。 TJM 氏は店の合鍵を持っていたのだった。正直ね、なんだかなぁと思います。 TJM 氏と YNT氏はじめ部長氏以外はみんな同志的な繋がりと感覚があったしね。その後、僕は退職し別の会社でウオーターフロントでのレストランのプロデュースを始めた。そこであるシーフードのイタリア系カルフォルニアレストランのシェフに YNT氏を引っ張ろうと思い、僕が管理をしていた宇田川町のレストランで YNT氏と会って話をする機会があった。


その時に聞いたのだけどガラスを割った犯人も TJM 氏だったということを聞いた。なぜ?おそらく、内部とか関係者の犯行ではなく強盗団の犯行を装うためだったのだろうという話になったのだが、その後、なんでまた直ぐに今度はバレバレの鍵を開けての犯行になったのだろう?


その時、TJM 氏も本当は被害者なんじゃないかと思ってるんだよねと YNT氏ぽつっと言ったのが忘れられません。人が犯罪を犯す時って、普段は意識しているはずのその境界線をひょいと乗り越えさせる魔力のようなものが働くのでしょうか?


Youtube もよろしくお願いします。